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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
二人の朝(攻防戦)
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続編 18

 あれだけの騒ぎだったのに、エルフィスの優秀な部下である神官たちが踏み込んで来なかったのは、足止めした人物がいたからだという。

 ――やはりというか、案の定というか、この人が裏で糸をひいていたからだった。


「…………ヘラさん?」

「あら、ユナさん、もう大丈夫なんですか?」

「はあ。まあぼちぼち」


 あの日、偽「ユナ」が消えた後、すぐにユナは、倒れてしまった。

 これもお約束というか、よくあることというか、ユナはヘラが登場したと同じ段階で気を失ってしまったのだ。

 失神した時の記憶もないので、ユナにあてがわれた部屋の寝台で目が覚めた時は、すべてが夢だったという結末をうっかり期待してしまったくらいだ。

 それにしても、倒れたい時に倒れることが出来ず、肝心な時に倒れてしまうのは、どうしてなのだろう。

 どうせ失神してしまうのなら、エルフィスの告白時に倒れてしまいたかった。

 

「…………で、私、何日寝ていたんでしたっけ?」

「今日も含めて三日でしょうか。それにして、その質問、今日だけで何度目でしょうか?」

「そうでしたか。どうも夢と現実の区別が……」


 そういえば、忘れてしまいたい現実が沢山あった。

 エルフィスとか、エルフィスとか、エロフィスとか……。 

 

「じゃあ、もれなく貴方を現実に戻してあげましょうか。ふふふっ。エルフィス様の動揺ぶりが見ものだったんですよ。倒れた貴方を抱きかかえて、放さないなんて……。なんて面白い」

「いや……。ヘラさん」


 エルフィスのことを想像していた分、ユナは羞恥心から激しく頭を振った。


「そんなことより、私が三日も眠ってしまった理由について、知りたいのですよ」

「エルフィス様のことよりも?」

「そんなことよりも……です」


 正直、かなり興味のある話題ではあったが、ユナはわざと声を大にして強調した。

 これ以上、この人にエルフィスのことをからかわれるのは、恥ずかしいし、弱みを握られているみたいで嫌なのだ。特に勉強面に支障が出やすい。

 ヘラは何か言いたげだったが、思い直したのかユナの質問にさらっと答えた。


「……まあ、だから、それは、貴方もお察しの通り、突然、使ったこともない上級魔法を使ったから疲れたのでしょうね」

「上級……魔法?」

「そうですよ。ユナさんは魔道具が発する魔力を無効化したんですよ。覚えていないのですか?」

「覚えているような、いないような……。無効化の魔法は、上級魔法なんですか?」


 寝ぼけ眼と、眠っている脳内そのままにユナが聞き返すと、ヘラは艶やかな笑みに嗜虐の色を込めた。


「忘れたのですか? これも貴方には、何度か説明したと思いますけど。「魔道具」はその発動内容と比例して、魔力が宿っているのです。古の魔術師が魔力を込めてこさえたのが「魔道具」です。魔力の源泉の近くにいれば、普通の人間にも共鳴現象が起きて、魔力が扱える可能性がある……ということで、陛下と私はエルフィス様に「見識の腕輪」を持たせようとしたのです」

「それは、覚えていますけど」

「本当に?」


 念押されると、自信がない。


「………………分かっていませんでした。すいません」


 ユナは素直に謝った。 しかし、違う。

 ユナが言いたいことは、ヘラの説明にあった類のことではないのだ。


「いや、何というか。……私は別に口喧嘩の延長線のようなものをやっていただけだったので。一方的に「ユナ」が消えただけなんじゃないかなって?」

「呪文というのは、集中を高めるための道具にすぎません。本当に必要なのは、純然たる「願い」なんです」

「…………願い?」

「貴方の願いですよ。ユナさん」

「私の……?」


 今まで寝台の傍らに腕を組んで立っていたヘラは、ユナの勉強椅子を引っ張りだして足を組んで座った。

 目線が近くなった分、一層、彼女の苛烈な瞳に射抜かれて、ユナは目を逸らすことが出来なくなってしまった。


(――私、何て、願ったかしら?)


 わざと呆けていると、ヘラに軽く頭を小突かれた。


「つまり、貴方が素直になれば、魔法は使えるんです」

「今まで、捻くれて魔法を使おうとしたことなんてなかったですよ」


 とりあえず、素直に教書にある呪文は唱えていたはずだ。

 ……しかし、ヘラは渋面のまま、顔を横に振った。


「それでも、貴方は本当にこの世界を救おうなんて思ってもいなかったはずです。だって、貴方は自分を愛していないから……」

「…………それは」


 図星だ。

 ユナ自身がいつだって自分を信用してなかった。 


「貴方が自分を認めた時、魔法は使えると、私も陛下も思っていました。そして、そうするためには誰かを認めなければならない。誰かを愛することが出来れば、貴方は自分を信じることが出来るはずだと……。単刀直入に言いましょうか」


 ヘラは、会心の笑みを浮かべて言い放った。


「貴方はエルフィス様が好きなんですね」

「…………」


 いきなり額から汗が流れ出したのは、果たして冷や汗だったのか、それとも、緊張のあまり火照ってしまったせいなのか。ユナには分からなかった。

 白状したくないが、ばれているのに嘘もつけないような気がする。

 黙っていると、勝手な解釈のままにヘラが一人で語りだした。


「……貴方はエルフィス様が好きなんですよ。純粋にもう一人の「自分」が邪魔で、渡したくなかったんです。だから、魔法を使うことができたんですよ。考えてみれば、貴方が魔法を使ったのは、エルフィス様の命が危険に晒された時の一回だけです。貴方はエルフィス様のこととなると、地に足がつくんですよ」

「……それって、個人的にはすごく嫌なんですけど?」

「理性で割り切れるなら、誰も人を好きになどなりませんよ」


 ユナにとっては、どんよりと暗い話だった。

 そんな乙女的で破滅的な情緒不安定な気持ちに、この先ずって苦しめられるのだとしたら、現実は地獄より厳しい気がする。


「それにしても、本当に良かったです。思いついた時は、博打を打つような気持ちでしたが、驚くくらい見事に成功したようで。陛下から、是非ご褒美を頂かなければ」

「……………………はっ?」

「あら、嫌だ。まだ気づいていなかったんですか? 私は三日前の種明かしの際に、セルジ様から叱られて、貴方の所に避難してきたんですよ」

「益々、分かりません」

「今回のことは、私が進言して、陛下から許可が下りた貴方の魔力を開花させる為の作戦だったわけです」

「陛下って、つまりアルメルダの国王陛下のことですよね?」


 エルフィスの父であり、このアルメルダを治める王。

 病のために寝込みがちで、自分の最後の仕事として、国のためにエルフィスを手にかけようとした。

 あの……?


「陛下が?」

「一向に貴方が魔法を使えないことに、陛下は深く御心を痛めておりまして、エルフィス様は勝手に浮ついているし、まったく国家の危機感がないでしょう? だけど、もしも貴方にエルフィス様に対してその気があるのであれば、魔道具に少し私が魔力を与えることで、貴方を試すことも出来ると思ったわけです」

「ヘラさんが「渇望の箱」に魔力って? はっ? 一体どういうことなんですか?」


 ヘラは悪びれることもなく、はきはきと言葉を繰り出しているが、ちょっと待ってほしい。

 もしかして、彼女は、とんでもないことをしでかしてくれたのではないだろうか?


「エルフィス様が渇望することなんて、たかだか知れているじゃないですか。あの箱から、貴方もどきが出てくるだろうことは、想像がついていました。それで、私は貴方の出方をうかがっていたのです。魔力で作られたユナを消すためには、魔力で対抗しなければなりません。貴方が偽「ユナ」をどうするのか、見届けさせてもらいました」

「…………何で、そんなこと。危ないじゃないですか?」

「ええ。それは当然、あんな厄介なものが現役バリバリだったら、今頃国が崩壊してますよ。私の魔力だってたかが知れているので、元々大層な夢が叶うようには作っておりませんでした。もっとも、私も一度はレンフィス様で試してみましたけれど。うまくはいきませんでしたね。箱から出したレンフィス様に迫ってみましたが、物の見事に逃げられてしまいました」

「はあ……」


 そんなことはどうだって良いのだが……。

 ユナは寝台で膝を抱えて、うなだれた。

 今回は、ある意味エルフィスも被害者のようだ。

 どういう気持ちで、ヘラの説明を受けたのだろうか。

 ある意味、ユナは倒れて正解だったのかもしれない。

 エルフィスと二人でこの話を聞くのは拷問に等しい。


「それって、私もエルフィス様も、利用された……ってこと……ですよね?」

「……利用?」


 慰謝料の一つくらい寄越せという具合に、少しだけユナは声を尖らせただけなのに、ヘラは過敏に反応した。


「そういう言葉は、自分の気持ちの一つも自覚できるような立派な女性が口にする言葉ですよ。つい今しかたまで、自覚もしたくないと逃げていたユナさんが、自覚させられたからと怒るのですか? それは筋が違うのではなくて?」

「ごめんなさい」


 なぜ?

 ユナは悪いことはしていない。

 なのに、どうしてヘラ相手だと、謝罪してしまうのだろうか。

 思うに、これがヘラの魔法なのかもれしない。


「さて、私はセルジ様から追い出されてしまいましたし、時間もたっぷりあります。勉強でもしましょう。ともかく、ユナさん。自分がやれば出来る人間だと自覚くらいはしたはずです。応用の前には基本からです」

「急に頭が……」

「分かりました。頭痛に効果のあるという古の癒しの呪文を教えてあげましょうね」


 この人には何を言っても無駄なんだと、ユナは諦めにも近い心境で、寝台から起き上がり、手渡された教書を開いたのだった。             



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