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096 黒、そして賢者の称号【少し前に走っていった】

少し前に走っていった冬威を追いかけて森の中を走るジュリアン。

前を見ていた瞳の中に木漏れ日の光が入って眩しいと思った時、天気が良く周囲の視界が開けていることに気づいた。

いや、木々が密集しているのは変わらないのだ。しかし、そこに掛かっていた靄というか、霧のような煙のような、少し先をおぼろげにさせる何かが無くなっている。しかし、その代わりにまとわりつく何か。明確に触れられるわけでは無いのだけれど、身体をラップが包んでいるような…いや、そこまではっきりと隔離されている気配はない。何か薄い膜が覆っているような、変な感覚を感じる。


「トーイ!トーイ!!」


森の中、何かが居るかもしれないと分かっていながら、一度立ち止まってジュリアンは声を張り上げた。

しかし返事は帰ってこず、風に揺れる木の葉の音が通り過ぎると沈黙が降りた。

小さく舌打ちをしてから再び走り出しながらも立ち並ぶ木々にタッチするように指先を軽く触れさせる。それだけで木を折った何かが何処にいるのか、曖昧ながらも情報が入ってきた。感度が良い事に今だけは感謝しながら、同じく情報として入ってくる少し先の熱源である冬威のもとへ走る。

獣道の様なものは存在するけれど、蛇行しているそんな道よりもまっすぐに彼の場所へと走っていく。

茂みを抜けて少しだけ開けた場所に出た時に、木の根元にうずくまってキノコを観察していたらしい冬威が音に驚いたように顔をあげて振り替えった。


「うわ、ジュンか?!なんだびっくりさせるなよ。いきなり飛び出してくるから何かと思ったじゃんか。…いや、ってかごめん。そんな焦らせちゃった?さっきは大声で呼んだり「助けて」とか言っちゃったけど、収穫するべきキノコがどっちか分からなくてさ。だからそんな危険が迫ってたとかそういうわけじゃなくて…」

「え?助けて?」


突然の登場で驚いたことに少しだけ怒った様子を見せた冬威だったが、その後はしどろもどろに言い訳を口にしつつどことなく申し訳なさそうな顔で後頭部を掻く。その様子に首を傾げれば、その様子に気付いた冬威もまるで合わせ鏡のように首を傾けた。


「どした?」

「さっきからトーイの名前を呼んでいたんだけど、気づかなかった?」

「え、マジで?…ごめん、分からなかったな。そんなに集中していたつもりはないんだけど…」

「それと僕も、聞こえなかった。トーイの声…」

「え…」


それほど距離が開いていたわけでは無いはずだ。それなのに音が届かなかった。

ゾワリと寒気の様な、恐怖のような、変な気分を感じたらしい冬威がスススとジュリアンに近づいた。


「なんかあるのか?この森。もしかしてこれが、森の守りってやつ?」

「分からない。でも、あの距離で声が聞こえないっておかしいよ」

「そうだな。キノコの収集が終わったら、早めに里に戻って話を聞いてみよう。…で、何て名前のキノコだっけ?」

「キノコは依頼されたものじゃないんだから、今日はもう戻ろう」

「何でだよ。これが森の守りなら、あまり変な事しなければ問題ないっしょ?」

「そうかもしれないけど…」


森の守りは木までなぎ倒すものなのだろうか。キノコを採る気満々の冬威に食用キノコとして需要があるキノコの名を告げてあげれば、あとは自分で鑑定して判断して収穫を始めた。

そんな背中を見つめつつ、自分が感じる不思議な感覚を冬威に言うべきか迷ったジュリアンは言葉を濁して樹木に指先を向ける。軽く触れて目を伏せれば先ほどと同じく周囲の状況が分かった。


「(ついてきた人は…もう居ないのか?あの短時間走っただけで見失ったかな?それとも単純に行き先が同じだっただけで、あの場所で薬草でも摘んで帰ったかな?…木を倒したらしい存在は…)」

「ジュン?どうした?もしかして体調悪いの?」


採取していたはずの冬威が後ろを振り向き、下を向いて目をつぶっていたジュリアンに気づいたようだ。心配そうに声をかけられてパッと手を放して目を開く。


「いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ」

「でも…今まで苦労かけっぱなしだし、結局昨晩はゆっくり休めたの?俺と同じくらい疲れてたんだろ?それなのに俺より早く起きてたし…」

「あれはトーイには薬物が使われていたからだよ。僕は平気。…でも、なるべく早く休みたいから、今日は帰ろう?」

「…そうだな。確かにキノコ、いつでも採れるみたいだしな。二度手間になるかと思ったけど、体調考えるなら一度に無理する必要はないよね」


今度はナチュラルに帰宅を促すことが出来た。ホッとしながらも帰り道を地図で確認しながら再び木に触れた。


「あ!」


ジュリアンが声を上げると同じタイミングでまるで雷が木に落ちて根元から倒れるような轟音があたりに響く。何事だ!と考える前に


“ズドン!!”


大地を揺らして木がメリメリと音を立てて倒れた。かなり近い場所の木だったようで、倒れていく木の先の葉が目視で来たほどだ。


「な!なんだいきなり!」

「しっ!大きな声を出さないで!」


驚いて飛び上がった冬威に向かって人差し指を立てる。そして倒れた木がある方向と自分たちの間に壁になる物を…と考えて、太めの木の裏に慌てて身を隠した。


「なんだよなんだよ!これが森の守りなわけ?俺何にもしてないのに!…あ、採取してるけど、これは里の依頼だろう?!守りっていうか攻撃してんじゃね?」

「おちついてトーイ。何者かが倒したのかもしれないけれど、最後の希望として寿命が来た木が自然に倒れたって事もありえるかも」

「でも葉っぱ緑色だったぞ!元気いっぱいっぽかったぞ!」

「じゃあ、虫に幹を食い破られたとか!」

「だとしたらタイミングよすぎ!」


当然小声でのやり取りである。が、


“ズシン…ズシン…”


大きな何かが1歩1歩近づいてくるような音と振動にピタリと口を噤んだ。出来れば大型でも草食系が良いなという考えをグルグルとのどを鳴らすような音が否定してくれる。

思わずタラリと冷や汗が流れた。


『やっと見つけたぞ!お前たちがこの森に棲む人族の者か!!散々てこずらせてくれおって!…出てこい!出てこないならば其の木もろともかみ砕いてくれようぞ!』


怒りに満ちた低い声に、罠かもしれないから動くな!という前に冬威が飛び出した。


「なんか知らないけどごめんなさい!でも俺、何もしてないです!!ってか此処に住んでる人じゃないです!」

「馬鹿!トーイ、なに素直に…」

『あ』


慌てて引き込もうと上半身を出したジュリアンだったが、間の抜けたような相手の声にそちらをチラリとみて冬威を見て、もう一度見てしまった。


血の様に赤かった瞳が一瞬にして宝石のような金の瞳に変わる。

太陽光を反射してなお輝きを放つ黒曜石のような鱗の身体。

その背中の肩のあたりに2枚、腰のあたりに2枚、計4枚の蝙蝠のような翼。


「やっべ!ジュン、こいつあそこの森に居た竜だ!!終わった、食われる!」


慌ててジュリアンのところに戻ってきた冬威に、

「肉食動物に背中を見せるな!」と言おうとして、「あれはクロだから大丈夫」を先に言った方が良いかな?でもクロが竜だって教えてなかったな、「クロ、けがはなかった?シロは一緒?」という問いかけもしたい。

と一瞬のうちに思考がスパーク。


とりあえず。


「(素直に言葉に応じないで!出た瞬間に仕留められる可能性だってあったんだよ!?)」


と、何処に向けたらいいか分からないモヤモヤな気持ちを冬威で八つ当たりすることにした。

心の中で。

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