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西暦2062年 八月某日


この物語はフィクションです。

……が、五十年後の未来においては、定かではありません。



イスルギの夏は内地より過ごしやすい。


そう彼に吹き込んだ友人を、ミツルは今、詐欺で猛烈に告発したかった。


「ほんとに、ヤバイ暑さだ」


パトカーを元に急ごしらえで用意された指揮車両バードヘッドの車内。

彼はまだ新品の多機能ダッシュボードをトントンと鳴らし、相方・・たちの到着を待つ。


天気は台風一過の快晴。

開け放したドアから、猛烈な暑さが問答無用で侵入してくる。汗で制服がべったりと貼り付つき、その気持ち悪さで彼は顔をしかめた。

だが三つの理由から、彼はドアを閉める事ができない。


ひとつ、外で一生懸命に動く同業各位に申し訳ないから。

ふたつ、現場を肌で感じることが職務に不可欠だから。

そしてみっつ。これが一番大切なのだが、現場を取り巻くニュースネットの反応が気になるからだ。

仮にも広報に携わる人間として、周囲からの探りには万全の注意を払わねばならない。


だが今のところは杞憂に終わりそうな気配だ。

封鎖を報道パスでくぐってきたネット代表の女性レポーターは、規制線の向こうでカメラドローン相手にせわしない。

さらなる詮索を上乗せする余裕はあるまい。


「皆さん見えますでしょうか巨大なクレーンです! イスルギ外環状高架線ラウンドハイに倒れかかった大型クレーンは、今まさに崩れ落ちようとしています!」


「いや、してねーよ?」


もちろん彼の反論は小声であり、聞こえているはずもない。

ダッシュボードに表示された〈彼女ブルー〉の予測だと、あと三時間は道路の構造体に深刻な影響はないとのこと。

もちろん倒れかかったガントリークレーンの方も同様である。


 ――これだけ余裕があるのに呼ばれるとはね。


ミツルはデータの横に表示された電子証明書イータックを恨めしそうに一瞥する。

ただ睨むだけ。目下のところ、彼はいろんな方面に頭が上がらない身だ。


ため息一つで事態を受け入れようとした彼を、タイミング良く現場回線ダイレクトからの声が呼んだ。


『広報331(サンサンイチ)から広報334(サンサンヨン)


落ちついた少女の声。ミツルは通信を開く。


「広報334、広報331どうぞ」


『アオイです。燃料補給リフュエルが終わりましたので向かいます』


「現着予想は?」


『五分以内です』


「334五分以内了解」


『331以上です』


――〈スワローバード〉が五分、今日の現場は彼女がメインだな。にしてもこの暑さだ、一刻も早く現着願いたいね。


心の中でそうごちて、ミツルが袖で額の汗をぬぐう。そこへ次のコールが鳴った。


ティッティッという合成音が止まないうちから、活きのいい声がスピーカーを大いに揺らす。


『広報332からティーチャ!』


「こちら広報334おい待てサクラ。識別ナンバーは絶対に抜かすなって昨日も言ったよな?」


『めんどくさいよ。ラウンドに乗ったから一分以内に現着するよ』


管制ナビはちゃんと受けてるんだろうなサクラ。どこから一分だって?」


『東7番入り口から』


現場ここまであと8キロはあるだろうが! 今すぐナビ入れろ事故ってからじゃ遅い!」


『事故らない自信あるし』


 通信の終わり際に風がゴウッと鳴り、ミツルの顔から一気に血の気が引く。


「……ブースト焚いてないか?」


独り言の答えは三十秒後、現場に届いたサイレンとなってもたらされた。

己の予感が的中した事を知った彼は、深ぁーく息を吐く。


「皆様あれを! ついに現れました!」


もはやレポーターのうわずった声を聞くまでもない。

直近の交通管制圏ナビエリアから速度超過を知らせる赤い表示が舞い込み、ダッシュボードを埋めるように咲いた。


――七箇所をわずか2秒で通過、ダウトだ。


ミツルは相手の操作コンソールに強制操作オーバーライドをかけ、緊急用ブーストを直ちにシャットダウンさせる。

即座に不服と不満の響きがかえってきた。


『なにすんのさティーチャ!』


「お前はよくても俺が困る。それに燃料ガス高価たかいんだ、温存してくれ」


『ぶー』


無線越しの控えめなブーイングとほぼ同時に、通行止めになった対向車線へと一台の車両が滑り込む。

白地に赤ライン塗装の巨大なスポーツバイク。そうとしか形容できない車両、いや、大きさからすれば重機が相応しい。

それはタイヤをスキールさせ、横滑りしつつ報道陣の脇をすり抜ける。

そして二輪の常識を越えた信地旋回を決めて指揮車両バードヘッドの隣に停車した。

全高が4メートルに達する巨体はピタリと静止して微動だにしない。車輪に内蔵された超伝導ジャイロモーターの為せる業だ。


『とーちゃく!』


「無茶な減速はするなとも言ったよな!?」


『何も巻き込まない自信あったし!』


「そういう話をしてるんじゃない」


二輪重機の〈パイロット〉とミツルが無線越しに応酬しあう。


『えーっとお取り込み中すみません。広報333ですぅ』


そこに相方最後の一人がゆったりと入りこんできた。彼はすがるように通話を切り替える。


「広報334、333どうぞ」


『333、ヒトミです。現在最寄りの水路を移動中。

 ティーチャ、現場までの飛翔移動リフトムーヴ許可願いますぅ』


飛翔リフト了承だ。早く来てくれ、たのむ」


『了解しましたぁ。333以上です』


さして間を置かず、現場の空を轟音と甲高い振動音が覆った。


「いいタイミングだ」


ミツルのややビターな笑顔に、太陽をさえぎって二つの影が被る。


空を占めた二機のマシン。

片方は白地に青ラインの小型垂直離着陸機(VTOL)だ。

直線的で鋭角なシルエットが、四機のエンジンを小刻みに調節して空に大きな円を描く。

もう一機は黄色ラインの奇妙な機体。

それは丸みを帯びた流線型ながら翼もなく、おおよそ飛びそうにない形状をしていた。

底面からは三本のバルジが前後に突出し、ときおり道路との間に紫電を奔らせている。


「ご覧ください三機揃っての出動です! あの危機を救った救命重機レスキューフレームが揃ってカメラの前に! これはありがたい!」


レポーターの大仰な物言いとこぼれる本音に苦笑しつつ、ミツルはダッシュボードを叩いて指向性サウンドと現場回線ダイレクトを再確認した。

ここから先の交信内容は業務上の秘密であり、迂闊に外には聞かせられない。


「いいか、三人ともよく聞け。

 これから強風で傾いたガントリークレーンの乗務員を救助する。

 状況は見ての通り、クレーンの構造体が高架道路に不安定に乗っかってるだけだ。 レスキューの通常機動服部隊《ノーマルPAS》は足場の問題でアプローチに失敗。特殊レスキューはイスルギを離れていて、今からだと到着は二時間先だ。

 そういうわけだから、こっちにお鉢が回ってきたんだが」


『具体的にはどう動きましょうティーチャ』


『僕がジャンプして助けるとか?』


『そんな事したら、サクラちゃんの体重でクレーンが倒壊しませんかぁ?』


『そんなにデブじゃないし!』


「私語は慎む!

 救助の担当はスワローバード。アオイ、上からクレーンの操縦室へ接近しろ。風が心配だから可能なら操縦室ごと要救助者を確保してくれ。

 ヒトミ、ドルフィンバードは超伝導マグネットでクレーンと道路の接点を可能な限り維持しろ。そしてサクラ」


『はいはい僕は?』


「ハウンドバードは不測の事態に備えて待機」


『なんでー!?』


 抗議と共に巨大な二輪車がフラっと傾くが、ミツルがそれに構うことはない。


「お前がいちばん機動性がある。万が一に備えて即応状態で情報収集」


『ぶー』


「文句なら終わった後で聞いてやる」


『スワローバード了解、いつでも行けます』


『ドルフィンバードも了解ですぅ』


『……むぅ、ハウンドも了解』


三人の応答を聞いて、ミツルは一呼吸置くとニヤリと笑った。

これからが仕事の醍醐味であり、照れくさくも緊張と恍惚の瞬間だ。


「それじゃお約束のカメラサービスといこう。

 全機、モード・アクティヴェイター了承!」


『『『イェス・ティーチャ!』』』


三機が一斉に『変形』する。


二輪重機〈ハウンドバード〉は尺取り虫のように前後を縮め、それを両脚として上部構造を畳み込んで上半身を構成。


VTOL〈スワローバード〉はホバリングしながら翼下と胴体から腕部と脚部を展開させ、轟音を響かせるエンジンを両肩と背中に収める。


そして電磁推進艇(EMTB)、つまり水空両用の高速艇である〈ドルフィンバード〉は、静かにアスファルトに着地。

後部バルジ二本を強脚へ変えて立ち上がり、前部バルジを腹部に収納しつつ底部を分割して豪腕を露わにする。


三機とも、その全動作にかかった時間はわずか数秒。

白を基調に赤、青、そして黄色のラインが色鮮やかな『巨大ロボット』が揃い立ち、場にいる全ての者に声を上げさせる。

それぞれ流線型の風防――操縦席コフィンを胸の中央に収め、両肩では由緒正しい赤の回転灯が点滅。

無機質なゴーグルフェイスの奥で、丸い識別灯兼サーチライトが目のように輝いた。


ミツルは身長6メートルの『教え子たち』を見上げ、弛みそうになる頬を思わず押さえた。

彼女たちの仕事が、彼女たちにしかできない仕事がこの瞬間から始まる。

誇らしさを口に出すのは後でいい。


「全機、行動開始ドライブ!」


『『『開始ラン!』』』


号令に応答を揃え、巨大ロボットたちは一斉に行動へと移った。

スワローバードは滑るように高度を上げてクレーンデッキへ接近。

ドルフィンバードは慎重な足どりで高架端まで動き、不安定なクレーンの鉄骨をがっしりと支える。

ハウンドバードは身構えたまま動かないが、その犬の耳にも似た三次元スキャナは、しっかりと現場全体を捉え続けていた。


「行動開始です! いま救命重機係ブルーバードがレスキューに動き出しました。

 あれこそ未来のレスキューマシンです。

 〈イスルギ民警〉が開発した可変人型救命重機フレキシブル・レスキューフレーム

 それを操るのは皆さんもご存じ、あの三人の美少女警官です!」


ダッシュボードに流れるハウンドバードのスキャン結果に目を走らせつつ、後ろで騒ぐレポーターの言葉にミツルはまたもクスッと笑う。


――あれがバレるのはまだ当分先かな。

  もしかしたら永久に隠されたままだったりしてね。


この場では心中苦笑するミツルだけが知る事実。

それは彼女たちが、あのロボットが有人機ではないということ。


彼女たちはインターウェア、あるいは〈PILOTsパイロット〉という形で普及した〈人工知能(AI)〉の究極の姿。


世界でたった三機のレベルナイン。


そう、彼女たちこそが、ブルーバード・レベルナインだ。



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