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11.ベイエリア・レスキュー


ミツルとレンは、その瞬間をサクラのアラートとして受け取った。

衝撃音が彼らに届いたのは二秒も後のことだ。


「何が起こった!?」


「スワローの姿勢制御がおかしい……Damm it! 二番エンジン損傷!」


彼らから直接見えない現場で、スワローバードは左肩のエンジンを潰され錐もみ降下を始めていた。突如飛来したフォークリフトの直撃を受けたのだ。

空力に頼れない人型モードでエンジン一機喪失。いくらロボットであるアオイでも、すぐにはバランスを戻せない。


彼女は少年をキャノピーに押しつけて確保。自身のスピンを止めるべく、必死に姿勢制御のベクトル試算を繰り返す。

だがどう試算しても高度が足りない。

最低でもあと十五メートル必要だが、それを稼ぐには安定が不足だ。


『やむを得ません……えっ?』


アオイが少年のために自分を、機体を犠牲にして海面への着水を決断したその瞬間、二個目の飛来物が下から、白と赤の航跡を描いて接触した。


両者の間で音声のない通信が交わされる。スワローは何の計算もなく全ての推力を下方に集中した。

そして弾丸のように飛んでスワローの脚を支えたハウンドも、エンジンのアフタバーナーを点火。錐もみしつつも二機分の推力が、無理やり高度を押し上げる。


やがて高度を稼ぎきったと見たか、ハウンドは手を離した。

脚の超伝導ジャイロを使って無理やり姿勢を変え、飛び込み選手さながらのフォームで海面へと落ち、派手な水柱を立てて水底へと消える。


海面スレスレでなんとか水平飛行を取り戻したスワローは、抱いていた少年に声をかけた。


『ご無事ですか?』


「うん……でもあのロボットが……」


『彼女なら大丈夫です』


スワローが顔を向けたのは岸壁だった。そこに仁王立ちしたドルフィンが、手から水面へと伸びるワイヤーを巻き取っている。

その手繰る先、赤と白の機体が浮かび上がり、岸壁にたどり着くと自力でよじ登った。

エンジンを再始動させて大きな息をつくハウンドにドルフィンが寄り添う。


『大丈夫でしたかぁ?』


『あちこち水が入ったけど大丈夫だよ』


そう言って、ハウンドはスキャナアンテナから水滴を振り飛ばした。


パネル越しに全員の無事を確認したミツルは、ようやく何が起こったのかをログから追った。

フォークリフトは暴走重機が投げ飛ばしたもの。

ハウンドはそれがスワローとの衝突軌道にあると解析し、即座にウィンチからワイヤーを射出。自身は急加速して仲間のフォローに入った。

ドルフィンは僚機の意図を理解し、ワイヤーをキャッチして自分のウィンチに接続。その着水を待って引き上げたわけだ。


無事に着陸したスワローに二機が歩み寄る。


ミツルはようやく止めていた息を吐く。


「はっ――……どうなるかと思ったぞ。全機、現状を報告してくれ」


『アオイは二番エンジンをシャットダウン。

 他に損傷はありません。要救助者も救急に引き渡しました』


『サクラはおおむね浸水なし、エンジンが少し不調』


『ヒトミはまったく問題ありません』


「Excellent! まったく素晴らしい連係だ。けど、まだ終わりじゃない」


落ち着いたレンの言葉に、ミツルはパネルを再確認して怪訝な顔になる。


――今の少年で要救助者は全部。危険物はヒトミが対策済み。後は本職に任せれば……


『暴走重機さんたち、こっちに近づいてますよぉ。どうしましょうか』


「マジかよ……まさかアレを止めるってんじゃないだろうな」


「交通部の機動一課がこっちに来るまであと十分。まだ安心はできないね」


「だが課長にああ言っちまったから」


「人命が危機に晒される恐れがあり……なら、格闘戦もやむを得ない措置になる。

 違うかい?」


レンのしたり顔にとりつく島はなさそうだ。

確かに二次災害の種を放っておくこともできない。どうにかできるのは、彼女たちだけだ。


「わかったよ、やってもらおうじゃないか。

 三人とも、もう一働きしてくれ。重機を強制シャットダウンさせるぞ。情報や手段はこっちに任せろ。取りあえず動きを止めるんだ」

 

『『『イェス・ティーチャ!』』』


そこへ折良くフェンスを乗り越え、三台の重機が侵入してくる。

オレンジ色の二腕ローダー、緑色の水陸両用リーチスタッカー、そして水色の作業腕つきストラドルキャリア。

港湾作業でお馴染みの重機たちは、まるで意思を持ったようにサクラたちへとにじり寄ってくる。


「見た目的にはイセエビ、ガザミ、タカアシガニって感じだね……海鮮三兄弟?」


「冗談言ってる場合じゃないが、そのあだ名はラベルにもらっとくぞ。

 腕の自由度が高い二腕ローダー(イセエビ)はサクラ、馬力のあるリーチスタッカー(ガザミ)はヒトミがやれ。|

 ストラドルキャリア《タカアシガニ》はアオイだ。引き倒してしまえば何もできん」


『よっしゃ!』


ハウンドが気合いもろともイセエビ重機に挑みかかる。


『ちょっと痛いですけど我慢してくださいねぇ』


どこで憶えたのか怪しいセリフと共に、ドルフィンはスプレッダーを振り回すガザミ重機をガッツリと押さえ込む。

 

『引き倒す、了解です』


そしてスワローが地面スレスレを滑走。

タカアシガニ重機の脇を抜けるや、急旋回して長い脚部ブームを掴む。

そしてエンジンの恨みとばかりに、全重量をかけて地面へと手荒に引き倒した。


相手はアームをデタラメに振って暴れるが、所詮は車輪つき重機。

倒された時点で勝敗は決していた。


「いいぞアオイ、そのまま重機パイロットにオーバーライドできるか?」


『無理ですティーチャ、目標はスタンドアローン。

 こちらの装備では干渉できません』


「なら車体後部のキャパシターを停止だ。電力を止めてやれ」


『イェス・ティーチャ』


細かい作業なら精密マニュピレータを持つスワローの独擅場。

細い指を駆使して電源ボックスを開き、断線させて機能を奪う。


――これで一匹。


『ティーチャ。ガザミさんが言うことを聞きません』


息つく間も無く、ドルフィンが困った声を上げる。力で押さえ込んだはいいが、その先が上手くいかないようだ。

水陸両用車体は横幅が広く、おまけに六本あるアウトリガーを展開してしつこく粘ってくる。


「落ち着け、目移りするな。

 相手の車体は横に広いが前後は短い。正面からひっくり返してやれ」


『イェス・ティーチャ。その手がありましたねぇ』


ヒントさえ与えられれば、解析に長けるヒトミはすぐに方法を発見する。


彼女は振り上げられたスプレッダーを躱し、相手の下に三本爪をさし込んだ。

あとは単純、生まれ持った怪力に物を言わせてガザミ重機を易々と裏返してみせる。

コンテナを掴む強靱なスプレッダーと、それを支えるアームの重量が相手に災いした。ガザミ重機にできるのは、ごろんとひっくり返ってタイヤとアウトリガーをバタバタさせることだけだ。


「裏からじゃ電源を狙えんか。

 ヒトミ、油圧のタンクが見えるか? 踏みつぶせ。許可する」


『はーい、やっちゃいますぅ』


ドルフィンの太い足が無慈悲に相手の腹に乗り、油圧用の加圧タンクをあっさりと割り砕いた。天を向いたタイヤを空転させ、二匹目が沈黙。


『こっなくそぉ!』


威勢のいい啖呵と裏腹に、ハウンドはイセエビ重機相手に苦戦していた。

相手のアームは可動域も広く、さらに台車から上は全方向に回転できる。そのせいでハサミによる牽制に隙を見いだせないのだ。


さらにレンがモニタリング数値を見て舌打ちを鳴らす。


「三機ともガスが少ない。おまけに浸水が響いてる」


急いでいたため三機とも補給が不完全で、全開駆動もあって燃料を浪費している。

さらにハウンドには、今になって浸水のダメージが入り始めていた。彼女のヒザからはときおり火花が散り、見た目にも機動性が落ちているのがわかる。


「ドルフィンはまだ動けるな。ヒトミ、サクラの加勢を頼む」


『はいですぅ』


ドルフィンが助太刀に入るが、まだ有利と呼べるまでには至らない。

動きの遅いドルフィンでは、牽制を避けるのが精一杯だ。


『腕が邪魔だよ!』


およそロボットらしくもないグチがサクラから飛ぶ。

そこにミツルは閃いた。


「……だな、邪魔なら折るか」


『えっ、でもティーチャ、僕の手じゃ、脆すぎてパンチできないよ?』


「キックだ! 立派な脚でぶちかましてやれ!」


アキヒロ班長が味のある表情で彼を見たが、ミツルはそれから努めて目を逸らした。現状いちばんシンプルな回答だし、撤回しようにももう遅い。


『サクラちゃん腕一本抑えました、どうぞですぅ』


『よっしゃ、キックいきまーす!』


ドルフィンが捨て身で作った隙を突き、ステップを踏んだハウンドがイセエビのアームめがけて華麗な回し蹴りを放つ。

装甲の厚いハウンドのスネが、もっとも脆弱な相手のヒジ関節を捉え、根本から分断。さらに残ったもう一本を、ドルフィンが力任せにねじ切った。


腕をもがれたイセエビに抵抗する手段などない。最後は背後からゆらりと接近したスワローによって、電源を断たれあえなく沈黙した。


『やったね! ……って、ちょっとバランスがっ』


『サクラちゃん、大丈夫ですかぁ?』


倒れそうになるハウンドをドルフィンが支える。


『サクラ、脚が曲がってませんか?』


スワローが揶揄するように首を傾ける。

ハウンドの両膝からは断続的に火花が散り、蹴りを入れた方の脚はスワローの指摘通りに曲がってしまっていた。


とはいえ勝ちは勝ちだ。

鉄の腕が三者三様にガッツポーズを決め、それを画面越しに見たミツルとレンも、拳を振り上げて快哉を叫んだ。


「やったな!」

「ああ、完璧だ」


見わたせば課員一同も喜んでいるが、トクガワとアキヒロ班長だけは苦い顔を付き合わせて肩をすくめているようだ。


やがて機動課のPAS部隊が現着。

ガス欠寸前の三機は、ハウンドを両脇から支えながら展示場まで歩いて戻ってくる。


「三人ともよくやったぞ。お前らは立派だ!」


笑顔のミツルに迎えられた彼女たちを、三課の皆が、そして活躍を見た者たち全てが、惜しみない拍手と歓声で包むのであった



 ***



一大事故となった交通フェスから一週間。


昼下がりの交通博物館に、私服姿でたたずむミツルの姿があった。


三機の出場については、トクガワが方々にかけ合ってくれたおかげで大事にならずに済んだ。

しかし会社機材の無断使用、並びに不必要な器物損壊(主にイセエビの腕)については弁解の余地もなく、責任者三名はコンプライアンス会議にこってりと油を絞られた。


そう、三名だ。

トクガワ課長とレン係長はともかく、現場監督者という名目でミツルまで引っ張られたのだから笑えない。


さらに彼には、アキヒロ班長から特大のカミナリも落ちている。

ハウンドとスワローがハンガーに帰宅早々、大規模修理とあいなったゆえだ。

スワローのエンジンもさることながら、より技術班を怒らせたのはハウンドのフレーム歪みによるダメージだった。

「若造、憶えとけ。あいつらで一番高価(たか)いのはフレームなんだ」とは、青筋を立てたアキヒロ班長の言である。


修理費、燃料費、そして弁償と、決して少なくはない損失を被った広報三課であったが、一方で充分な利益と成果を得ていた。

あの場における初動の速さと活躍の華々しさ、そして目撃者の多さ。

結果として最高のデモンストレーションとなったのだから。


三機の活躍は、特に市民から大きな反響を呼んでいる。

広報三課はそれまで無名ぶりもどこへやら、いまや世間の注目の的だった。オフィスメンバーは取材の対応に忙しく、博物館の来場者は三割増しの大賑わい。


ただし、これらの客の多くは……


「ようこそ、イスルギ交通博物館へ」


「アオイちゃんだ! 本物のアオイちゃんだよ!」


「館内は歩いてくださいねぇ。走ったら危ないですよぉ」


「ヒトミちゃんこっち向いて!」


もっぱら三人娘目当てのドルオタ、カメラ小僧どもだったが。


発端となったのは、あのPRライブの録画映像。

事故後にニュースネットに乗り、さらにどこからかアオイがパイロット(これは操縦者の意味で)だという情報が広まっため、三人は一躍ローカルアイドル扱いだ。


不測の事態に備えて偽の身分を用意していたのが徒となり、いまさら三人がロボットだなどとは言い出せない。

むしろトクガワなど、その人気を逆手にとって早々にグッズ展開を他の課に打診しているらしい。

本当に転んでもタダでは起きない男だ。


そんな周りの事情はともかく、ミツルは今もこうして三課にいる。

私服を着ているのは、これからサクラを訓練に連れ出すため。いつのまにやら、三人の生活指導も彼の担当となっていた。


「お待たせティーチャ」


「おう……っておい、もうちょっと服装を考えてくれよ」


「でもレンちゃんがこれでいいって」


「頼むから奴の好みを信用するな」


今日の指導内容は休日に着る服なのだが、サクラの服選びの基準はだいぶおかしい。

ドクロ柄ヘソ出しわきチラのダメージドTシャツ、すり切れだらけのローライズホットパンツ。

レンと長く付き合いすぎたせいか、よく言えば個性的、悪く言えば壊滅している。


もちろん、ミツルには到底容認できそうにない。


「もう少しほら、アオイみたいな服にはできないか?」


「アオイの服は地味すぎてイヤだよ」


無事にレベルセブンに到達し、さらなる成長を続ける彼女たちは、日増しに人間じみた反応を身につけていく。

ただし、そこはあくまでも人工知能。まだまだ学習の余地は天こ盛りだ。


――さしあたっては服装と印象の理解、だな。


ミツルの仕事はまだ始まったばかりのようだ。


「ねえティーチャ。僕らはこれからどうなっていくんだろう」


「そいつは……俺も知らん」


大窓からの初夏の陽射しが、今日も彼らを輝かせていた。


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