15.デモンストレーション!
視界いっぱいに広がる廃墟をミツルは眺め渡す。
横転して赤く焦げた車列。割れたガラスの窓また窓。カーテンや断熱材の残骸は風になびき、建物の傷からは配線がぞろりと垂れ下がる。
その真に迫る荒廃と暴力的な破壊の痕跡に、彼は改めて口笛を吹いた。
「何度見てもマジの廃墟だな」
「再現のために爆薬まで使ったらしいよ。さすがにお金持ちは違うね」
横でレンもまた、感心まじりのため息をもらす。
彼女は臨時発令所セットの高照度パネルに向かい、要救助者までの想定経路を割り出すのに忙しそうだった。
二人の前、窓越しに広がる廃墟はもちろん本物ではない。
かといって、仮想現実や拡張現実でもない。
ここは〈レスキュー・イスルギ〉の所有する訓練用フロートアイランド。
その中央にある災害訓練施設の中だ。
レスキュー・イスルギはイスルギ民警と同じくイスルギ・グループに属し、その主な業務はイスルギにおける消防および救急である。
サイドビジネスにも積極的で、重工業や鉱業、航空産業などで必要とされる特殊レスキューのサービスを様々な企業に提供していた。
このアイランドはイスルギ本島から三キロほど離れており、その一部は防風壁の外にまで延びている。
自社の訓練に使われるほか貸し出しも行われ、あまりにもリアルな災害訓練セットには各国の救難組織からの利用予約が殺到。
なかなかスケジュールが空かないとされていた。
「なのにまあ、よく貸してもらえたな」
「そりゃ、レスキューのオーナーは儂のダチだからな」
ミツルの独り言を聞きつけ、レンとの間にゲンジが首を突っ込んでくる。
相変わらずの革ジャン姿が場にそぐわないことおびただしい。
「やっこさんとは六十年以上のつき合いよ。酒飲みながらバカ孫を褒めたらポンと貸してくれたぞ」
「……孫自慢は共通かよ」
「儂の孫は天才だ、あんな間抜けなボンボンと一緒にするな」
「さりげにあんたも自慢してるだろうが!」
「グランパもミツルくんも静かにして! みんな呆れてる」
珍しく顔を真っ赤にしたレンにたしなめられ、ミツルとゲンジは首をすくめて周りを見る。
廃墟を見下ろすプレハブの指揮所に、オレンジの制服姿の男女が十数人。全員がレスキューの管理職であり、一様に精悍なのは叩き上げの証だ。
しかし強面の彼らをして、二人のかけ合いには苦笑を隠せていない。
「こっちで笑い取ってどうするの、二人とも」
「すまん」「面目ない」
老人と青年が少女に叱りつけられる様に、とうとう耐えられなくなったレスキュー職員から失笑が上がった。
レンは「まったくもう」とかぶりを振って、待機中の重機たちをを呼び出す。
「サクラ、アオイ、始めちゃってくれ。放っておくと何をプレゼンしに来たのかわからなくなりそうだ」
『サクラ了解。レンちゃん、何があったのか後で聞かせて』
『アオイ了解です』
指揮所の裏手で六基のガスタービンがうなりを上げる。
横からハウンドが、頭上を飛び越してスワローが廃墟に進入し、その機敏さを見たレスキュー職員から抑えた声が上がった。
――いやいや、まだ全然序の口だ。
ゲンジと距離を取ると、ミツルはサクラに最初の指示を飛ばした。
「まずは要救助者の検索と周辺の把握からだ。サクラ、アクティヴェイター了承」
『イェス・ティーチャ!』
地震による倒壊と二次的な火災を想定した街区規模のセット。
その大通りを駆け抜けながらハウンドは素速く変形。
テストコースで鍛えた足回りをフルに使って建物の間をくまなく走り抜け、犬耳のような立体音響スキャナに加え、頭頂部に展開させたレーザースキャナをも駆使して周辺の情報を根こそぎかき集めていく。
「あの速度で情報収集が?」
職員からの質問に、レンは無言でサクラが得た情報を窓に流す。
事前に作られた詳細なデータとの誤差はコンマ以下。特に生体反応については、ほぼ正確な場所と値を掴んでいる。
「驚くほど正確だな。だが救助ドローンでもこのぐらいは行けるぞ」
技官の名札を下げた職員の声に、サクラからの音声通信が重なる。
『ティーチャ。要救助者二名の状態が危ないみたい。すぐに救助に取りかかってもいい?』
我が意を得たり、ミツルはふり返ってその技官にウインクする。
「ドローンはすぐに救助できますかね? サクラ、そっちの判断で行け。気をつけろよ」
『了解!』
返事も元気に、検索を終えたハウンドがいったん二輪車形態に戻る。
そして目星をつけた要救助者へ向けて、彼女は最短ルートを選択した。
車幅は3メートルあるが、二輪車の特性上、接地面付近の幅は1メートル程度に留まる。さらにホイールベース長は脚関節を動かせば可変。加えてオムニトラクションホイールが、掟破りのスライド移動や超信地旋回を可能にする。
瓦礫をものともしない走破性はもはや常識を越え、ハウンドは二輪最大の利点である前方投影面積の少なさを活かし、大型車では入ることすらできないすき間をいくつもくぐり抜けてみせた。
職員たちからの驚きと賞賛を勝ち取りながら、ハウンドは目的地へと到着する。
『要救助者発見、サクラはこれより救助します』
倒壊寸前に設定されたビルの直下。
瓦礫の下敷きとなって姿は見えなくとも、サクラはそこに要救助者を確認した。
再度変形したハウンドは、マニピュレータで瓦礫を積み木よろしく簡単に、かつ繊細に動かしてすぐにターゲットを発見する。
しかし応援を呼ぶ気配はなく、それを訝った女性職員がミツルに声を投げる。
「まさか重機で要救助者を確保する気かしら?」
「まあ、見ててやってください」
ミツルはターゲット、ダミーロボットから送られてくるセンサー情報を指してほくそ笑む。
ダミーロボットにはあらかじめ、怪我の具合に合わせたデータが外挿されている。もし不適切な扱いがあれば、全身に仕込まれたセンサーがそれを拾い、すぐにアラートが鳴る仕組みだ。
そうなれば現実なら怪我が悪化、もしくは死亡した事になる。
――そんなヘマをやらかすほど、サクラは不器用じゃないんでね。
ミツルの見ている映像では、ハウンドは五本指を駆使し、ターゲットの体勢を変えることなく確保。さらに全身の関節を使ってスムーズに立ち上がると、迅速に救助エリアまで後退してくる。
訓練の救命チームに引き渡された段階で、ダミーロボのテレメトリにはほとんど変化がなく、胸に表示されたトリアージレベルも安定していた。
救助エリアのテントから引き返してきた女性職員が、腰に手を当てて舌を巻く。
「信じられないわ。あんなスコア、うちの課員でもそうそう叩き出せないわよ」
「今のはちょっと良すぎでしたけど、うちの機械ならあのぐらいは――」
ミツルの説明を破って、上空で他のターゲットをチェック中のアオイから通信が入る。
『ティーチャ、足場が確保できない位置に要救助者を発見しました。直接確保してもよろしいでしょうか?』
「もちろんだアオイ、慎重に行けよ」
『了解です』
「ありゃあ意地悪だな」
スワローの降下する先、ビルの合間で鉄骨に引っかかったターゲットを見て、職員の一人が苦笑まじりの声を上げる。
「この前、うちの若い奴らが十五分かかったケースだ。後ろのビルからフレーム組んで降りるのが定石だが、障害物が多すぎるんだよ。不安定で上からは近づけねえしな」
スワローのジェット噴流がかすっただけでターゲットが落下しかねない状況だ。
しかしミツルもレンも、もちろんアオイも慌てない。
「アオイ、エクステンダーを使えるか?」
『はい。クリアランスは充分です』
変形したスワローが救助ポイントに選んだのは、ターゲットの上ではなく横だった。確かにジェットの影響はないがターゲットとは距離が開いている。手を差し入れても届きそうにない。
『エクステンダー、展開します』
姿勢を安定させたアオイの宣言と共に、スワローの右手首がカシャリと伸展する。
さらに肩関節が下方にスライド。胸の中から内部関節が展開し、最終的に腕の長さは五割ほど伸びる。
普段は変形に使っている骨格フレームの畳み込みを解除し、限界まで機体の到達範囲を伸ばす。スワローの特殊モードの一つ、エクステンダー・モードだ。
充分にターゲットに届くと見て職員が手を打つが、しかし別の要素を見つけたのか再び眉根に皺を寄せる。
「届くのはいいが、どうやって安定を維持する気だ? あれだけ伸ばしたらモーメントが取れんだろう」
「ご心配なく。アオイ、姿勢制御は?」
『問題ありません』
伸びきった腕に関節自由度はゼロだ。一本の棒となった腕を安定させるためには、身体ごと姿勢制御をするしかない。
そこで活躍するのがスワローの長くスラリとした脚だ。エンジンという不安定なパワーソースから生じるブレを、脚を巧みに動かすことで相殺する。
現にスワロー自身は小刻みに揺れているが、手は全くブレることなくターゲットを確保していく。
もちろんハウンドと同じで、ターゲットのテレメトリーに危険の兆候はない。
そのままゆっくりと手を引き抜き、スワローはターゲットを掌に載せて場を離れる。
その下では四人目のターゲットを確保したハウンドが、瓦礫の山をジャンプで飛び越した。
あまりにも鮮やかな彼女たちの手際に、並ぶレスキュー職員たちからはすでに拍手が上がり始めていた。
「ああいう機械があるなら、うちにもすぐ配備してもらいたいもんだ」
「大きさがあるからケースバイケースでしょうけど、私も気に入ったわ。救命救急課でも三台ぐらい欲しいわね」
好意的な感想を後ろに聞きながら、ミツルとレンは目配せを交わし、さらなるプレゼンに取りかかる。
「ご注目を。もう一機も準備ができたので、そっちに切り替えます」
指揮所の窓にスクリーンが降り、全面がカメラからの映像に切り替わる。
一面に広がる海は海難救助訓練施設。その水面に浮かぶ無人潜水艇からの映像だ。
カメラからやや離れたところを、白波を蹴立ててドルフィンが疾走している。
それも後方に巨大な艀を接続したままで。
「資料とご覧の通り、ドルフィンバードの推進力にはかなりの余剰があります。中型の船舶までなら40ノット程度で曳航できますよ」
「速いわね。でもそれだけではあまり出番は無さそうだけど」
「ご安心を。ヒトミ、出番だぞ」
『はいですぅ。デモフェーズ移行、ドック切り離し。ティーチャ、潜行移動を許可願います』
「潜行を了承」
『イェス・ティーチャ』
艀と分離したドルフィンは、いったん電磁航行を止めて水面に降りる。
速度が無くなったところで、彼女は特徴的な三本のバルジを船底に並行になるまで変形させ、さらに背面のガスタービンエンジンの吸排気口カバーを閉鎖する。
『モード・サブ変形完了ぉ。バラストタンク注水。ヒトミ、潜りますねぇ』
バッと海面に白い水柱が立つ。
その中心でドルフィンが勢いよく水底へ向け「落ちて」いった。
潜行どころかまるで海面から墜落するように。
「潜った!?」
誰かの驚愕をバックにROVがその後を追うが、深度の差は開くばかりで縮まらない。ミツルはARで画像を補整しつつ、落ちついて解説を挟んだ。
「このようにドルフィンバードは潜行能力、モード・サブマリンを備えています」
電磁推進に必要な低温コイルは、同時に大容量の超伝導バッテリーとしても使える。ドルフィンは大電力を蓄えておけるため、エンジンを停止しても長時間の行動が可能だ。
電磁推進は水中でもその力を失わず、ドルフィンは最大深度にして約400メートルまでなら自在に潜行できる。
海中に沈められた鉄骨トラスの群をぐるりと巻くように、ドルフィンは螺旋軌道を描いて深度を増していく。
水深120メートルのところで、彼女は潜水作業事故を想定してロープに括られたダイバー姿のターゲットを発見した。
『要救助者を確認、これより救助します』
水中でドルフィンが変形する。ハウンドやスワローと違い、ドルフィンは完全水密設計だ。
重量を浮力で打ち消せる水中では、怪力と鈍重の巨体も軽やかな妖精へと変わる。
三本爪のアームを器用に使って、ドルフィンは易々とターゲットをトラスから解放。名前に違わぬ滑らかな動きで水面へと浮上していく。
「もちろん陸上でも重作業用に充分活用できます。いかがでしょうか皆さん、これが私たち広報三課の誇る、次世代救命用重機です」
返答代わりに上がった盛大な拍手に、ミツルは思わずレンと笑顔を見合わせた。
横から入ってきたゲンジも満足そうに口を曲げている。ミツルの脚をステッキで小突いたのは誰からも見えなかったが。
***
「本当に助かりました。ありがとうございます」
イスルギへ戻るカーゴ船の後甲板で、ミツルは改めてゲンジに深く頭を下げた。
今日行われた一連の救助デモンストレーション。
それは全て、ゲンジの提案を受けて企画されたものだ。
今日の資料はレスキューへのアピールに使われるほか、民警上層部にかけ合うための材料にもなる。
この老人はミツルたちに、貴重な機会を提供してくれたのだ。
「なんの、儂がレンにしてやれるのはこんなことぐらいよ」
船に上がってから妙に落ち着かず、そわそわと空を見てばかりのゲンジだったが、ミツルの感謝には素直に応える。
「オーナーは経営者じゃないからな。本来なら決議でもって解散を取り消してやりたいが、それはお前たちの働き次第だ」
イスルギ・グループは既存の企業を吸収して業務を拡大してきた。
イスルギ民警も同じで、かつてゲンジが興した〈アズマノ交通警備〉をその前身としている。
かつての経営者たちはオーナーという形で多少の裁量権を残されてはいるが、経営決定には口を出せないと契約で決まっていた。
「でも、なんで手助けを?」
「ジージの孫バカじゃ納得いかんか?」
呵々と笑い、ゲンジはふっと優しい顔で後ろをふり返る。
その目線の先には、船縁に並んで夕焼けを眺め、雲を指差して語り合う三人娘の姿があった。
「……ま、正直に言うならあの娘らに出会ったせいだよ。まったく、お前たちは面白いもんを作ってるな」
〈セレスティア〉での出会いの直後、レンから三人娘の正体を聞かされた時から、ゲンジの態度が変わった。
目的を自ら作り出した人工知能。
関わっているミツルたちすら驚いたのだから、初めてそんなものを目にしたゲンジの驚きは如何ばかりだったろうか。
「あいつらのおかげですか。まいりましたね、ホントに俺は何も、目標を作れとか教えてないんですけどね」
「いいんじゃないか教官殿。熱意と創意に溢れるなんて、将来が楽しみな生徒たちだろう」
老人の、孫にそっくりなイタズラめいた表情。
そこに刻まれたシワと隠せぬ興奮とを夕陽が浮かび上がらせる。
ミツルはまるで古い友人を見たような、親友を見つけたような暖かい気持ちになった。
船倉からレンが上がってきて、水のボトルを二人に投げて寄こす。
「いつの間に仲良くなったんだ?」
怪訝な顔をする孫娘に、老人は若造と肩を組んで笑いかけるのだった。




