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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
第3章 退職願と優柔不断
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第3章 Ⅰ

 エルフィスは、欠伸を押し殺しながら、専用の広い机の上に、自分を囲むように広がっているカードに目をやった。

 マリベルには、占いが(唯一)得意だというユナに適当に占術の練習でもさせておいて欲しいと命じたのだが、それがこんなふうに裏目に出るとは思ってもいなかった。

 第一、いきなりユナがマリベルから嫌がらせをされるとは、エルフィスにも想定外だったのだ。

 庭園をレンフィスと並んで歩いていたエルフィスは、その光景を目にした途端、本当に貧血を起こしそうになった。


 いくらなんでも、あれは恐ろしい。


 庭の真ん中に、幽鬼のような顔をした少女がふざけた卓を抱えて佇んでいるのだ。

 レンフィスが

「神殿には、霊がいるのか?」

 と真顔で問うたくらいだ。


 エルフィスが命じたと噂が立てば、女性に優しいというエルフィスの評判はがたがたと音を立てて崩壊するだろう。 

 しかし、いきなりユナを手厚く迎えれば、角が立つ。

 だてに女遊びが長いわけではない。

 マリベルがどういう経緯で神殿に入殿したのか分からないが、自分のことを優秀だと思い込んでいる女性が、ユナのように何処をとっても平凡な少女を見たら、腹が立つのかもしれない。


 ……何故、占いしか特技のないユナがエルフィスの直属につくことが出来たのかと。


 別に、マリベルが悪いというわけではない。

 神殿で働いている優秀な女性の大半は、そう感じているはずなのだ。


(何で……、こう厄介なことに)


 だから、エルフィスはユナと一緒にいる。

 セルジが呆れているのは、そのせいだ。

 兄で次期国王のレンフィスを放って、こちらにやって来てしまった。

 しかし、エルフィスにとっては大切なことだった。

 いくら女性としては、規格外だとはいえ、ユナも一応は女性の端くれだ。

 元々、エルフィスのせいで、ユナのもとに腕輪が流れてしまったのだ。

 立てるところは、立てておかないと、エルフィスの沽券に関わる。


「……で、結果はどうなの?」

「はっ、はい」


 戸惑いと焦りを含むユナのよく通る声を聞きながら、エルフィスは優しく微笑みかけた。

 曲がりなりにもエルフィスは大神官であり、セルジはその補佐である。

 当然、占術は授業として幼い頃から習っている。

 ユナがやっていることは手に取るように分かった。

 どうやら、ユナは、古式ゆかしい方法で占ったらしい。

 ルビ教の象徴である十字を取り巻くように、四角いタローカードが五枚並んでいた。

 ユナは、真ん中の十字の下のタローカードに人差し指を向けた。


「現在位置が塔です」

「うん。そうだね」

「貴方は、塔に行ったのですか?」


(はっ?)


「……行ってないけど」

「塔で、魅力的な出会いの予感が」

「いや、ユナ。何か君、それって明らかに何かが違っているよね?」

「そして、未来」

「げっ」


 ユナは、有無をも言わさずに、今度は上のタローカードに指を乗せた。


「これは「恋人」のカード! 貴方は結婚を決めるのですね。60日後に結婚するなんて、さすが勢いがある」

「ちょっと待って。結婚!? いや、そもそも、60日後に結婚まで考えるほどの彼女ができちゃうの。僕?」

「そして、この」

「ま、まだ続けるの?」

「いいだろう、エルフィス。恥ずかしがるなよ」


 今まで散々、足蹴にされてきた恨みなのだろうか、セルジが身を乗り出したエルフィスを止めた。

 ユナは、勢いに乗って続けた。


「……そうです。最後の極めつけは、この五枚のタローカードなのです。愚者、隠者の逆位置、吊られている男の逆位置、戦車、力の逆位置がエルフィス様の未来の恋人像。す、凄いです!」

「いや、ただ並びたてられても、どの辺りが凄いのか僕には分からないんだけど?」

「こりゃあ、凄いな。エルフィス。今までお前に騙された女達が大挙として押し寄せてくるという意味なんじゃないのか?」

「セルジ、お前は僕に喧嘩を売っているのかい?」


 エルフィスは、ごほんと咳払いをした。


「良いかい、ユナ。僕は結婚ができないんだ。神官だからね。王家の次男は生まれたときから神官になることが定められている」

「…………はあ。それが?」

「それがって?」


 今まで、エルフィスが口説いてきた女性達は初対面でそれを話すと、大抵エルフィスに同情的になってくれた。

 しかし、ユナは……。


「すいません。何だか意味が分からなくて、それはどういう意味なのですか?」


 同情どころではなく、さっさと話を進めろといわんばかりだ。隣でセルジが腹を抱えて笑っているので、エルフィスは、その腹に肘鉄を入れてやった。……勿論、効果はない。


「つまりだよ、ユナ。君が何処となく僕のことを軽薄な男だと思っているような気がしたんだ」

「いえ、あの……。決して、そんなことは……」


 正直な少女だ。

 言い繕っているはずなのに、笑顔が凍っている。


(まずいな。何だか今の僕は、今日の彼女と妹の夕飯の話のネタになってしまいそうな勢いだ)


 だから、エルフィスは、何故だかちょっとむきになっている。


「そう、確かに、僕はこの短い時間の間で、庭を横切る女の子を三人じっくりと観察してしまった。でもね。結婚できないのだから、多少女の子を見て、わくわくする感情のようなものは持っていたいと思う。じゃなきゃ、逆に健全ではないでしょう?」

「…………そうですね」

「だからね、ユナ。ちゃんと占ってくれて構わないのだよ。僕を気遣って結果をぼやかしても、何の意味もないでしょ?」

「……えっ?」


 ようやくユナの顔に表情が戻った。


「………………あ」


 いきなりうつむいたかと思ったら、タローカードを手早くまとめて、赤い巾着に戻す。

 少しエルフィスが覗き込むと、紅潮している頬が目に飛びこんできた。


「すいません。エルフィス様」

「はっ?」

「やっぱり、当たってなかったですよね。本当、申し訳ないです」

「…………は?」


 てっきり、ユナが、わざとめちゃくちゃな占いをしたと思い込んでいたエルフィスは、咄嗟に一歩退いた。

 長い白服を足の踵がおもいっきり踏んづけて、転びそうになる。


(あれで、本気だったわけ?)


 エルフィスは「独学」というものに、恐怖を感じた。


「あっ、そうだ。ユナ」


 雲一つない青空を見上げていたセルジの態度は、一変していた。

 追い詰められれば、セルジのような武骨な男も、優しい演技の一つくらい出せるものらしい。


「ほらほら。もう休憩だ。今のうちに済ませることは済まして来たほうが良いぞ」

「でも……。休憩なんて、私が取ってよろしいのでしょうか?」

「よろしいのです」


 セルジと、エルフィスは口をそろえた。


「そうですか」


 ユナは、タローカードと数冊の本を胸に抱いて、エルフィスの後ろを通り、卓の外に出た。

 一礼する。

 その姿はさながら、

 

 ――自分は生きていても、良いのですか?


 ……と言っているほど、暗さに満ちていた。

 

 のっそりと沈んでいくような歩みで、ユナは遠ざかっていく。

 エルフィスは、額に浮かんだ汗を何度も拭った。


「世の中、いろんなことがあるものだね。セルジ」

「お前が馬鹿なことを、やらせるからだぞ」

「……面白そうだったから。つい」

「しかし、ああ見えても、あいつは、相当したたかだぞ。すべて演技だったりしてな」

「いや、あれは、素だよ」

「本当に?」


 エルフィスは、微笑を浮かべて卓の上にひょいと腰かけた。少し卓は揺れたが、壊れるほどではない。

 遠巻きにエルフィスを注視していた神殿の職員たちが、面白いように会釈をしてその場を立ち去って行く。


「ああ見えて、彼女自尊心だけは強いんだ。演技なんて器用な芸当が出来たら、あそこまで、就職に苦労はしてないでしょう?」

「……まあな」

「ははは。きっと、今頃、世間の荒波を痛感していることだろうよ」

「…………やっぱり、雇ったのは、失敗だったんじゃないのか?」

「そう?」


 エルフィスは、ゆらゆらと揺れる卓を楽しみながら、聞き返す。

 セルジの面長の顔を見遣れば、眉間の皺が一つ増えていた。


「明らかに、厄介事が増えてるじゃねえか。ただでさえ、色々と大変なのに」

「だから、お前は不機嫌なわけ?」

「女の争いほど、醜く面倒なものはないからな」

「そうかな。見ている分には面白いけどな? あそこまで、めちゃくちゃな鑑定結果、素人だって、なかなか出せないものだ」

「随分余裕だな。さっきまで、苛々してたくせに」

「僕はいろんな女性と出会い、修羅場を踏んできたんだ。もう慣れた」

「何の自慢だよ」

「………………ご歓談中、大変失礼します」

「何?」


 見上げれば、厳つい顔の親父が頭を下げていた。

 禿げ上がって光が反射している後頭部が、エルフィスの視界にぴったり収まって痛々しい。


(ああ、そうだった)


 エルフィスはすっかり忘れていたが、レンフィスと極秘に会うために、取り巻きの神官も遠ざけていたのだ。

 いくら何でも、第二王子が庭の真ん中で談笑していたら、誰だって心配するだろう。


「仕事なら大丈夫だよ。後でちゃんとやるから」


 特に時間制限のあるような仕事でもないので、適当に返事をする……。

 だが……。


「いえ……。あの違うのです。不審者が……」

「ひっ!」


 刹那、間抜けな叫声と共に、セルジがエルフィスの背中に回った。

 敵に向かえば、自ら突進していくような男が恐れている。


(―――何を?)


「あっ……」


 庭園に咲き誇る花壇の前に、植わっている一本の大木。

 涼を求めた先々代の大神官が植樹したらしいが……。

 今、違う意味で、周囲に涼しさを供給していた。


「ユナ…………」


 ――ユナの顔が半分、太い幹から覗いていた。

 こちらをうかがっている。


「明らかに不審者のようです。我々が排除致しましょうか?」

「馬鹿な……」


 小声で囁きかけてくる神官の輝く頭を、エルフィスはぺしっと叩いた。


「ユナ? どうしたの。休憩中じゃないのかな?」


 わざと明るい声を作り出す。

 …………例によってというか、やはり…………、反応がない。


「……ユナ?」

「すいません」


 ユナは、血の気が削げ落ちた蒼白の顔をしていた。

 唇は紫色になっている。

 立派な幽霊だ。


(もしかして?)


 考えるまでもなかった。


「とりあえず、今、世間の荒波を痛感していたところです」


(……ああ)



 この日、生まれて初めて、エルフィスは本当の修羅場に出会ったような気がした。


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