第7章 Ⅰ
薄い赤色がたなびく朝焼けの美しさに、エルフィスは唇を綻ばせた。
これから太陽が昇り、昨日と同じように鮮烈な青に空の色は変わっていくのだろう。
エルフィスは一晩かけて、私室と仕事部屋の整理をした。
いらない書類がすべて消え失せて、軽くなった仕事部屋の机の引き出しから、紙包みを取り出した。
―――毒である。
自分を殺そうとした毒を、エルフィスは早い段階で独自に入手していた。
大神官ならば、当然のように手に入る代物だった。
(我ながら、僕の察しの良さには困ってしまうよなあ……)
時間の問題だと思っていた。
決着は必ずつけなければいけない。
問題は、いつ決行するかというだけのことだったが、ユナの言葉を聞いて急遽今日にした。
どうせ自分一人では、逃げ続けることしか出来なかったのだから、時代の犠牲者 でもあるユナに背中を押してもらえて良かったと、エルフィスも納得している。
「さあて。行こうかな」
セルジはいない。
フェルナンディは、庶民の味方だ。
拠点にいなければ、今頃は、辺境の地にまで足を伸ばしているかもしれない。
少なくとも、今日一日で、神殿に戻れるはずがない。
――未練は、ないつもりだし、一度決めたのなら、貫くつもりだ。
(だって……)
エルフィスは、そのために存在しているのだから……。
しかし、心は乾いている。
「ユナの笑ってる顔、……もう一度見たかったな」
それが最後の願いになるなんて、思ってもいなかった。
でも、再び会うことが出来たのなら、もう少し優しくなれるような気がしていた。
何だか、ユナの前だと落ち着かなくて、エルフィスは彼女の機嫌を損ねるようなことばかり口にしてきたような気がする。
最初の印象が最悪だったから、なかなか素直になることが出来なかった。
絶対に、あんな娘を意識するはずがないと思っていたのだ。いまだに何処が良いのか自分でも分からない面もあるのだが、気になるのだから仕方ない。
(ガキか……。僕は)
まるで、少年の初恋のようだ。
「嗤えるな……」
ぽつりと言い残して、エルフィスは、長ったらしい神官服を翻した。
振り返ってはいけない。
まごついていると、エルフィスに取り巻いている神官達が起きてしまう。
秘密裏に手配した馬車が神殿の前で待っているはずだ。
すべてを終わりにする。
身一つで、部屋を後にするつもりだった。
―――が。
エルフィスが扉を開けた瞬間だった。
「こちらでしたか?」
丁度、扉を開けようとしていた神官が額の汗を拭いながら、エルフィスに頭を下げた。
「何で?」
「私室にいらっしゃらないので、お捜ししていたのですよ」
どうも話がかみ合っていないらしい。
(計画がばれたのか?)
エルフィスは危ぶんでいたのだが、そういうことではないらしい。
「あの……、リンディスという元秘書を名乗る娘が……」
「まだ元ではないけれど」
必要に感じて鋭く突っ込みながら、エルフィスは焦り始めていた。
嫌な予感がする。
「……何処にいるの?」
「はっ?」
「彼女が来ているんじゃないの?」
「はい、そうですが……」
逆に戸惑っている神官を従えて、エルフィスは慌しく徹夜明けの頭を働かせていた。




