第7章 Ⅶ
ユナが顔を上げると同時に、入口の扉が激しい音を立てて、全開した。
「失礼します!」
同時に叫ぶや否や、部屋の中になだれ込んで来たのは、赤髪の青年フェルナンディと、薄茶の髪の青年セルジだった。
「父上! 一体何をしたのです?」
「エルフィス……、いや大神官はどちらにいるんですか!?」
お互いに軍服を着ているので、二人揃って全面に出て来ると、威圧感に満ちている。
誰も何も言えなくて黙っていると、二人はその異様な状況を各々察知して、走り寄ってきた。
「一体、これはどういうことなんだ。エルフィス!?」
ユナの手の中で、エルフィスは目蓋を閉じたまま、ぐったりとなっている。
血相を変えて、ユナの前で膝をついたセルジは、顔面蒼白だった。
「ユナ!? どうして、こんな!?」
そんなこと、答えたくなかった。
ユナだって、まだ信じられないのだから……。
唯一の気力で、首を横に振ると、セルジは拳で床を激しく叩いた。
「くそっ! 何かおかしいと思ってたんだ。でも、まさか、こんなことになるなんて。一体、どういうことなんだ。……どうして!」
「父上。……壁を取り除く方法というのは、これだったのですか? エルフィス兄様が証拠も不十分なのに、俺を犯人扱いするなんて、おかしいと思ったのです」
セルジの背後で、呆然とした面持ちでフェルナンディが呟いた。その手には、「見識の腕輪」が二つ光っている。
「今、壁に亀裂が入ったんです」
「…………そう、か」
無表情に国王が頷く。
手前のセルジは目に涙を溜めて、うつむいた。
「そんな……」
エルフィスが犠牲になった効果が出てしまったということなのか。
それは、つまり……。
もう何をしても手遅れだという証拠でもあった。
「下界は大騒動です」
「…………だろうな」
「父上。……私は、喜べませんよ」
「だが、フェル。これは、お前も望んでいたことのはずだ。新しい時代に犠牲はつきものだ」
「違う!」
フェルナンディは激しく頭を振った。
「自分は……、ただ暢気なレンフィス兄様に、この国の現状を知って欲しいと思って、少し痛い目に遭わせただけです。……エルフィス兄様にも、壁を早く除いて欲しいと思って、マリベルに情報収集を頼んでいたんです。決して二人を殺すつもりなんてなかった」
フェルナンディは、怒りと恐れの混じった琥珀色の瞳を国王に向けた。
「エルフィス兄様を殺して……、壁を除こうというのですか? エルフィス兄様が死なないと壁は、なくならないのですか?」
国王は反応を示さない。
フェルナンディのあどけなさが抜けない声が僅かに震えた。
「ならば、せめて、どうして俺やレンフィス兄様に、方法を教えてくれなったのです」
「……レンフィス様は、知っていらっしゃいます」
「はっ?」
ヘラが静かに告げた。
「だから、あの方は壁を除く決断が出来なかったのです」
「では……。知らないのは、俺だけだったということか」
刺々しいフェルナンディの苦笑が、その場に痛みだけを振りまいた。
「だがな、フェル。別に真実を知っていようが、知らないままでいようが、関係のないことだ。エルフィスは、自ら犠牲になることを選んだ」
「犠牲だなんて……」
セルジは、きつく唇を噛み締める。
眠ったように、横たわっているエルフィスの姿を目にするのが辛いらしい。
セルジは、ずっと横を向いたままだった。
「失礼いたします!」
再び、大きな扉が開いた。
「父上。 壁にひびが入りました。どういうことなんでしょうか?」
ゆっくりと、しかし大股で蒼い瞳の青年が室内に入ってきた。
「レンフィス兄様?」
「……レン、フィス?」
その名前から、この青年こそがエルフィスの兄で、この国の次期国王だということに、ユナもさすがに気付いた。
……が、そんなことは、もうどうだって良かった。
ユナは、憔悴しきっていた。
何も考えたくないし、この腕に抱えている人を、みすみす手放す気になれないだけだった。
「…………これは、一体?」
迷子になった子供のように、レンフィスは途方に暮れていた。
「ああ……。何ということを」
レンフィスは、ユナの腕の中にあるエルフィスに目を向けていた。
「すべて、お分かりなのでしょう? レンフィス兄様」
フェルナンディは、背後で立ち尽くしているレンフィスを挑発的に見上げた。
レンフィスは何も言わない。
冷静に、エルフィスと国王の落とした短剣を交互に眺めていた。
――――――そして。
「父上、貴方も人が悪いですね。そこにいるヘラも……です」
レンフィスはヘラのことを知っているらしい。
「まったく、人払いをして何をしているのかと思えば……。こんな」
「ちょっと、待て。人が悪いっていうどころの問題じゃないでしょう!?」
セルジが猛然と抗議した。
しかし、レンフィスはさらりと言い放った。
「一番、悪いのはエルフィスだろう」
「はあっ?」
「何を!?」
さすがに黙っていられなくて、勢い良く顔を上げたユナの目と鼻の先に、レンフィスの面長の顔があった。
「目は覚めているんだろう? エルフィス。いい加減起きたらどうだ?」
「あれ。―――――兄上は知っていたんですか。このからくりを」
「これでも、私は継承権第一位の国王候補だからね」
「…………エ、エルフィス様?」
ユナが呼ぶと、固く閉じられたはずだった目蓋がじれったいくらいゆっくり開いた。
紫色の瞳が、じっとユナに向けられていた。
「目覚めの口付けとは、いかないものかな?」
「はいっ!?」
「よみがえって欲しいって懇願されるのなら、口付けの一つは欲しかったな」
意味不明な言葉を並び立てながら、エルフィスは抱きかかえるようにして、首に回していたユナの腕に頬ずりをした。
「あのぉ……、エ、エルフィス様?」
「すまない、ユナ。なかなか、この肌触りが良くてね。起きるに起きれなかった」
「ぎゃあっ!!!」
ユナは仰け反りながら、エルフィスの腕を振り払い、その拍子に、態勢を崩して、国王の寝台に頭をぶつけた。
……何処まで、間抜けなのだろうか。




