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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
第1章 長い求職活動が終わる時
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第1章 Ⅰ

 アフェルド大陸の南に位置するアルメルダ神国では、ここ五百年ほど他国との諍いはなかった。

 五百年前の国王で偉大な魔術師でもあったルーガスは、度重なる外敵の侵入に、とうとう国を覆うほどの壁を国境に作り、国土を完全に外から隔離したのである。

 元々、小さな国でもあり、資源も潤沢で、温暖な気候に恵まれていたアルメルダ神国は、自国だけで十分国を維持することが出来た。

 戦争がなくなったことで、人々の寿命は飛躍的に伸び、人口は増え、華やかな文化が花開いた。

 人々は英明な国王のもと、何不自由しない伸びやかな生活を送り続けていた。

 この繁栄は永遠に続くものだと、国民の誰もが思っていたのだ。

 しかし……。

 その栄光に、陰りが見え始めていた。


 一昨年の国王の死から始まり、天変地異が相次いでいる。


 今年に入ってからは火山が噴火し、地震が発生した。

 農作物は昨年から続いている旱魃のせいで、ほとんど収穫が出来ない有様だ。

 仕事を求めて、地方から農民が街に集まってくる。

 しかし、この緊急時に彼らに与えられる仕事など皆無に等しく、街は失業者で溢れていた。

 そして、それはアルメルダの叡智が結集している王都キランも例外ではなかった。


「それでは、夜勤も大丈夫ということですよね?」

「…………はあ」


(まあ、この際贅沢は言っていられないわ)


「この仕事は未経験ということですが、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」


(ぜんぜんっ。大丈夫じゃないわよ。でも、他に選択の余地なんてないじゃない)


「この仕事は、その、残業もありまして、祝日も出勤となる可能性もありますけど?」

「ええっ?」

「どうしましたか?」

「広告には残業なし休み有りと書いてあったような気がしたので……」

「あくまで、可能性ですよ。たまにある程度です」

「ああ、それなら」


(たまにあるというのは、絶対残業はあるということなのね…………)


「では、貴方がこの仕事に就きたいと思った理由を話してみて下さい」

「その……、自宅から近くて、雨天の際には馬車の御代も出して頂けるということで……」

「それだけですか?」


(それだけでも、必死に搾り出したのよ。理由なんざないわよ。ただ仕事しなきゃと思っただけじゃない。何処が悪いのよ)


「あっ、いえ……。他にもあるのですけど。えーっと」

「有難うございます。次の質問をよろしいですか?」

「すいません」


(流したね。この面接官。自分でふっておいて、質問を流してしまったわね)


「では、貴方がこの仕事に就いたあかつきには、何が出来るのか主張して下さい」

「主張……」


(……だなんて。大体、その前に、あんたは私に何してくれるわけ? それを堂々と言ったら、沢山金くれるの? とりあえず入ってみなきゃそんなこと分からないし、……ていうか、このおっさん私を採用したくないんでしょ。それだったら、早く言えば良いじゃない。ほら、残念ながら貴方のような未経験者は雇いたくないって……)


「ユナ=リンディスさん。どうされたんですか?」


 どうしたかって?

 ……どうもしやない。


 ただ、何で自分がこんなふうに、何度もいろんな場所で同じような質問をされているのか、ユナは悲しいだけだった。

 面接官は神経質そうな瞳を、うつむき加減のユナに向けた。

 ユナは、心の中で黒い溜息を吐いていたが、仮面のような笑顔だけは壊さないように、晴れやかに顔を上げた。


「占いが出来ます」

「………………はっ?」

「私、占者(せんじゃ)になろうと思ったんです」

「あの……、リンディスさん」


 面接官は、何事か膝に抱えていた書類に書き記してから、あくまで爽やかに告げた。


「……ここ養豚場ですよ」


 結局、ユナはすぐに「すいません」と謝ったが、当たり障りない口調で面接官に追い出された。

 ……ここも駄目らしい。

 仕事にありつけなかったのは、自業自得だが、ただ労働の対価でお金を貰うだけなのに、どうして自分が卑屈にならなければならないのか、ユナには分からなかった。


 ……一体、自分が何をしたのか?


 犯罪を犯したわけでもなく、後ろ指を指されるような趣味を持っているわけでもない。世間にやましいことなど何一つない。

 何も悪いことなどしていないのだ。


 ……なのに。


(ちょっと、本音を言ってみただけじゃない)


 小石を蹴りながら、豚の臭いから逃げるように自宅を目指す。

 別に、養豚場を馬鹿にしたわけではない。

 そこで働く人々には敬意を払っているし、大変でやりがいのある仕事だということは分かっている。

 ……なのに。

 心の何処かで、自分のやりたい仕事ではないとでも思っていたのだろうか?

 途中で流れている小川に、ユナは自分の顔を映した。


「顔……で、落とされているわけじゃないわよね? だって、豚相手の仕事に顔の良し悪しなんて……」


 ユナは、肩までの金髪を一つに結んでいる。

 大きな青い瞳と、小さな唇が特徴的だと自分でも思っていた。

 そんなに自分の容姿は、卑下するほどではないと思う。

 しかし、化粧気はなく、幼さだけが際立っているような気もしないでもない。

 どうせなら、化粧を派手に塗って、香水でも振り掛けてくれば良かったのだろうか?


「分からない……」


 今年で十八歳になる。

 この年頃になれば、昔は成人して、結婚をしているのが男女共に常識だったそうだが、現在はまったく違う。

 アルメルダ神国での十八歳といえば、まだアカデミーという高等教育学校の二年生であり、学生であるのが当然だった。

 ユナも普通の子供と同じくアカデミーに通っていたのだが……。

 ――中退せざるを得なかった。

 突然、両親が亡くなったのだ。

 原因は昨年の地震だった。

 父も母も、家の下敷きとなって死んでしまったのだ。

 ユナが住んでいた町は、辺境にあったのだが、両親の死をきっかけにユナは王 都キランの郊外にやって来た。

 仕事を、何とかして得るためだった。

 しかし……。

 条件は、地元にいた頃とさほど変わらない。

 学歴のないユナには、まともな仕事など出来るわけがなく、まして、ユナは残業が少なく、休みがきちんと取れる職種を希望している。

 何も出来ないくせに、高慢な気持ちが顔に出てしまうような小娘を雇うよりは、熟練している職人を雇うか、もっと若くて従順な少女を採用する方がはるかに良い。


(……ああ)


 どうして、何でも「はい、はい」と頷くことが出来ないのか。


(残業だって、休みがなくなったって良いじゃないの? このご時世なんだから)


 家を出る前までは、そう自分を説得しているのに、いざ面接となるとユナは駄目なのだ。

 頷くことに何処か抵抗を持ってしまう。


(だって、嫌なんだから仕方ないじゃないの)


 ユナは重く沈んだ気持ちを心中に沈めながら、今にも壊れそうな粗末な家の扉を開けた。

 重い木の扉を壊すような勢いで引っ張ると、待ち構えていたかのように、長い金髪の少女がしゃがんだユナの胸元に飛びこんできた。


「お帰りなさい! お姉ちゃん」

「カナ……!」


 ユナは、すぐさま涙目になった。

 たどたどしい言葉で、妹が精一杯自分のことを出迎えてくれている。


(こんなに幼い妹を、一人で長時間留守番させるなんて……)


「そんなこと、できっこないじゃない!」


 ユナは、ひしとカナを抱き締めた。

 この幼い妹を自分は守らなければならない。

 そのためには、働かなくてはならない。

 けれど、そのためだけに、働くのも嫌だった。


「ねえ? お姉ちゃん」


 カナが苦しそうにユナの腕の中で息を吸った。


「お仕事、どうだったの?」

「…………ああ」


 ユナは、力加減しなければならないと思いながらも、更に腕の力を強くした。


「苦しいよ。お姉ちゃん」

「カナ。私はね、豚なんか嫌いだったのよ。馬鹿馬鹿しい。何でこの私が豚の世話するために、泊まりこまなきゃならないわけ? あれはね。絶対男手が欲しかったのよ。でも、変に男女差別を失くせだなんて、法律が出来ちゃってるから、女も呼び込むしかなかったんでしょうね」

「…………そうなの?」


 弱々しく尋ねるカナに、断固としてユナは主張した。


「そうよ! とんだ無駄足だったわ。さあ次、次よね!」


 積み重なった蔵書とがらくたで、足の踏み場もない部屋の中を泳ぐように移動する。

 一室しかない部屋の右手奥に、辛うじて存在している台所に向かった。


「さあ、夕飯何にしようかしらね?」


 暢気に言うユナを、カナは小首をかしげながら見上げた。


「お姉ちゃん、私ね、思うんだけど、夕飯より先にお片づけをしたほうが良いと思うんだ」

「カナ……」


 ユナはしゃがむと、幼いカナの肩に両手を置いた。


「あれは、お姉ちゃんの大切なご本なのよ」

「本?」


 カナはそっと振り返る。

 狭くてぼろい空き家を、ユナは勝手に借りている。

 元々、窮屈な部屋の中には、カナの荷物とユナの荷物が見事に混ざり合って散乱していた。

 本も確かにあった。

 古くて重たそうな厚い本が何冊も……。

 かつて、ユナが父にねだって買ってもらった占術の本だった。

 将来、占術師になろうと、趣味でこつこつと買い揃えた品々だ。

 これだけは捨てられないと、わざわざ地方の家を出るときに荷馬車を借りて運んできたのだ。

 本棚も何もない部屋では、とりあえず床に置いておくことしか出来ないと判断して、部屋の隅に重ねて積んでいる。

 だが、綿埃をかぶり、日焼けをしている本は既に本という原形を留めなくなっていた。


「……う、うん。そうだと思うけど」


 カナは首肯しながらも、納得はしていないようだった。

 そう、転がっているのは本だけでもない。

 衣類や、食べ残しのごみが散乱している。

 要するに、ユナが片付けていないだけなのである。


「分かっているわよ。カナ」


 ユナは部屋をぐるりと見渡して、何度も頷いた。


「すべて、お姉ちゃんのせいよね」


 自覚はしている。

 自分はだらしない人間だ。

 仕事が決まらないのも、それが一因なのかもしれない。

 しかし……、

 一年前までユナの身の回りのことはすべて親がやってくれた。

 いきなり、親の代わりをすることになって、ユナ自身、どうして良いか分からなかった。

 片付けの習慣が身につかないのだ。

 怪訝な顔つきのユナを抱き上げたユナは、頬ずりをしながら言った。


「私のようにならないでね。貴方は女の子らしい世界で生きてちょうだい」

「…………お姉ちゃん?」


 その時、ユナは、カナの赤いワンピースのポケットからはみ出している白いものを発見した。


「カナ? これは?」

「ああ、忘れてた」


 抱えたられたままの姿勢で、カナはポケットの中から長方形の封筒を取り出した。


「郵便さんが持って来てくれたの」

「何かしら?」


 宛名は、ユナになっている。

 違法にこの小屋を占拠しているので、住所を役所には届けていない。

 だが、仕事の応募先にはユナも手紙を送っている。

 キランには、「職選場」という国家機関があり、そこで、都の求人情報を仕入れることができるのだ。

 ユナもそこの情報をもとに、自分の経歴書を何通もいろんな所に送っている。

 しかし、今まで一度も返事があったことはなかった。

 ユナは、おそるおそる封筒を裏にした。

 赤い封蝋が目に飛び込んでくる。

 今までユナが目にしたことのない丁寧な手紙だった。

 差出人の名前は、綺麗な筆記体でこう書かれていた。


『アルメルダ国立神殿 大神官補佐 セルジ=アリシス』


「…………えっ?」


 国立神殿……。

 確かに、職選所で情報を仕入れたユナは、駄目もとで国立神殿に経歴書を送りつけた。

 しかし、三十日以上も返事がないので、落ちたのだろうと諦めていた。

 それが…………。

 震える手で封筒を破り、中の便箋を取り出す。

 そこには、確かにユナを召致する内容が記されていた。


「ど、どうしよう! カナ」

「どうしたの?」


 きょとんとしているカナの円らな青の瞳を見つめて、ユナは涙目で叫んだ。


「お姉ちゃん、国立神殿から招待されちゃった!」


 今夜は眠れそうもない。

 手紙を握り締めたユナは、自分が詳しく文面を読んでいないことに、気付いてもいなかった。

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