第7章 Ⅱ
カナが戻らない。
昨日、エルフィスに送ってもらい自宅に戻ったユナだったが、当然ユナよりも早く帰っているだろうカナがいなかった。
施設に行ったものの、とっくに帰宅したという話で、かえって職員総出で大騒ぎになってしまった。
夜半まで捜索して、発見できなかった時、ユナはエルフィスの仕業であることを確信した。
それ以外に考えられなかった。
自分を侮辱したユナを許せずに、カナを攫ったのだ。
(酷いヤツだ……)
わずかにでも、心が揺れた自分が許せなかった。
とりあえず、神殿に走ったが、エルフィスは全面的に面会を遮絶しているらしく、話がまったく通らなかった。
元々、正規の雇用でもないユナの言い分は、理解してもらえないものだ。
夜中に髪を振り乱して、神殿に飛び込んでくること自体が異常でもある。
エルフィス直属の手下ではない夜勤の神官たちは、明らかにユナのことを不審人物扱いしていた。
ようやく、ユナのことを知っていた神官がやって来て、誤解は解けたものの、おかげでユナの焦燥感は倍増した。
時間を無駄に使ってしまった。
もう、朝だ。
こんなことをしている間にも、可愛い妹のカナに危険が迫っているかもしれない。
(もしも、これでエルフィスが無関係だったら?)
今にもここから駆け出して、草の根一つかきわけて捜したい衝動にかられる。
落ち着かず、評議室の広い部屋を行ったり来たりしていると、激しい音と共にエルフィスが現れた。
顔面蒼白だ。
「ユナ。カナちゃんがいないって本当?」
見るからに、無関係のようだ。
ユナの全身から力が抜けていく。
咄嗟に駆け寄ってきたエルフィスを、ふらふらしながらも、すり抜けて、部屋を出て行こうとした。
あんな出来事の後だったから、てっきりエルフィスが何か知っているかと思ったのだが……。
どうも、見当違いだったようだ。
「何処に行くの?」
「エルフィス様は無関係なようなので、自力でカナを探します」
「心当たりがなくて、僕の所に来たんでじゃないの?」
エルフィスがユナの腕を掴んで引き寄せた。
「放してください」
「ユナ!」
泣きそうになった。
こんなことをしている暇はない。
エルフィスと言い争っている時間なんてないのだ。
「あのー」
開きっ放しだった扉から、おそるおそるユナの見知った顔が覗いていた。
「貴方は……」
施設の女性職員だ。
「お姉さんが神殿に行くと言っていたので……」
「カナは!?」
エルフィスの手を払ったユナは、小柄な職員の肩を両手で激しく揺さぶった。
「ごめんなさい。みんなで探しているんだけど、まだ……」
目を丸くしている女性に、ユナは我を取り戻して頭を下げた。
「こちらこそ、すいません」
この人も夜通しカナを捜してくれたのだ。
感情をぶつける矛先が間違っている。
あかさらまに意気消沈しているユナに、今度は女性がユナの肩をぽんと叩いた。
「で、でも、カナちゃんを見たって言う情報を聞いたんです。何か怪しげな……、こう長い上衣を着た女の人と一緒だったとか?」
「…………ヘラ?」
ぽつりとエルフィスが言った。
ユナも目を見開く。
(黒い上衣なんて……)
いかにもおかしな格好をしている女性など、そうはいない。
「エルフィス様?」
ユナは素早く振り返った。
エルフィスは、目を瞑って、熟考していた。
「おかしい。ヘラが僕以外を巻き込むとは思えないんだけど」
「安全だと、言っていたじゃないですか?」
「今でも、そう思っているんだけどね」
(こいつ……、いっぺん殴ってやりたい)
衝動に駆られながらも、ユナはエルフィスの胸倉を掴む程度におさめた。
「何処にいるんです。その人は? カナは無事なんでしょうね?」
「ヘラの仕業であれば、無事だと思うよ。今から丁度行こうと思ってたんだ。彼女にとって用があるのは、僕だけだろうし。ちょっと、僕が取り戻してくるから、君はここで待っていれば良い。戻ってくる可能性だってあるんだから……」
「ふざけないで下さい!」
ユナは、力いっぱいにエルフィスをこちらに引き寄せた。
弾みで、エルフィスの首元の白の釦が外れる。
「ユナ……」
「私も行きます」
「大神官!」
側にいた神官はともかく、外で異常に気がついた神官たちも大勢部屋の中に押し寄せて来たが、ユナは退かなかった。
暫時、ユナとエルフィスは目を合わせたままだったが、エルフィスの方が先に折れた。
「分かった」
エルフィスは、動き出している。
ユナの背を押した。
「その職員の方に十分に休んでもらって、施設の方には捜索を打ち切るように誰か使者に立って頂戴」
エルフィスは忙しなく背後に指示を出した。
「大神官はどちらに、護衛は!?」
その場にいた神官たちが声を合わせて尋ねると……
「途中で、セルジと合流する予定だから、気にしないで」
、エルフィスは朗らかに返した。