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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
渇望の箱と告白
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続編 11

 多分、セルジは本当のことを言っているのだろう。

 でも、信じたくはない。

 セルジの口にした「お前」は誰か?

 ユナはゆるゆると後ろを向いたが、背後は壁だった。

 それでは……と、下を向いて妹のカナを見つめると、セルジが大仰に咳払いした。


「莫迦が。無駄な時間を使わせんな」

「でも、他にここには人がいません」


 ユナは途方に暮れて呟いた。

 セルジはおもいっきり嘲笑している。


「じゃあ、お前しかいないだろ。ユナ」

「私?」

「エルフィスの新しい女はお前なんだよ。ユナ……」

「………………い」


 ――医療室は何処だろうか?

 とりあえず、セルジは医者に連れて行ったほうが良さそうだ。

 しかし、セルジはユナの感情をすぐに察知したのだろう。

 すぐに釘をさしてきた。


「俺は正気だ。狂ったのはあくまでエルフィスのほうだからな」

「一体、何なんですか。私はちゃんとここにいますよ」

「しかし、エルフィスのもとにもう一人のお前がいる」

「……私が?」

「そうだ」

「どうして、私が?」


 しんと静かになった。

 ユナは一拍置いてから、踵を返した。

 明らかにすべてが異常だ。

 セルジでは駄目だ。


(こうなったら、直接本人に掛け合って……)


 ――しかし。


「ーー待て」


 椅子からセルジが立ち上がった。


「部屋には行くな。どうせいない。おいそれと外せない会議が入ったからな。俺がお前の部屋に来たのもそういうわけだ。さすがに、ここで大声を出したら、エルフィスにも聞こえちまうだろ」

「聞かれたら、まずいんですか?」

「それが分からないから、戸惑っているんだ」


 セルジが憎々しげに唇を噛んだ。


「お姉ちゃん。どうしたの?」


 カナがユナの腰に手を回す。


「大丈夫よ。なんか……。まあ、世の中には、よく、おかしな人と、おかしな出来事はつきものだから」

「……そんなはずねえだろ」


 不機嫌にセルジが反駁する。

 いちいち反応してもらいたくなかった。

 ユナはセルジに対して言ったのではない。

 しかし、今のセルジにはユナの常識的な一言なんて聞く耳もないだろう。

 ものすごく感情的になっている。


「よりにもよって、アイツは会議にすら、お前を連れ込んでいるんだぞ。まったくヤバすぎて話にもなんねえよ」

「私をですか?」


 だから、どうしてユナがそこに絡むのだろうか?


「セルジ様の見間違いですよ。私に生き別れた姉妹なんていませんから」

「当然だ。……んなことは分かってるんだよ。今、お前じゃないことは確認したし。……大方、魔導具のせいだってことくらいは」

「魔導具?」


 ……嫌な単語を久々に聞いた。

 それは、以前ユナとカナの会話をエルフィスが盗聴するきっかけとなった古の変態的遺産のことではないか?


 ――まだ存在していたのか?


「こないだ陛下がエルフィスを宮殿に呼んだのは、魔導具の整理をさせるためだったんだ」

「……そんな」


 そんな変態的な道具を大量に見せたら、元犯罪者がなにをしでかすか分かったものじゃない。


「おいおい。言っておくけど、エルフィスはお前が思っているほど変態じゃないぞ」


 ユナの三白眼に、セルジが肩をすくめた。


(前科者がなにを言うの……)


 どうだか分からない。

 エルフィスは、とうとう、超法規的な処置では済まない次元に旅立ってしまったのではないか。


「ほら。嵐の日だよ。アイツ、早めに切り上げて、お前のところに行っちまったからな。陛下が残務をエルフィスに押しつけたんだ。宮殿から謎の木箱を送ってきた」

「木箱?」

「……棺のようだったな。気持ちの良いものじゃないが、魔導具の一つだろう」

「その魔導具のせいで、私がもう一人生まれてしまったとでも?」

「そうとしか考えられないんだ。ちらっと見ただけだったけど、でも、もう一人のお前はなぜか色っぽくて、エルフィスべったりだった。ああいうことはあるものなのか? 確かにユナなんだが、同一人物とは思えないような。お前だって魔術の勉強していれば聞いたことくらいあるだろ。何か知らないのか。このままじゃ、エルフィスは……」

「……セルジ様! 私、今にしてようやく話の趣旨が分かりました」


 ユナはすべての謎を解明した学者のように、人差し指を立てて断言した。


「つまり、エルフィス様は、私によく似た色気に満ちた女性に、鼻の下を伸ばして、めろめろになっているということなんですね」

「バカっ。カナが聞いてるだろ?」


 ユナは一瞬ハッとしたが、にっこり微笑んでカナに言い聞かせた。


「……カナも気をつけなさいね。将来、女性ならば誰でも良いっていうような狼じみた男性が寄って来ても、気を許してはダメよ。世の中怖いんだから」

「狼さんがいるの?」

「そうよ。恐ろしいくらい至近距離に……」

「ユナ。変な嫉妬の仕方はやめろ」

「嫉妬なんてしていませんよ。私は皆々様方に性別はおろか、人間とも思われていないんですから」

「……しかし。もう一人のお前は立派に女だったぞ。心なしか、胸もでかかったし」

「……それはそれは、素晴らしい」

「今、棒読みだったな。お前」


 色気に溢れ、胸のデカいユナ。

 それは、もはやユナであってユナではないだろう。

 どうして、ユナらしき存在がエルフィスのもとに出現してしまったのかは分からないが、魔導具が関わっていればそういうこともあるかもしれない。

 ……胸のでかい?

 自分の胸元にちらりと視線をやり、ユナは左右に首を振る。

 ――知ったことか……。


「まず、お祝いを申し上げた方が良いのでしょうか?」

「……いや、だから、そいつはお前なんだって」

「しかし、たとえ私であったとしても、その人は私ではないので……。確かによく似た人が近くにいると、色々と困りますし、エルフィス様も後ろめたいかもしれません。きほど言ったとおり、家も流されてしまいましたし、いっそこの国のどこかで魔術にうち込める環境さえ確保してくださるなら、私はそれで……」

「じゃあ、もし……。エルフィスの命が危ないとしたら?」

「………はっ?」


 セルジは立ち上がり、頭をかきむしりながら、室内をぐるぐると回った。


「日に日に窶れていってる。目の下の隈は痛々しいな。放置しとけば死ぬかもしれない。俺は生まれて初めてアイツに避けられている。もう一人のお前の存在だって隠匿されてたんだぞ。いつだって、勝手な相談ばかりは持ちかけてきたのに……だ。もう一人のお前は悪魔なのかもしれない。アイツの生気を吸って、洗脳しているんじゃないか? あの魔道具を壊さない限り、エルフィスは正気に戻ることができないかもしれないぞ」

「………そんな。それは、本当なんですか?」

「本当じゃなかったら、俺がこんなに悩むはずないだろう。それに、お前に相談しにくる時点で、すでに末期だ」


 もっともな理屈だ。


 ――一体、なんて厄介なことをしてくれたのだろう。


(死んでしまう? 本当に??)


 宮殿で自らの命を懸けて、仮死状態となったエルフィスの姿が脳裏に浮かんだ。

 あの時、ユナは泣いた。

 絶望に叫んでいた。


 ――エルフィスに死んでほしくないと。


 それは、今でも変わらない。

 たとえ、エルフィスがどうしようもない女好きで変態で、気持ちも体も遠くに離れることがあったとしても……。

 エルフィスには、元気でいてほしいのだ。


「おい、ユナ」


 セルジが再びユナの肩を揺さぶった。


「お前は死んでも良いのか。アイツが?」

「わっ、私は……」


 ユナにどうしろと言うのか?

 セルジを目の前にして、積極的に言葉を紡ぐことのできない自分が痛ましかった。

 答えは決まっている。

 どうせ、ユナはいても立ってもいられないのだ。

 しかし、口に出して認めたくなかった。

 セルジの前で認めてしまったら、ユナはずるずる落ちていく。


(私にどうしろって言うのよ……)


 混乱の余り、しばらく、黙り込んでいると、今度はセルジがカナの耳を塞いだ。


「……まったく、素直じゃないな。もっとも俺はお前とエルフィスの仲を取り持つ気はないんだぞ。……だけど、お前の生真面目さと心根が腐ってないことは、俺だって認めてる」

「それは、ありがとうございます」


 仏頂面で礼を言うと、セルジが口角を上げた。


「だからかな。誤解されたままのアイツがちょっと不憫になってきてな」

「……不憫?」

「俺にも実際のことは分からんけど。……お前さ。どうしてエルフィスがもう一人、お前を出しちまったのか、想像もつかないのか?」

「何となく? 私が隣室にいたから、やらかしたとか……?」

「……だろうな。お前らしい回答だ。別にいいけど」


 セルジは、ぼそぼそと独り言のように伝えた。


「アイツを罵る自由があるっていうのは、すごいことなんだぜ。アイツが本気でその気になったら、お前を好きなように監禁して、おもちゃのように使って、飽きたらぽいって捨てることも可能なんだよ。カナを人質にとって、自由に言うことを聞かせることだってできる。誰にも咎められない。アイツはそういう立場なんだ。……でも、アイツはそれをしない。悲しいくらい地道に慎重にお前の出方をうかがっている。それがどういう意味なのか、お前には分からない……んだろうなあ」


 ……そんなの。分からない。

 そう言ったら叱られそうなので、ユナはうつむいて分かったふりをする。

 だけど、おぼろげにセルジの言わんとすることは掴んでいた。

 どうやら、エルフィスは、ユナに対して権力を振りかざして虐めたり、脅迫をするつもりはないようだ。

 ユナのことを、それなりに大切に思っているらしい。

 ほんの少しだけ、胸の奥が温かくなった。

 エルフィスは、ユナを嫌っているわけではないのだ。


(私、エルフィス様に嫌われたら、どうしようって……。そう思ってたの?)


「……セルジ様」

「ん?」

「その魔導具を壊せば、エルフィス様は助かるんですよね。私に協力できることはありますか?」

「ようやく、動く気になったのか?」


 どこまでできるか分からないけど……。


 ――でも。

 ユナは覚悟を固めて、微笑した。

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