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20.世界にひとつだけの場所


「妙な感じがする」


「奇遇だな、俺もそう思ってた」


同じテーブルを囲んで正面から顔を合わせるミツルとレン。目の前には朝食。

サクラは充電用の座布団に座って髪にカールを付けている最中。


「早く起こしすぎたかな? いつもこの時間だったから」


「いや、構うな。どうせ自宅なら起きてた頃合いだ」


互いに会話がぎこちないのは、シュチュエーションから連想される間柄について、先ほどサクラが口を滑らせたからだ。


曰く、ティーチャとレンちゃんが夫婦みたいだ、と。


ミツルとしては十代後半の女性二人と朝食を囲む事自体がすでにちょっとした緊急事態なわけだが、レンはさらに輪をかけて動揺しているように見える。


何か気の利いた話題を振らねば、と意を決して彼は口を開いた。


「まぁ、おかしな話じゃないさ。

 パパは二十七、ママは十七、でもって八ヶ月の娘が……」


気か利かない事ナマコのごとし。

やっぱり実物を見た事はないが、今のミツルにははっきりその姿を思い浮かべる事ができる。きっとヨレたスーツを着ているに違いない。


「すまん」


「謝るな。いろんな意味で箸が止まってしまう」


ここで小さくため息をつき、それからレンはいつもの快活そうな顔で彼を見る。


「お互い一晩寝れば頭もすっきりするものさ。

 異常さを認識したところで、とっとと飯を片付けてしまおう」


「だな……」


黙々とご飯味噌汁冷や奴に漬け物のセット、またの名を和風の朝食に取り組む二人。

サクラが極細形状記憶ポリマーでできた髪を整え終わった頃、先に食べ終わったレンがふとミツルに切り出した。


「不躾な質問で済まない。ハナとは誰の事だ?」


「おぶっ!」


危うく味噌汁を噴きそうになったミツルに、サクラが「はいティーチャ」とティッシュを箱ごと差し出す。レンは彼を驚かせたと慌てて頭を下げるが、ミツルは息を落ちつかせるとかぶりを振った。


「いいんだ。大丈夫。ってか、なんでお前がハナを知ってる」


「君が目覚める前に寝言でな。家族か?」


「違う。ハナは……俺の元カノだ」


ミツルはお茶をすすって、やや遠い目をして語り出す。


「大学の、研究室で知り合ったんだ。

 俺なんかよりずっと頭よくてさ、きっつい顔してんだけど、どっか憎めない奴だった」


「差し支えなかったら、別れた理由を聞いてもいいか?」


「……なんだよしおらしい顔しやがって。

 お前、俺に初めて会ったとき言ってたろ、淡泊だって。

 まさにそれだよ。アイツは森澄先生の研究を意地でも残そうとしたのに、俺は途中であっさり諦めちまった。

 それが元でな……あいつまでいなくなっちまったんだ」


「まさか死んだのか?」


「バカそんなんじゃねえよ、夜逃げだ。

 あいつが大学に出てこないから家に行ったら鍵変わっててな。

 ガス屋が来て『この部屋の方ですか?』って言うからおかしいと思ったら、部屋の中、もぬけの殻だった。

 それからさ、俺が研究者じゃなくなったのは」


今でこそ笑って話せるミツルだが、その出来事が人生を変えてしまったといっても過言ではない。研究室が潰され、恋人に逃げられ。しがない大学院生が人生投げやりになるのも無理はない。

就職活動もろく手に付かなくなった彼は、二ヶ月ほど自室に引きこもった。

そんな彼を見かねたエリカが〈イスルギ民警〉を勧め、あとは周知の通りだ。


「今ごろどこで何してるんだか。家族にも連絡がねえらしいし」


「森澄教授の弟子なら、世界中どこにいても働き口くらいあるよ」


「だろうな。俺も実のところあまり心配しちゃいねえんだ。

 ただまぁ、失恋にしちゃダイナミックすぎるだろって話だ」


「確かに、君を好きになるくらいだから、相当エキセントリックな女性だったんだろうね」


「なんだそりゃ」


「教えないよ」


一宿一飯の恩返しにと食器を洗うミツルに、背中からレンのイタズラめいた笑いが飛んだ。


ショートでカーリーに髪型を決めたサクラと、いつものおかっぱ寸前のショートボブに整えたレン。そして寝ぐせだけはギリギリ隠したミツルが部屋を出たのは、少し早い時間だった。


防波堤の遊歩道までは誰にも会うことなく進んだが、そこであまり意外でもない二人と出会ってしまう。


「サクラ、レン係長。おはようございます」


「ティーチャもおはようございますぅ」


今日も折り目正しい挨拶のアオイと、なぜか人工の波打ち際を歩くヒトミ。

二人がミツルに驚いた様子はない。

ミツルが聞くと、アオイが顔色ひとつ変えずに平然と答える。


「夜の時点で知っていました。サクラからコールが来ましたので」


「おい!」


「いーじゃん、課のみんなには連絡しなかったんだし」


ミツルがサクラを捕まえようとするが、彼女はするりとその手を躱して走り出す。レンが腹を抱えて笑い出す横で、防波堤に上がってきたヒトミがミツルに微笑む。


「ティーチャ、サクラちゃんの所だけじゃなくて、今度はうちにも遊びに来てくださいねぇ」


「泊まりがけの家庭訪問なんてやらねえよ。金輪際」


ともあれ人間相手に秘密がばれる事はなく、三人は無事に出勤したのであった。


「あれミツル君、昨日と同じスーツじゃない?

 それにシャンプー、レンちゃんと一緒のに変えたの?」


「課長!」


トクガワだけは気付いていたようだが。



 ***



ミツルとレンのお泊まり案件から約一週間後。


「これでよろしいですか?」


「いいんじゃない? 立派な資料だよ」


博物館オフィスでミツルが提出した資料に目を通しつつ、トクガワがヒゲを撫でてほくそ笑む。


重機係のハードウェアについて、これ以上は無いくらいマトモかつわかりやすい解説資料だ。睡眠時間を削ったミツルとしても、ここからダメ出しを食らった日には立ち直れそうにない。


「重機はこれでオッケーだと思うよ。

 あとは、係と三人の分だね。どのくらいかかりそう?」


「ようやくまとめに入った感じですから、明日には叩き台が出せるかと」


「うん、なるべく早く頼むね。もう公聴会まで一週間だから」


トクガワが取り付けてくれたイスルギの経営公聴会。その日付は六月二十七日。

今からちょうど一週間後に迫っている。


「出席は、僕とミツル君とレンちゃん。

 君大学でプレゼンの経験あるんだよね? 期待してるから」


「はい!」


と意気込んでオフィスを出たのはいいが、階段を下っていくうちに彼の足どりは重くなってゆく。トクガワに明日には出せると言ったものの、彼はまだこれだという決定打を資料に入れられていない。


足りないのは説得の着地点だ。


三人娘を必要不可欠と言い切るためには二つのアプローチがある。

ひとつは従来通り有用性を示す方向で、これは書きかけの資料がすでにそうなっている。ただ、それだけでは軍が三機を引っさらっていくのを止めるのは難しい。

そこでもう一つのアプローチ、すなわち三機が軍事利用に適さない事を示すアピールが必要になる。


が、そのアプローチが実に諸刃の刃なのだ。


軍事と救助と警察は必要とされる資質がよく似ている。

どの職場でも最高の人材とは「判断が速く、正確である」者だ。

三人娘はその条件に沿っているが、それを素直にアピールしたのでは本末転倒。かといって故意にそこを偽ると、今度は売り込みたい方面に役立たずの印象を与えてしまう。

まさにさじ加減ひとつで伝えたい事が全てパアになりかねない。


「どうすっかなぁ」


一人ぼやいたミツルの足は、自然とレンのオフィスへと向いていた。


この数日、彼女のオフィスには追加のワークスペースが入っていた。

資料作成のうち、特に頭を必要としない作業について三人娘の力を借りるためだ。


ミツルが中に入ると、サクラたちが筒型ワークスペースの周りで手を動かしている。彼女たちはスタンドアローンなので、こういった作業では部屋にネットを経由するより手を動かした方が早い。


「ティーチャ。どうでしたか?」


「持ってった分は問題ないそうだ。あとはこっちの資料だけだが……」


ふり返ったアオイに答えたところで、ミツルはワークスペースに突っ伏して居眠りしているレンに気づいた。彼女も疲れがたまっているのだろう。相談しようと来たが、起こすのも気が引ける。


何気なく彼女のパネルを覗いたミツルは、すぐに奇妙な表示に戸惑った。


「……なんだこれ」


そこに映っていたのは三機とは違う人型重機。

だがそれを構成する部品は三機のパーツそのままだ。猛禽のような頭部がスワローのものだとすると、その重機の身長は軽く十メートルを超えているだろうか。


「レンちゃんの暇つぶしだって」


「暇つぶしって、新規の設計が?」


自分で言っておいて、ミツルはその言葉をすぐに頭の中で打ち消した。

これは新規設計じゃない。パーツは機体ごとに明確にブロック分けされているし、足りない部分には見覚えがあった。増槽を兼ねた追加装甲、通称〈スタンピード・パック〉の形とほぼ同じ……


「ん?」


そこでレンが目を覚まし、画面が資料作成モードに切り替わる。


「やあミツル君。ちょっと頭が焦げ付いたので休んでいたんだ。

 ……どうした?」


「今のは何なんだ? あのバカでかい重機は」


「ああ気にしないでくれ。単なる暇つぶしだ。

 それよりジョーはなんだって?」


ミツルはトクガワとのやり取りを話し、ついでに目下悩み所の決定打について意見を求める。


「――というわけなんだが」


「うーん。そこはやっぱり問題になるよね。

 軍人には向かないけど、警察官や救命士には向いてるって示さないと。いっそのこと、三人を連れて行けば一発のような気もするけど」


「公聴会じゃなきゃな。オーナーや経営陣はともかく、専門家やプレスにはこいつらがロボットだってのは伏せないと」


「でも、将来的な展望だと無人型をアピールするわけだし、遅かれ早かれという気はするけどね。〈人道会〉の一件がなかったらなあ」


交通フェスの件を含めて、このところ〈反エージェント〉を掲げる運動は激化の傾向にある。急先鋒はもちろん〈人道会〉だ。埠頭の重機暴走事故は彼らのテロ活動で間違いないとエリカが語っていた。


「そうそうミツル君、埠頭のアレで思い出したけど、ようやくあの時のテレメトリが解析終わったんだ」


〈森澄リンク型〉の困った特性に、内部情報の可視化が難しいという点がある。

サクラたちの思考は織物のように縦横に意味データが折り重なった状態だ。

前にレンが勝手にブラックボックスを作ると言っていたが、こうなってしまうとほぼその通りである。一応ログやテレメトリから思考を追えるのだが、それには時間をかけた解析作業が必要になる。


複雑な重み判断のニューラルフローチャートがレンのパネルに映され、ミツルはそれを丹念に追った。


「ティーチャ、僕の考えを追ってるの?」


「そうだ。お前は面白い判断してんな」


「ティーチャのえっち」


どこで憶えたやらサクラが恥ずかしがってそう言うが、ミツルの耳には届いていない。目は専門家として、サクラを動かす〈森澄リンク式〉の思考パターンを読み解いていく。


彼はややあって、ある重要なファクターに気付いた。


「蓄積データベースからのフィードバックが多くね?」


「やっぱりそうなのか。私も気になっていたんだが」


インターウェアは問題解決に際し、人間で言うところの経験にあたる蓄積データベースを参照する事がある。これが学習を産み出し人工知能を人工知能たらしめているわけだが、サクラのそれは参照回数が桁違いだ。


「めちゃくちゃ広範囲からフィードバック受けてるぞ。

 タイムスタンプも新旧混在してる……いやでもこいつには共通点が……おいサクラ、聞いていいか?」


「なに?」


「埠頭でアオイを助けたとき、なんで助けようと思った?」


「アオイは仲間だし、スワローは班長や田岸さんや野浅さんの大切なものだから、壊れたらみんな嫌だろうなって、そう思った」


「だろうな」


本人の口から出た基準とフローチャートが一致する。

あの一瞬にサクラの思考を流れた判断。

それはまるでアオイとスワローバードを中心に描き出した走馬燈だった。


「大切な仲間、そう思ったんだろう?」


「うん。……えへへ、見られちゃった」


照れた彼女の仕草よりも、その裏に隠れた思考にミツルは魅了される。


判断を下したサクラのアイデンティティ。

それを織り上げた縦糸が〈時間〉なら、横糸は〈記憶〉だ。

ここで過ごす時間の一瞬一瞬が、疑問と欲求を織り柄として彼女の自我を作り上げている。


そう、まるで人間のように。


瞬間、ミツルはひらめきの雷に打たれて立ちすくみ、そして薄く笑った。


「……そうだよ。これしかないじゃないか。

 こいつらが絶対不可欠で、ここが絶対不可欠な要件って」


「ミツル君? きゃっ!」


ミツルは訝しげなレンの肩を掴んで、自らのひらめきを言葉に直した。


「世界中でうちだけが唯一、こいつらの家で家族なんだ!

 ここが世界にひとつの場所なんだよ!」


それは情緒的すぎて、レンにはしばらく理解できなかった。


 ***


その発想は後に、こう明文化されることになる。


〈レベルエイト〉の育成に不可欠な三要素のひとつ。

それは適切な環境における記憶と経験の蓄積である、と。

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