RUNNING MAN:2042
この作品は志室幸太郎様のシェアード·ワールド小説企画「コロンシリーズ」の「PARADE:2042-第四の乙女」のオムニバス作品となります。
イーオン。ムーン·サイド·ヴィレッジ。ミッションを終えた俺は役所に報償金を受け取りに行こうとして足を止めた。所持金が上限まで達していた事に気付いたからだ。このままでは貰う事が出来ない。
「まずは銀行に行かねーといけねーなあ」
そう呟いて俺はくるりと進行方向を変えて一歩踏み出した。その時だ。
「ん……?」
足に微妙な違和感を覚える。気のせいかと思いながら歩を進めていると、やはり何だか様子がおかしい。
「……あ……あれ……?」
あ、足が、勝手に動く……? あ、あれ……?
俺の歩行速度はどんどん速くなっていく。歩いているつもりなのになぜか走っている……いやおかしいだろ。止まろうとしても止まれない。まさかこれは……。
「……バ、バグった! インターフェイスが!!」
なんて言っている間にも俺は明後日の方向に進んでいた。しかも、さらに速度を上げながら。
「うぉおおおい! ちょ待て! 止まれ!」
やはり止まらない。インターフェイスが故障してしまった様だ。ちくしょお、やっすい輸入品にしなきゃよかった!
「ぬおおおおっ!」
俺はかつてないほどのスピードで街中を走り回っていく。異常から起こっているアクションなので、その動きはもはや本来の身体能力では決して出せない域に達していた。しかしそれ故に大して疲れもしていないが。
「うわあ!」
「うおおっ!」
他のプレイヤーは慌てて俺を避けていく。す、すんません……。
とか考えてたら、目の前に可愛い女の子が現れる。すっげー好みだ。だがこれは……まずい! このままぶつかったら、俺は知らない女の子に突然抱き付く変態になってしまう!
「きゃ……きゃああああ!」
彼女は紙一重で俺をかわす事に成功した。危なかった……!
しかし、その時だ。俺が彼女のそばを通り過ぎようとしたその時、俺の手が彼女のスカートの中に入り込んでしまった……。
「! きゃっ!」
「げっ!」
その手は勢い良くスカートを突き上げ……何という事……びりりと破り!
「きゃああああっ!」
ふわりと舞うスカート。そしてその中から現れた、眩しいほどの純白の下着……レース! バグあざます!
「へっ! 変態よ! 変態だわ!」
「何!?」
彼女の叫び声を聞き、良心的なプレイヤーが俺を捕まえようと追いかけ始める。ち、違うんだ、今のは事故で……!
今度は紙袋を抱えた中年の男が俺の行く手を阻む。俺は避けきれず、案の定ぶつかった。
「す……すいません!」
それでも止まらない俺の首や腕にはいつの間にか高価そうな装飾品が着いていた。さっきの紙袋に入っていた物だろう。
「ど……泥棒!」
ひいいいいいっ! 俺を追うプレイヤーがまた増えた。
そうしてとどまる事を知らない俺はついにイーオンの端まで行き、緩衝地帯に飛び出した。しつこい事に、行く先行く先で様々な物を強盗していたため追っ手はようやくまいたと思ったらまた沸いての繰り返しだった。要は、状況はちっとも変わっていないという事だ。盗った物はすぐに地面に投げ捨てているのだが、気持ちが収まらないプレイヤーばかりらしい。
この時俺は黒いローブを頭まですっぽりと被っていた。これも通りすがりのじいさんからかっさらった物だ。これだけの事を起こせば顔を覚えられる訳にはいかないと思いこれだけは捨てずに着たままにしている。
だが、そのおかげでこんな声がちらほらと聞こえてきた。
「あれは、パレード!?」
「ついに街中にも現れやがったか!」
「盗みと痴漢をするなんて聞いてねーぞ!」
パレード。緩衝地帯を走り抜けアーティファクトを次々とぶった斬っていく都市伝説。今の俺はそのパレードと寸分違わぬ格好をしていた。しめた! このままあいつの犯行にしちまえ!
「待て~~~~~~~! パレード!」
だけど、その俺の企みは上手くいかなかった。
あろう事か本物のパレードが現れたのである。
パレードは俺から数百メートル離れた地点を俺と平行して走っていた。
「おい! あっちにもパレードがいるぞ!」
「いや待て! あっちが本物じゃね!?」
「きっとそうだ! じゃああいつはパレードを騙った強盗だ!」
おいいいいいいい! お前らパレードを何か神秘的なもんだと感じてんのかよ! 俺さらに悪者になってるじゃねーか!
しかし、都市伝説の登場が思いもよらぬ展開を運んできた。
「つかパレードじゃん! 本物じゃん!」
「賞金賞金!」
そう、パレードには賞金が懸けられているのだ。俺を追っていたプレイヤー達は皆金に目が眩み目標を変えパレードの方に向かっていった。ラッキー! 助かった! ……ま。
「俺も欲しいけどね! 懸賞金!」
俺はすかさず腰に着けていたホルスターからハンドガンを抜く。
「後ろから追いかけるお前らよりも横をほぼ平行して走ってる俺の方が有利だもんねー!」
ハンドガンを構える……って……。
「ブレ過ぎてぜんっぜん狙い定まらねえええええええっ!」
そして次の瞬間。突然熱の塊が俺の左頬を掠めた。
「あっつ!」
それはローブのフード部分を貫いていった。小さな丸い穴は微かに焦げている。
「えっ、ええええっ!? 何今の!? もしかして銃弾!?」
パレード、恐ろし過ぎる……! まさか誰かが撃ち出した銃弾を大剣で弾き飛ばしたっていうのか……!?
パレードは徐々に差を付けて俺から遠ざかっていく。俺もそのまま走り続ける。いい加減風が痛くなってきた。顔の筋肉が強ばっているのを感じる。め、目が痛い。鼻水も出てきた。
「てかこれ、誰か止めてええええええ!」
「おい、急げ! 警察に追い付かれちまう!」
「待って下さいよ兄貴ぃ~!」
「これだけ盗れば大儲けだぜ!」
「! あっ、兄貴! 何か前からすげー形相の奴が走って来ますぜ!」
「ああ? ……ひぃっ!」
俺は二人組の男に推定時速50kmほどで正面衝突して激しく地面に滑り込んだ。
「うあいてえっ!」
その後しばらくの沈黙……ん? 沈黙?
止まった! やっと止まった!
何と、俺はとうとうアエラまで来ていた。周りの景色はファンタジー風の物に移り変わっているのだった。
「いよっしゃあああああ! 止まったぞおらあ!」
俺は自然とガッツポーズをしていた。二本の脚で地面をしっかりと踏みしめながら。
「俺を止めてくれてありがとうございます! ……あ」
そこに倒れていた男達は顔がぼろぼろだった。特に大柄の男、前歯が欠けて口から血を出している。どちらも気絶している様だった。
「……やっべ」
誰にも気付かれない様にそそくさと俺はその場を立ち去った。これからまた、イーオンへと戻らなければならない。
……まずは、キャラメイクをし直そう。
そして、新しいインターフェイス買おう……今度は国産のしっかりした奴……ロス貯めててよかった……。
翌日。イーオン。ムーン·サイド·ヴィレッジのとある喫茶店。
「おい兄ちゃん、昨日ここで変態強盗が出たんだってよ。何でも軽い金が懸けられてるらしいぜ」
「へ、へえ……?」
まさかこのおっさん、目の前にいる俺がその変態強盗だとは夢にも思うまい。
そして、アエラ。
「聞きましたかルシオラ? 昨日この街の外れで強盗事件が起こったそうです」
「それは物騒だな」
「それで、その犯人なんですけど、通りすがりの方が気絶させたおかげで捕まえる事が出来たそうなんです。その方、犯人を倒したらさっとその場を立ち去ったそうなんですよ、目撃者の証言によると。なかなかかっこいい方もいらっしゃいますね」
「お前はそういうのが好きだね、レナ」
「素敵じゃないですか。黒いローブを纏った謎の男……」
「ん? 黒いローブ?」
「どうかしました?」
「…………いや、何にも」
ちゃんちゃん。