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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
第1章 長い求職活動が終わる時
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第1章 Ⅱ

 

「一体、これはどういうことになるんだろうね? セルジ」


 ゆったりとした皮張りの椅子に腰を深く沈めたエルフィスは、皮肉とも嘲笑ともつかない複雑な顔で頬杖をついた。

 セルジは薄茶の髪を撫でながら、手前の長椅子に落ち着いている。


「仕方ないだろ。お前が拒否したんだから」


 そう言って、暢気に茶を啜る姿勢がエルフィスの更なる攻撃を誘っているようだった。

 エルフィスは、机の上に置かれている銀の腕輪を、人差し指でくるくる回しながら言った。


「そうだね。僕は拒否をした。いいかい? どうしてこの僕、御自(おんみずか)らがごみ屋敷だと自称している娘の家になど行かなくてはいけないんだい? 第一、その小屋は家畜場の近くだっていうじゃないか? そんな所、死んでもごめんだね」

「……元々、若い秘書に鼻の下のばしていたお前が悪いんだろう? 命を狙われた挙句、おかしな腕輪まで貰って、逃げられているんじゃ、怒りを通り越して、呆れるしかないだろう?」

「嫌なことを言うね、セルジ。大体、彼女の素性をちゃんと調べていなかったお前にも非があるんだよ。それに、もしも僕が鼻の下をのばしていたのなら、意中の女の子がくれた贈り物を、他人にあげたりなどしなかったよ」


 確かに、綺麗な女性が職場にいることは、嬉しいことだ。

 特に、一生小さな世界で、独り身を貫かなければならない神官であるエルフィスにとっては、女性と触れ合える時間は貴重でもある。

 ……かといって、脇が甘かったわけではない。

 ちゃんと、身の回りには注意していたはずだ。

 それを、セルジに鼻で笑われるのは心外だった。


「本当、最悪だよ。魔道具だなんて分かりもしなかった。しかも、見識の腕輪だなんて……」

「凄じい腕輪だよな。盗聴機能つきなんて」

「古代、魔術が盛んだった頃に、魔術師たちが道楽で作ったんだ。魔道具の数は少ないし、ちゃんと機能が活きている道具も珍しい。基本的に神殿と宮殿で管理しているんだけど。もしも、巻き込まれていなければ偉大な発見なんだろうね」


 エルフィスは、花が彫られている精巧な腕輪から、漏れ聞こえてくる少女の声を聞きながら、頭を抱えた。


「それにしても、へラはとんだ誤解をしてくれたものだよ。この娘が僕の彼女とは……ね」

「とりあえず、お前は、俺にすべてを一任したんだ」

「確かに、一任したかもしれないよ。それは認めよう。でもね。僕はお前が手紙を送るなんて、思ってもいなかったんだよ。こんなことなら、腕輪は諦めれば良かったよ。別に、揃えたからってどうということでもないだろうし……」

「では、何か? お前が行きたくない場所に俺が喜んで行くと思っているのか?」

「じゃあ、誰か、人をやれば良かったじゃないか?」

「この件を極秘裏にしろと言ったのは、お前だろうが? 俺たち以外に事情を知られるのは、まずいだろう。それに、今のお前から俺が離れるわけにはいかない」

「…………それで、手紙なわけ?」


 はあ……と、エルフィスはこれみよがしに溜息を吐いた。

 銀色の腕輪からは、姉妹の談話が盛り上がって、笑い声に発展していた。


(僕は、泣きたいよ)


「彼女、来る気満々だよ。てっきり就職の話だと思っている。ちゃんと、腕輪を持って来て欲しいっていう旨は書いたわけ?」

「それを書かないで、彼女に手紙を送る意味もないだろう」

「つまり、彼女は最後までちゃんと手紙を読んでいないと?」

「……だろうな。変に丁寧だったのがいけなかったな。いっそのこと、出頭要請にしておけば良かった」


 むっつりと言い放ち、豪快に茶を口の中に流し込んでいるセルジの緑色の瞳を呆然と見つめながら、エルフィスは、ぽつりと訊いた。


「でも、国立神殿の職員募集は、締め切ってるんでしょ?」

「とうの昔に締め切って、新人はとっくに入殿(にゅうでん)している。知らなかったのか?」

「興味もないからね。可愛い子が入ってくれば違うだろうけど?」

「お前の興味があるような、一癖もニ癖もあるような女は、いないだろうな」

「心外だな。僕は真剣になったら一途だよ。もっとも「遊び」であれば別だけど……」

「一生、言ってろよ」


 エルフィスの半ば本気の軽口をさらりとかわして、セルジは立ち上がった。


「国立神殿は国家機関だ。国立のアカデミー卒業後、更に特定の修士課程を修了しなければ、入殿はできない」

「その国立神殿に彼女は無謀にも応募してきたっていうわけ?」

「前国王は、人々に平等を……などと言って、学歴で人を差別するのは良くないとしたんだ。つまり都の職選所には、経験不問で募集がかかっているはずだ」

「前国王も、余計なことをしてくれたものだね」

「自分の祖父さんのことだろう? それに、お前は不勉強すぎるんだ。この国の大神官だろうが?」

「親の七光り……と、いうやつだけど……」


 雲に隠れていた太陽が出てきたことで、夕陽が広い白の部屋を赤く染めた。

 エルフィスは、立ち上がる。


「とにかく、彼女は面接にやって来る。その時、腕輪を持っていれば良いけど」

「……ったく。最悪だな。俺が面接するのかよ」


 精霊の腕輪は、ユナという少女と幼い妹の声を届けてくれた。

 決して、盗み聞きしたかったわけではないが、否応なく運ばれてくる声に、エルフィスもセルジも、耳を傾けないわけにはいかなくなっていた。

 腕輪がユナという少女の自宅にあることを知ってから、七日間。

 二人が腕輪を介して、知ってしまったユナの特徴は、高慢で、大雑把で、適当で……、しかし何処か神経質で、繊細で感情的な……。

 今までお目にかかったことのない、未知なる生物だった。

 二人が女性に抱いていた幻想を、見事に打ち崩してくれたのだ。


 …………会いたいはずがない。


「きっと、とんでもない顔しているんだろうな」

「失礼なことは言わない方がいいよ。女性は、磨けば必ず光るものさ」

「そのわりに、お前は逃げているようだけどな?」

「……も、元はといえば、セルジ。お前のせいじゃないか? けじめはちゃんとつけなよ」

「………………で、お前の兄さんと、お前を狙い、ヘラを操っていた首謀者というのは、一体誰なんだ?」


 背後から投げかけられたセルジの問いに、エルフィスはうつむいた。


「誰かは、まだ特定できない」

「……ふーん」

「でも、見当はついている」


 暑苦しい純白の神衣が黄昏色に染まる。


 暮れていく夕陽はこの国のようだと、エルフィスはそこはかとなく感じていた。

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