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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
渇望の箱と告白
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続編 15

意味の分からない謝罪ほど、怖いものはない。

ユナが唖然としていると、エルフィスはユナの所蔵本の後ろに目をやった。


「君の目当ては、あれでしょう?」

「…………あ」


 積み上げられた本が死角を作っていたのだろう。

 セルジの言っていた棺らしきものが本の隙間から確認できた。


(あれが……)


 びっくりするほど、すぐ目につくところにあったらしい。

 発見できなかったのは、ユナが慌てていたせいかもしれない。


「あれは「渇望(かつぼう)の箱」というらしい。父から強引に押し付けられてね。どんな能力があるのか、軽い気持ちで確かめようとしたら、このザマだ」

「「渇望の箱」っていう名前は、初耳です。相変わらず仰々しい名前ですね」

「どうせロクでもない道具なのに……?」

「…………」


 言い当てられて、ユナは沈黙した。その通りだと口に出すには勇気がいる。

 だから、やっぱりこの人は嫌いなのだ。


「会議が終わった時から、ユナ。何か様子がおかしいことには気づいていたんだ」

「………………それで?」

「本物の君が来たことくらい、僕が見抜けないはずがないでしょう」

「それは……、どうも、ありがとうございます」


 ユナは抑揚なく言い放つと、エルフィスに向き直った。

 静かに話しているわりには、彼の目は泳いでいる。

 ああ、そうだった。

 

(こいつ……)

要するに、今まで、あんなことも、そんなこともユナだと知りながら、やっていたということなのか。


(何が……いつものように、しなだれかかって来ないんだね……よ)


 やっぱり、ただのエロフィスではないか。

 がつんと言いたいのに、しかし、エルフィスには恐ろしいくらいの学習能力があるのだろう。

 ユナが怒りを体中に巡らせる前に、信者たちが聞き惚れてしまうと評判の美声で捲し立てた。


「大体、セルジも君も迂闊(うかつ)だ。会議終了後にセルジが僕を迎えに来ないことは皆無に等しい。特に権謀渦巻く神殿内だからね。ああ見えてもセルジには僕の護衛の自覚はあるのだよ。何処かに隠れて僕を見張っていることはすぐに分かる」

「じゃあ、私はこんなことしなくったって良かったってことですよね?」

「そう。君は変装する必要なんてなかった。だけど、今回ばかりは僕が変装するよう指示したわけではないからね。恨むのなら、セルジにしてよ」

「いやいやいや」


 あんなことやそんなことをしてきたのは、セルジではないだろう?

 恨みがましく、上目遣いで見遣れば、エルフィスは肩を竦めた。


「仕方ない。不可抗力だよ。それに、ちゃんと、謝ったじゃないか。ごめんねって。君がアレに化けたフリをしているのが可愛かったんだ。君が素直に僕の言うことを聞いてくれる機会なんて滅多にあるものじゃないから……」

「アレって。もう一人の私のことですよね。随分、馴れ馴れしい呼び方をしてらして……」

「もしかして、ユナ。妬いているの?」

「…………はあ」


 深く長い溜息をユナは吐いた。

 一連の出来事を脳裏に思い浮かべて、恥ずかしいのか、馬鹿らしいのか分からないような悔しい気持ちに悶えてみる。


 ――取り越し苦労?

 ――骨折り損?


 学習能力がないのはユナの方だ。

 いつもこうだった。

 そうして、ユナはハッと我に返る。

 こんな男に、気を許してはいけないのだ。


「エルフィス様は見たところ、洗脳もされていないらしく……?」

「洗脳、何それ?」

「もう一人の(ユナ)に生気も吸われているわけではない……ですよね?」

「生気を吸うの。アレが?」

「……さあ。どうなんでしょう。私が知るはずないですよね?」


 もう、帰りたくなってきた。


「じゃあ、その箱は破壊する必要はないということですか?」

「ああ。そうだね。破壊はまずいな。一応、年代物の魔道具みたいだし」

「本当は「アレ」と抜き差しならない関係になってしまって……」

「可愛いね。ユナ。嫉妬の仕方が普通っぽい」

「…………すいません。そう見えますか? エルフィス様の思い込みではなくて?」

「違うよ。僕は女の子の感情には敏感なんだ」

「女の子……。私が?」

「女の子でしょう。僕はよく知っている」


 ……よく知られていても、困るのだが。

 しかし、言われてみて、改めて実感した。

 一応、ユナは女の子らしい。

 更に、この男に嫉妬までしているようだ。

 張本人のエルフィスにまで感づかれてしまっているくらいなら、ユナはよほど激しくやらかしてしまっているのだろう。考えてみれば、セルジにもヘラにも指摘を受けていた。


(――まったく嫌になるわ)


 もしも、本気でユナがエルフィスに恋しているのであれば、こんなに最悪なことはない。

 だって、絶対その道の果てに「幸せ」なんて待っていないのだから。

 身分差どころか、相手が相手である。

 たとえ、珍獣を愛でるような気持ちでべたべた触れられていたとしても、ユナが本気にしてしまってはいけないのだ。

 ――エルフィスは本気ではないのだから……。


「はあ……」


 ぐったりうなだれてみれば、ユナのすぐ前で、エルフィスが小さく欠伸をしていた。


「エルフィス様も、お疲れなのですね?」


 同情なんてしたくもないが、いざ目前で疲労困憊のエルフィスを見れば、自然と憐れみを覚えてしまう。 


「うん。まあ、何とか、穏便にアレをどうにか出来ないかと考えていたら、睡眠は減りまくるわ、神殿内のジジイ達には目をつけられるわ。僕としては人生で初の痛い展開を迎えているわけだよ」

「それで……。アレを消す方法は見つかったのでしょうか?」

「…………さあね。僕には魔力がないからね。地道に探すしかないみたいだね」

「本当は探したくないのでは?」

「……ユナ?」

「いえっ。嫉妬なんかじゃないですからね!」


 ユナは念押した。

 もう一人のユナが何だっていうのだ。

 別に永遠に消せない存在だったとしても、ユナの知ったことではない。

 それよりも……。


「私が言いたいのは、本気で「アレ」を消すつもりだったのなら、ヘラさんやセルジ様に相談した方が早いのではって思ったんです。そうじゃないですか? 私はともかく、セルジ様を避ける理由が分かりません」

「……それは」 


 しかし、今まで独壇場のように語っていたエルフィスが急にバツが悪そうに肩を窄めた。

 以前「見識の腕輪」について、ユナが問い詰めた時と同じように切羽詰まった顔をしている。


「……エルフィス様は、アレをどうされたいんですか?」


 よそよそしくユナが問いかければ、エルフィスはわざとらしい笑顔で告げた。


「そうだ! せっかく、お茶を入れたんだ。冷めないうちに飲みながら、じっくり話そう」

「はっ?」


 もちろん、ユナはじっくりするつもりなんてなかった。


(白々しい……)


 絶対にやましいことがあるに違いない。

 どちらにしても、部屋を出るために居間には行かなければならないので、ユナは仕方なく、エルフィスの後に続いた。

 居間に近づくにつれて、甘い茶の香りがユナの鼻腔を刺激するが、ユナは顔色を変えないことに終始した。


「ユナ。僕は最近自分で茶を淹れることに凝っていてね、今日は香茶を淹れてみたんだ。香茶は、ここよりも更に南の地域で栽培されているらしいんだけど、珍しいものらしくてね」


 エルフィスはユナの意図を見切っているのか、さすがと言えるような素早さで入り口に背を向け、ユナに長椅子に座るように勧めて来る。

 ユナは仕方なく、導かれるままに椅子に座ったが、あらかじめ浅めに腰をかけていた。

 いつでも、席を立てるようにするためだった。


「……で、話の続きですが?」

「もう?」


 ユナに媚びるように、陶器のティポットから茶を注いでいたエルフィスは、あからさまに渋面を作った。

 しかし、ユナは知ったことではない。

 知らないふりをする。

 いい加減、この馬鹿げた展開にうんざりしていたのだ。


「察するに、渇望の箱っていうからには、エルフィス様の欲望が具現される箱という解釈で良いんですかね?」

「………………っ」


 エルフィスがカップに注いでいた茶をこぼしそうになった。


「どうして、こういうことに限って、君は鋭いのかな?」

「別に驚くことではないですよ。エルフィス様の仰っていた「アレ」は私にしては胸が大きくて、エルフィス様が好きそうな感じの言動をしていましたから」

「そう……かな?」

「顔が私なのが心底微妙ですけど……」

「ああああっ! ……だよねえ。本当に僕はバカだ」


 エルフィスが悶えている。

 珍しいものを目にしたものだ。

 一生の記念に残しておきたいくらいだった。


「そんなに警戒しなくても、別に今更軽蔑なんてしませんよ」

「もう散々したような顔をしているよね。ユナ?」

「だから、別に隠す必要なんてないのに。むしろその方が怪しいですから、相談してくれれば良かったんです」


 エルフィスが一人で抱え込んでしまったせいで、事態がかえってややこしくなったのだ。

 少しばかり変態だって、どうだって良かった。


「だけどね。僕はその……今の君のその何とも言えない、愛想尽かしたような笑顔を見たくないから、秘密にしておきたかったんだよ」

「私は、怒ってませんよ?」

「僕は、断然怒ってくれた方が嬉しいんだけど……?」


 一体、こいつはユナにどうして欲しいのだろうか?

 『この変態!』と殴れば喜ぶのだろうか?

 しかし、エルフィスが変態なのはユナ自身、随分前から知っているのだ。

 柄にもなく狼狽したことが許せなかったのだろうか、エルフィスは恭しく香茶を口に含んだ。

 ユナもエルフィスにつられて、手前の髙そうな薔薇文様のカップを手にした。

 一口飲みこむと、温かさと優しい味に少しだけ心が安らいだ。


(ほら、私は嫉妬なんかしていないわよ……。ざまあ見なさい)


 せめて、セルジとの仲を取り持って、退出するくらいの余裕は持っているつもりだ。 

 ユナは悠然と言い放った。


「セルジ様には、きちんと説明なさってくださいね。セルジ様だって、エルフィス様が変態だってことくらい分かっていますから。別に軽蔑なんてしませんよ」

「…………セルジに「アレ」がばれている時点で、僕は終わっていたわけだけど。でも、ユナ。君は一つ明らかに勘違いしていることがある」

「勘違い……ですか?」

「僕は別に妄想した挙句、胸の大きな女性を呼び出してしまったっていうのなら、セルジにもヘラにも嬉々として語っていたさ」

「嬉々として語る内容とも思えませんが?」

「そうじゃなくて……」


 エルフィスは眉を顰めて、香茶を飲み干し、新たに一杯注ぎ入れた。

 確かに香茶は独特の風合いもあって美味しいが、二杯目に突入したのは、エルフィスが緊張しているせいだろう。

 ――一体、何になのか?


「僕が知られたくなかったのは、君とそっくりの「アレ」を出したことだ」

「私……?」

「そんなに君に飢えてるのかって話じゃないか。「渇望の箱」から出てきたもう一人のユナを僕が連れているだけで、僕は君に渇望して仕方ない男だって、看板ぶらさげて歩いているみたいなものなんだよ。そんな恥ずかしいこと、セルジやヘラにばれてみなよ。末代まで笑いのネタにされるに違いないでしょう?」

「はあ?」


 エルフィスは肩で息をしていた。

 そこまで興奮するほどの内容とも思えなかったが、しかし早口で話されたせいで、ユナにはエルフィスが何を言いたいのか、いまいちよく分からなかった。


「半端に気づくくらいなら、そこに気づいて欲しいものだね。ユナ」

「なるほど。つまり、エルフィス様がおっしゃりたいことは私を連れていることが恥ずかしい……。私を好きだと思われることが恥ずかしい……とそういうことなのでしょうか?」

「どうして、そうなるわけ?」

「違うんですか?」


 エルフィスは黙った。

 困惑にも似た怒りにも似た複雑な表情でユナを凝視している。

 ユナが視線から逃れるように、机の上の茶に手を伸ばすと、身を乗り出したエルフィスがそっと手を重ねてきた。

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