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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
渇望の箱と告白
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続編 14

(私のここでの仕事は一つ。早く魔道具を見つけるのよ)


 解釈不明な感情に振り回されてたまるか……。

 魔道具を破壊するのは、決してもう一人のユナに嫉妬しているからではない。

 応接間らしき一画から離れたユナは、エルフィスが消えた奥とは真逆の左手に進んだ。

 ユナに設けられた部屋とは、当然のことながら断然格が違う。

 部屋の分際で、内部に息切れしないと歩けない、長い廊下があるとは、一体どういうことなのか……。

 セルジがこの部屋に行けなかった理由が分かった。

 これほど広ければ、魔道具を探している間にエルフィスに発見される可能性は、とてつもなく高い。

 エルフィスは、きっともう一人のユナに囚われてしまっているのだ。

 彼女を生み出した魔道具を、壊すことなんて絶対に了承しないだろう。


(全部、魔道具のせいなんだわ)


 分かってはいるものの、偽「ユナ」に向けられたエルフィスの優しい表情に、ユナは怒りのような感情を覚えてしまうのだ。


(平常心っ!)


 心中で叫んで、無心を装着したユナは、小走りで廊下を抜けた。

 そうして、セルジの指示通り、突き当りの部屋に駆け込めば、そこは無機質だった居間とは打ってかわって、様々な物に溢れかえっていた。

 室内が雑然としているというわけではない。

 むしろ、所狭しと見たこともない珍品や見慣れた古書の山がきっちりと、まるで計算されたように、陳列されていて、博物館のようでもあった。

 ユナが思うに、この部屋に置かれている品々は、地方からエルフィスに献上されたものや、子供時代の捨てられないもの。エルフィス自身の書庫も兼ねているのではないか?

 少なくとも、エルフィスの生きてきた年齢相当の重さは詰まっているようだった。

 そして、半端ない金持ちである分、思い出の品も圧倒的だった。


(この中から探せってことなわけ?)


 ――果たして出来るのだろうか?


 この時点で、ユナは息が上がってしまっている。

 エルフィスが飲み物を用意している短時間に棺らしき魔道具を発見して、最悪担いでこの場から立ち去らなければならない。


(まさに神業だわ)


 愚鈍なユナには無理だ。

 けれども、何もしないで去るのは嫌だった。

 どうせやるのなら、短時間の奇跡に期待をしてみたかった。


「まったく。何処にあるのよ?」


 ――棺って言ったって……。


 セルジから詳しい特徴を聞いたわけではない。

 箱らしきものなら、目につくが棺には見えなかった。


(早くしないと……)


 エルフィスに気づかれてしまう。

 いや、最悪気づかれても良かったが、逃げる時間は稼いでおきたかった。

 ユナは必死で目を動かし、一歩一歩足を使いながら部屋の中を探っていく。


「……これは」


 瞳に飛び込んできたのは、目当ての棺ではなかった。

 部屋の中央。

 目立つ位置を占拠していたのは、エルフィス所有のものではなく、ユナにとって馴染深いものだった。


 ――ユナが両親にねだって買ってもらった占いの書の山であった。


「どうして、こんな所に……?」


 嵐で無くしたはずのユナの所蔵本が綺麗に磨かれて、積み重ねられている。

 ユナのものだと分かったのは、長年の雑な保存状態による補修不可能な細かな傷と、乾かした形跡にぴんときたからだ。

 どうやら、ユナを救出するのと同時にエルフィスがユナの大切な本を救いだしてくれていたらしい。

 以前、この所蔵本が両親の形見のようなものなのだと、ユナはエルフィスに語ったことがあった。


(覚えていてくれたんだ……)


 我知らず、目頭が熱くなった。

 少なくとも、七日前までエルフィスはユナのことを大切に思ってくれていたのだ。

 これだけは確信できる。


「だけど……もう」


 エルフィスは、ユナのもとから離れていってしまった。

 いつまで経っても動かない重い石を動かそうと思ったって無駄なことに彼だって気がついたのだ。

 まるで逃れるように、ユナの偽者を愛でている時点で、もう、ユナは彼に必要とされていないのだ。

 アルメルダの国に必要とされても、エルフィスがいないんじゃ仕方ないような気がする。

 そんなふうに感じてしまう自分もまた悲しかった。


「――やっぱり」

「えっ?」


 幻聴?

 ではなかった。


「ユナ」


 今度ははっきり聞こえた。


 ――その声は……。


「ここだったんだね。ユナ」

「ああ……」


 ユナは、崩れ落ちそうになるのを何とか堪えた。


 ――時間切れだ。


 懐かしい本に気を取られて、すっかり油断をしていた。


(どうする?)


 何とか、エルフィスの大好きなもう一人の自分(ユナ)に化けて、上手く言い繕わなければならない。

 ……しかし。

 ユナが仮面のような愛想笑いを浮かべて、振り返ろうとした矢先、後ろからその影が覆いかぶさってきた。


「ぐえっ!」


 一瞬、首を絞められたのかと思ったが、そうではなかった。


 ――抱き寄せられたのだ。


 エルフィスの意図か知れないのだが……。

 重い……のは、彼が重心をかけているせいだろう。

 それは対エルフィス用に、ユナがかけるべきはずだった技だったはずだ。


(セルジ様、先にやられてしまいました)


 すっかり背後(バック)を取られてしまった。

 エルフィスは、ユナの肩から両手を回している。

 密着した体のせいで、エルフィスが先程の大仰な祭服から平素の神官服に着替えたことは鈍感なユナでも察することが出来た。

 より体温が伝わる仕組みとなっていて、ユナは金縛りにあったように、身動きがとれなくなっていた。


(こ、こいつを気絶させるなんて無理よ) 


 まず、ユナの方が卒倒してしまいそうだった。

 セルジは胸元を強調しろと言っていたが、背後の攻撃にそれは有効なのか?

 何しろ、エルフィスの手は既に胸元にかかってしまっている。


(やるわね)


 これが羽交い絞めというやつなのか?

 大切な個室に不法侵入をした不審者を捕えるべく、大神官が力を発揮しているのかもしれない。

 きっと、ユナの正体なんてとっくにバレていたのだ。

 抜け目ないエルフィスを、感情がすぐに顔に出てしまうユナが騙し通せるはずがない。

 確かに、この世に二人も同じ顔をした女はいらないだろう。


(いらない? 私の方が?)


 ユナが混乱の極みを迎えていると、ユナの頭に顔を押し付けているエルフィスがくぐもった声で言い放った。


「申し訳ないけど、ユナ」

「はい?」

「ここのところ僕は、睡眠時間が究極に不足しているんだ。寸止め出来ないかもしれない」

「はっ?」 

 

 ―――寸止め?


(えっ? えっ??) 


 どういうことだろう?

 そうして、先程のセルジの言葉が蘇る。


 ――飽きたら、ぽいっと捨てることだって……。


 現在、エルフィスは魔道具絡みで登場したユナに夢中で、本物のユナは放置状態。

 ……要は、飽きている。

 もしも、ユナともう一人のユナが同じ属性を持っているのなら、彼女も魔術が使えるはずだ。

 ユナは、用済みなのである。


(飽きた女は、ぽいって……?)


 ――つまり。

 …………つまりだ。


 ユナは、殺されるということなのか?


『ごめん、セルジ。寸止めがきかないから、殺害に至ってしまったよ』


 セルジを前に、莞爾するエルフィスの顔が脳裏を掠めて、ユナは愕然となった。


(……そんな気がしてきた)


 エルフィスなら、犯罪を犯しても公にはならないのだから……。

 とうとう盗聴から、殺人へ……。


「こわっ……」

「怖いの? ユナ」

「…………あ」


 独り言のつもりがついうっかり口に出していたらしい。


(今更、演技ってどうなの?)


 迷って口を噤んでいると、エルフィスの方が口を開いた。


「でもね。君のせいなんだよ。ユナ。君がのこのこ来るから悪い」


 憂いを含んだ深い吐息がユナの耳元にかかって、背筋がぞくりと震える。


「…………エルフィス……様?」


(あれっ?)


 何か違う?

 ――殺されるって。

 本気で疑っていたユナだったが、今更になって何かが違うことに気が付いた。

 耳朶に唇を寄せるエルフィスの手つきは甘く優しい。

 殺意なんて微塵も感じなかった。


(もしかして? エルフィス様は、まだ私のことに気づいていない?)


 もしも、そうだとしたら?


(演技を続けなくちゃいけない……)


 ……だけど。

 そうじゃない。

 本当は、違う。

 分かっているのだ。

 演技なんかじゃない。

 多分、この腕を離すまいとしているのはユナの方だ。 

 エルフィスを助けたい……なんて、それだけを願っていたわけではないのだ。

 ただ……。

 エルフィスに会いたかっただけだ。


(私は……)


 もしも、ユナがこの手を握り返したのなら……。

 このまま死んでも良いと思えるほど、自分が彼に飢えているのなら……。


(人生で一度でいいから、素直になることが出来たのなら……。そうしたら……)


 固く目を閉じた。

 ユナは震える手を必死に動かして、胸元に落ちているエルフィスの手に重ねた。

 エルフィスの手は冷たくて気持ちが良かった。


「――ユ……ナ?」


 エルフィスの裏返った声が響く。

 彼にとって、ユナの動きは想定外だったらしい。

 言葉の代わりに、更にユナがエルフィスの腕に手を巻きつけると、エルフィスの心拍音が聞こえた。――――かなり早い。

 ……だけど。


「―――っ」


 何かを吹っ切るようにして、エルフィスはユナを引きはがした。


「えっ?」


 拒絶……されたような気がした。

 それ以外、他になかった。

 エルフィスは素早くユナの正面に回ると、恐ろしいくらい深々と頭を下げた。


 ――そして。


「ごめんね。――ユナ」


 呻くように、謝罪したのだった。

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