第7章 Ⅲ
沸きたつ感情が抑えられない。
ユナは、馬車席から中腰になって天井に頭をぶつけた。
出来るものなら、御者と代わって欲しかった。
ゆっくりでなければ、馬で駆けることは出来ないかったが、今のユナなら何でも出来そうな気がする。
とにかく、カナだ。
自分にとって唯一の身内で、大切な妹である。
何に引き換えても、代えがたい存在が、今まさに、まったく関係のない出来事に巻き込まれている。
――どう考えても、エルフィスのせいだ。
あの時、ユナがエルフィスの口車に乗せられて、壁なんかを見にいかなければ……。
そもそも、こいつのもとでなど働いていなければ……。
(こんな目には遭わなかったのに……)
しかし、だからといって、ユナがエルフィスを責めたところで、どうにもならないのだ。
機嫌を損ねて、ここで降ろされても困ってしまう。
けれども、何としても聞いておきたいのは、この一点だった。
「何処に向かっているんですか?」
エルフィスは腹立たしいくらい、静かに窓の外を眺めていたが、ユナの質問にはすぐさま答えを与えた。
「ああ、仕立て屋だよ」
飾り気のない口調で、淡々と述べる。
刹那、呆然としたユナだったが、すぐに調子を取り戻した。
「そっ、そこがガイナ教の拠点? ヘラっていう、元秘書がいるんですね?」
「まさか」
「はっ?」
最初、聞き違いかと思った。
しかし……。
「ヘラがそんな所にいるわけないじゃない」
ご丁寧に、エルフィスはもう一度繰り返して聞かせた。
ユナは、口をぽかんと開けたまま、硬直してしまった。
「な、な、な、何?」
「君の衣装を調えないと。まず入れてもらえない。髪はぐちゃぐちゃだし、服は汚れてしまっているし……」
ユナは指摘されて、上から下まで自分でぐるりと手と目を使って確認した。
髪は乱れて、手櫛が通らない有様だ。
襯衣もよれよれで、汗まみれである。
ぬかるんだ道も捜索していたせいか、スカートには泥が撥ねている。
エルフィスの言う通りだ。
これでは、確かに神殿もまともに取り合ってくれるはずかなかった。
だが、それとカナとは関係ないではないか。
「とにかく、カナのいる場所を教えて下さい。私一人でも行きますから。それに、セルジ様がいれば……」
「無理だよ。セルジは、別の使いに出しているから、合流なんてことは不可能だ」
「じゃあ、どうして護衛はいらないなんて……!?」
「護衛があってもどうせ無駄だからね。僕らはアルメルダ神国の本拠地に向かっているんだから」
「――本拠地って?」
戸惑いながら尋ねると、エルフィスは陽光に先端を照らされて、逆光している建物を指差した。
あそこは、建国以来、歴代の国王が君臨している御殿。
――――――アルメルダ宮殿だった。




