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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
渇望の箱と告白
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続編 10

「ユナ!? ユナだよな。お前がユナっ?」


 問答無用で飛び込んできたかと思うと、セルジはユナをおもいっきり揺さぶった。

 ユナは目が回ってしまって、何も言えない。

 鍵は閉めておかなくて良かった。

 もしも、施錠していたら、鍵ごとセルジに吹っ飛ばされたかもしれない。


「やめてよ。お姉ちゃんが死んじゃう!」

「……ああっ。そうか」


 カナがセルジの裾を揺らして、はじめてセルジは我に返ったらしい。

 断りもなく、ユナが今まで座っていた勉強用の椅子に腰を落とすと頭を抱えてうなだ

れた。


 一体、何なのか?


 こんなふうに弱ったセルジを、ユナは一度も見たことがなかった。


「あの……」

「ああ。わりぃ。勘違いだった。そうだよな。いくら何でも」


 謝罪は当然だったが、勝手に独り言を呟き始めたのには困ったものだった。

 聞いて良いのか聞いていけないのか……。

 しかも聞いてしまったら、知らんふりをできなくなるような恐怖もあった。

 しかし……。


「お兄ちゃん、どうしたの。変だよ?」


 ものの見事に、カナはユナの逡巡を飛び越えて、あっけらかんと訊ねてしまった。


「ああ。そうだな。確かに……」


 セルジも珍しいくらい素直に返す。

 相手が幼女(カナ)なら、良いらしい。

 ユナがもしも同じ質問をしたら、セルジはきっと怒鳴っただろう。

 そういう男なのだ。


「あのさあ。その……ユナ」


 けれども、本当に今日は様子が変だ。

 セルジは姿勢を正して、真剣な眼差しでユナを仰いだ。

 緊張を通り越して、寒気がしてきた。


「どうしたんです。もしかして、エルフィス様の身に何か?」

「まあな。ゆゆしき事態っていう奴だ」

「…………まさか?」


 以前、エルフィスは国の「壁」を取り除くため、自分を生贄に捧げようとしていた。

 もしや、また命が絡んだ役目を言い渡されてしまったのだろうか。

 青ざめて行くユナに、沈んだ声音でセルジが言った。


「俺さ……。エルフィスに、さすがにお前だけは反対だって言ったわけよ」

「はい?」


 ユナは途端に顔を真っ赤に変えた。


「今までアイツの遊び相手には口は挟まなかったんだけどよ。今回ばかりは言わずにいられなかった。お前だって、いらぬ苦労と努力はしたくないだろう?」

「苦労と努力?」


 先程の会話から、どうしてユナとエルフィスの関係に至ってしまったのだろうか?

 ユナが心配していたエルフィスの命の危機から、凡そ下世話な方向に話題は移っているようだった。

 ユナはカナの耳を後ろから両手で覆って、仕方なく訊いてみることにした。


「そういえば、今日エルフィス様に新しい女性がいるとかいう話を聞きましたけど?」

「……ああ。隠しているわりには、出回るのが早いな。これは本気でヤバいぞ」

「…………やはり、噂は本当だったようですね?」

「お姉ちゃん、痛いよぉ」

「ああ、ごめんなさい。カナ」


 ユナが渋々カナの耳から手を放すと、セルジは椅子の背もたれに体を預けて、ゆったりと足を組んだ。

 そして、深い嘆息を吐く。


「俺も心が痛いなあ……。こんなことは初めてだぜ。はあっ……」

「大変ですね」


 ユナは上辺だけ適当に同情した。


(何だ……)


 エルフィスの命どころか、まったくもってユナ自体、関係ないではないか?

 心配して損した。

 この時間を金で良いから返して欲しかった。

 しかし、セルジはユナにあてがわれた椅子で考え事を始めてしまっている。

 新たな嫌がらせの幕開けだろうか?


「……あの。もしかして私に出て行ってほしいとか、そういう話ですか? ほら、エルフィス様にお相手がいるっていうのなら、隣に私たちがいるのは良くないことじゃないですか?」

「お姉ちゃん。私達邪魔なの?」

「そ……そうなのよね」 


(つまり、そういうことなのよね)


 ユナが卑屈なのは、怒りと悲しみの裏返しなのかもしれない。

 こんなふうにカナに一言で現実を突きつけられると、胸がちくちくと痛む。


(だけど、普通は嫌でしょ?)


 現実問題、毎日この部屋の隣に、新しい女を連れこんで、エルフィスは神殿に姿を現すことなく、イチャイチャしているということなのだ。


(あのスケコマシめがっ……。出来ることなら、アルメルダの女性のために一発殴ってやりたいわ)


 握りしめた拳が痛い。

 あらゆる感情が逆流してきて、訳が分からなくなる前にユナは、務めて淡泊にセルジに言った。


「住む場所さえあれば、私達はすぐにでもそちらに移れますよ。悲しいことにお金はあまりないので、安い賃料の場所でないと駄目ですけど……」

「…………あのさあ?」


 セルジは首をひねって背後を見た。

 机上の原形の崩れた教書を視線の隅に確認すると、ゆるゆると正面に顔を戻して、再び、深く暗い息を吐いた。


「ユナ、お前はそれで良いわけ?」

「どういう意味ですか?」

「まあ、いいけどよ。俺がこの部屋に突撃してきた時点で気づいてもらいたかったもんだな。新しい女といちゃついている話をするためだけに、わざわざお前に会いに来るはずもないだろ?」


 言われてみれば、そうだ。

 部屋に突入してきたセルジは、ユナのことを何度も揺さぶって、本人確認した。


(あれは、どういう意味だったのかしら?)


 てっきりセルジが錯乱していたのだとばかり思っていたユナは、心底意味が分からないとばかりに小首をかしげた。

 セルジがおもむろにこちらを指差す。


「俺があいつの部屋でこっそり確認した。エルフィスの新しい女は間違いない。お前だよ」

「…………はっ?」


 ユナは目を剥いた。


「冗談?」


 問いかけてから、悟った。

 セルジの刃のような眼差しが、これが事実であることを如実にユナ訴えていた。

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