表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

9.事件はお祭り会場で


三日後。

会期二日目にして、〈イスルギ交通フェスタ〉は大盛況だった。


イスルギ・グループ主催のイベントは数あれど、この催しは飛び抜けて集客力が高いことで知られる。

あらゆる点で時代を先駆ける企業複合体イスルギ・グループ。その最先端技術を毎年体感できるとあって、このイベントはいまやゴールデンウィークの定番スポットだ。会場が日本本土から千キロ以上も離れている事を考えれば、そのインパクトと人気は往事の万国博覧会に等しい。


実用間近の全地形対応型車両オムニ・サーフィス・ヴィークル電磁推進艇(EMTB)のブースが例年通りの盛況であるのに対し、今年新しく加わったとあるブースでは、特大の閑古鳥が鳴く。


言わずと知れた、広報三課の展示スペースであった。


「頑張って間に合わせたわりには――人、来ませんね」


「今年はなんだねえ、場所が悪かったかな」


お茶とコーヒー、マグと再生樹脂リフォームドカップを突き合わせ、屋外展示場の端で話し込むトクガワとミツル。

そこへカワラバンことイワオが戻ると、残念そうに首を振った。


「ダメッス。やっぱ許可出せないって、広報の上が譲らないッスよ」


「折角のお披露目なのにやっぱり駄目かあ」


声にあきらめを滲ませ、トクガワが髪を撫でつける。


ほとんどの課員が憮然として暇を潰すこの状況。原因は重機を動かす許可が下りないことにある。

フェスの開催寸前になって、どこから嗅ぎつけたのか〈人道会〉なる団体からクレームが入り、会場全体の展示方針に大きな変更が加えられた。

特にロボティクス技術が大々的に使われているものは、絶対に稼動させないように本社筋からお達しが出ていた。

人型に変形する彼らの重機に言い逃れの余地はなく、かといって並べるだけで目を引くような代物でもない。


「人道会って、たしか〈反エージェント右翼〉って奴よね」


「アタシ知ってるよユカリ。

 ほら、三年前に大手ロボティクス企業の重役が誘拐されたことあったじゃん。あれ人道会の下部組織がやったってウワサで、今回も本当はクレームじゃなくて脅迫だったって。

 ヒロ、その辺どうなの?」


「たぶん事実……警察が、ヤクザの脅しを飲む……滑稽」


案内嬢のはずがとんだ手持ちぶさたで行き場を失い、控えテントの女性課員たちがトークで時間を潰す。


流れてきたヒロミの言葉にミツルも心中同意するが、一方で仕方がないと納得していた。

イスルギ民警はあくまでも民間企業。職員は社員であって、一部の例外を除けば捜査権も武器も持っていない。銃器所持チャカもちのヤクザに殴り込まれでもしたら、諸手を挙げて降参するほかに手はないのだ。


「……でもまあ、ロボット技術が使われてなければいいんだよね?」


転んでもタダでは起きない、が信条だと語るトクガワが、とぼけた顔に何やらえげつない色を乗せてミツルを、さらに彼の背後にある別の控えテントを見やる。


「いや課長、考えてることはわかります。

 わかりますけどあいつら完璧に使ってます。100パーセントです」


「バレなきゃいいんだよバレなきゃ。

 それに僕も報告書見たけど、彼女たち凄いことになってるんでしょ。このままテントの肥やしにするの、もったいないと思わない?」


「それは、まぁ確かに……」


「だったら人助けと思ってちょっと頼むよ。ね?」


課に赴任してこのかた、ミツルが課長の頼みを断れた試しはない。

必然、今回も拝み倒される形で、彼はサクラたちの待機するテントへ足を向けるのであった。


「PRのライブ活動? それマジで?」


ポータブル機器に繋がれた三人娘の横で、レンがミツルに目を剥く。

ちなみに、今日の彼女の服装は間違った方向に気合いが入り、ダメージドのホットパンツに鋲打ちのジャケット、そしてテンガロンハットという出で立ち。パッと見どこのチアガールかわからない。


「ああ、課長がどうしてもって」


「Joking! そりゃ、確かにこのままだと出番ないけど。

 だからっていきなり人前に出して、さあどうぞって具合にはいかないよ」


「課長が言うには、ちょっと顔出して、ちょっとブースの宣伝して、ついでにちょっと握手して、ちょっと何か歌うなり踊るなりしてくれればそれでいいって」


ミツルは三日前に何か聞いた気がしたが、それらを全て幻聴だったと思い込むことにする。でなければ頭痛で死にそうだ。


「それのどこがちょっと!? 日本人ちょっとの使い方おかしいよ!」


口で怒り狂っていても、すでにレンの手はポータブルの上を走り始めている。

天才肌の少女でも所詮はサラリーマン。

そして、なにより研究者なのだ。



 ***



「おい、あれ見ろよ」「すごいかわいいな」「どこかのアイドルグループ?」


時刻が午後一時を回ったころ、ベイエリア広場にある電磁推進艇(EMTB)クルーズの起点にて。軽食を手列に並ぶ人々から、三々五々のざわめきが上がる。

その中心には、例のセーラー衣装に身を包んだ三人娘と、制服のネクタイを締め直したミツル。そして臨時の移動スピーカーと化した作業ロボットが二台、彼らの後ろを追っている。


「三人とも、オーディエンスのフィードバックに気をつけてくれ」


小声で指示するミツルに、サクラたちは手ぶりで了解を返す。

レンが早業で概念を外挿オンストールしてくれたおかげで、状況の説明は省略しても問題ない。


「それじゃ、やってくれ」


ミツルの合図で二機のロボットが左右に展開。

背負った全方向スピーカーから軽快なダンスナンバーが流れ出し、彼女たちのステージが始まる。


「「「We are ...Blue Birds !」」」


レンが速攻で考えたフレーズを高らかにシャウトし、彼女たちは場の中心に躍り出ると軽快なステージダンスを披露する。

そのモーションは、レンがこれまた神速でプロモーション素材から引っこ抜いたものだが、細かな動作やブレについては三人に委ねられている。

三人の自然にズレた動きにロボット臭さはまるでない。小慣れていない様子など、まるで猛練習した素人アイドルを彷彿とさせる出来だ。


「さすが……」


注意深く、それでも声に出してミツルは感嘆した。


モーションの外挿と口頭の説明。たったそれだけで彼女たちは状況を理解し、あまつさえ応用すらやってのけている。

携わったのはほんの一週間だが、その成長と進化たるや完全に予想の上を行く。


曲の終わりと共にポーズを決め、彼女たちは荒い息でミツルの差し出したタオルを取った。

赤らむ肌も弾む息も、したたる汗もイミテーション。そう分かっているミツルすら思わず錯覚するほどの再現度だ。


息を整えた三人がマイクを手に、再び客へと向かう。


「私たちはイスルギ民警広報三課所属の――」


「「「ブルーバーズです!」」」


「今、屋外展示場の方で僕ら三課が開発した――」


「「「レスキューフレームの」」」


「展示をやっていますぅ。

 私たちの写真を使った、カレンダーパネルなんかもありますからぁ」


「「「ぜひ一度お越しください!」」」


声を揃えたアピールに客が湧き、たちまち若い男性が殺到する。

彼らは握手に応じる彼女たちへと、口々に質問や感想を投げかけた。


「名前教えて!」「キミ警察官なの?」

「おねーちゃんかっこいい!」「ダンスすっげぇよかったよ!」


ミツルはそんな客の動きに目を光らせながら左手の着用端末ウェアブレットを触り、作業ロボット越しに状況をモニター中のレンに呼びかける。


「どうだ?」


『今のところ問題ないね。今夜にでも外挿データ組み替えて本格的に……

 ……あれ、なに?』


黒く丸いカメラポッド、ロボットの頭部がクルッと百八十度逆を向く。ミツルも視線の先を追い――それを目にするや、あんぐりと口を開けた。


ベイエリア広場に隣接するコンテナ埠頭。

二十基あるガントリークレーンの群と積み上がったコンテナの山。

その上からオレンジ色のハサミ、おそらくは重機のアームが二本、ビヨンと突き出して阿波踊りよろしくヒラヒラと揺れている。


「なんだありゃ……」


そして彼が間抜けな顔をさらした次の瞬間、コンテナの小山が、突然弾け飛んだ。


色とりどりのコンテナが宙を舞い、回転し、重力に引かれて落下。

転がる凶器と化してフェンスを突き破り、フードコートの屋台を押し倒して広場になだれ込む。

そして直前までの無音から一転、轟音と共に逃げる隙も与えず、人々をコンテナの群が飲み込んだ。


遅まきながらに悲鳴が上がり、次いでベイエリア広場の出口に人が殺到、現場はたちまち押し合いへし合いの大混乱に陥った。


握手していた子供をとっさに抱え、群衆から保護したアオイが、茫然自失のミツルを呼ぶ。

「緊急事態と判断します、指示をください!」

「……指示……っ、そうだ、すまない!」


ミツルは自分の額を叩いて冷静さを取り戻そうと努める。


――事態の把握は二の次でいい、まずは人命優先だ!


「アオイ! サクラ! ヒトミ! 状況を緊急事態と認定する!

 各員対処モードを切り替えろ。まずは避難の整理と補助、それから怪我人の確保搬送! 現場回線ダイレクトを開け、状況の変化に注意しろ!」


「「「イェス・ティーチャ!」」」


ステージ衣装のまま混乱の中に割って入るサクラたち。

緊急事態用の対応マニュアルはベースに焼き付いているはずだから、彼女たちに任せれば避難誘導は問題ない。

それに周囲には他の民警職員もいる。


「俺も何か……」


ふり返ったミツルに〈しーちゃん〉がカメラを向け、イヤホンからはやや緊迫したレンの声が届く。


『ミツルくん無事か? 周りは大騒ぎだな』


「レン、こっちは状況がわからん! 取りあえず三人は避難誘導に向かわせた!」


『賢明な判断だ。

 こっちで状況を把握中だ、ちょっと待ってくれ……ふむ、重機が暴走してるのか。

 全部で三台、一台はベイエリアに入ってきそうな感じもあるな』


「暴走だ? 搭乗員は何やってる!?」


『…………いや、乗ってないよ。別のカメラで確認してるけど三機とも無人だ。まさか〈電子夢遊病ゴースト・ウォーキング〉か?』


「は? バカ言え、こんな近場でまとめてレアケースが起こってたまるか!」


『でも現に動いてる、原因はわからんが』


「とにかく原因は後回しでいい、人命優先だ。俺たちはサラリーマンだが警官でもあるんだぞ」


『Exactly…………ミツルくん、提案がある』


一瞬のためらう気配。

そしてレンはハッキリと告げた。


『いまこそ、三人を使うべきだ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ