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095 黒、そして賢者の称号【この世界では】

この世界では意志を持ち言葉を操る存在は人間だけでは無い。

森の民エルフだったり、獣人だったり、魔族だったり。

しかし体のつくりはどれも似通っているらしく、今回の依頼で探す事になっている「薬草」も一応全種族に対応しているため基本的に良く用いられる回復薬の素材だ。

ただ、扱う人種がちがければ薬草の名前も当然バラバラで、同じものを違う名前で呼び合うのはとても不便。そんな時に何代か前のどっかの王様が回復させる薬を作るための薬草を「回復用の薬草」解毒できる薬草を「解毒用の薬草」と、用途で呼び分けることを決めた。


自分たちがそう聞くと「普通だな」という感想が強いかもしれないが、その時の苦労はいかほどだったのだろうかと考えるとなんとも言えない気分になる。

仲が良いとは言えない間柄なのに、名称を統一させようという働きがあった。いざというときに名称が違う事が原因で誰かの命が危うくなるなんてことが無いようにしたかったのだろう。その人の努力が今の時代に実っているとは言えない気もするけれど、仲よくしようと頑張った人たちが過去に居たのだ。


おかげでエルフたちの間では長ったらしい横文字のような名前で呼ばれていた収集対象の薬草も「回復用の薬草」と分かりやすく覚えやすい物で、冬威は「覚えやすい」と安堵した。


「良かったー。俺カタカナ苦手なんだよなぁ。名前覚えるところで躓くところだったわ」

「まだ読み書きが出来ないから、メモを取るのも大変だしね」

「そうなんだよなぁ!…はぁ…どこかに勝手に翻訳してくれる眼鏡とか無い物なのかな」

「言葉に不自由しないだけ十分じゃない?言葉は自分で勉強しようよ」

「えぇ…」

「嫌そうな顔しないの。…あ、あそこに群生地があるみたいだ」

「まじ!?よっしゃ、ちょっと見てくる」


ギルドでもらった地図を片手に、森の中をあるいていくジュリアンと冬威。手元の地図から顔を上げてジュリアンが進む先を指させば、冬威がパッと地面を駆けた。所々に注意書きっぽいメモが書き込まれているそれは冬威には理解が出来なかったのだ。一足先に薬草の側に駆け寄ると、片膝をついて視線を下げる。


「鑑定!…うん!コレ『回復用の薬草』だ。でもまだ少し若いみたい」

「そんなことまで分かるんだ。採集時期が良い物を選んだ方が良いね」

「えっと、どうやって回復薬って作るんだったか?花までついちゃったらダメなんだよね」

「つぼみの状態までなら許容範囲って書いてあったはず。たしか、花開いちゃうと余計な成分が作られちゃうみたい」

「なるほどなるほど。じゃあ、これとかだな」


話をしながら採集ように用意してもらった小さなナイフで茎を切って集めていく。手で折っても良いのだけれど、品質を見るならば刃物で切断したほうがいいのだ。これはギルドマスターデルタの居る場所でのクエストで採集をやった時に知ったことだった。


「あ、トーイ。こっちに解毒の薬草もあるみたいだよ」

「え?あ、ほんとだ。色んな種類の薬草が近い場所に集まってるから、ギルドで地図が作られる薬草の採集ポイントなんだな」

「そうだね。こういうデータって何気に重要だから…あ、取りすぎちゃダメだよ」

「分かってるって」


後のことも考えて取り尽くす事はせずに適度に残す。暫く採集を続けていたが、ある程度の量をまとめ終えて冬威は立ち上がった。


「うーん!…腰が固まった」


そう言って身体を反らせて伸びをする冬威にしゃがんだ姿勢のままでジュリアンは苦笑いを向けた。


「大丈夫?」

「うん、平気。…それにしても、なんで賢者の称号でこんな事する必要があるのかな?」

「こんなこと?森から薬草を取ってくるって、何気に大切なクエストだと思うけど」

「そりゃ、クエストとしてみれば重要なんだろうとはおもうよ。でもさ、神樹様はさ、賢者は勇者の側で知識を使って支えたとかなんとか言ってなかった?だからさ、何か本を読むとか、何か特別な存在のものと契約するとか、それこそどっかのダンジョン攻略するとか、試練的な何かが待っていると思ったわけだよ」

「なるほど。確かにそういわれた方が称号が付くイメージがわきやすいね」


そう言いながらジュリアンも立ち上がる。軽く服を払って、ゆっくりと周囲を見わたした。


「もう少し向こうには解毒用の薬草と、食用に使えるキノコが生えてるみたいだよ」

「キノコ!俺、あまり好きじゃないけど取ってくるわ!」

「あ!ちょっと、これは遊びじゃないってことを忘れないでよ!」

「分かってる分かってる!」


地図を見比べて指さした方向へ駆け出していく冬威。飛び出す前に周囲を確認するとか、武器の具合を視線だけででも確かめるとかしてほしかったのに。まだどことなく遊び気分が抜けていないのかもしれないな、と思いながらもゆっくりとした歩調で後を追いかける。


「(このクエストを行う事がどう『賢者』と関係してくるのかは分からないけれど、この森に何かあるのは確かかもしれない)」


心のうちで呟きながらちらりと視線を流す。その先は今来た里がある方向なのだが、出発してしばらくしてから誰かがついてきていることに気づいていた。森が人1人分の熱源がついてきていると教えてくれたのだ。冬威が気づいているかは分からないが、とりあえず邪魔をしてきているわけでもないので放置している。


「監視か…それとも…」


暗殺なんてことはしないだろうとは言い切れない。いくら神樹様と仲良くなったと言っても、エルフの民たちは1枚岩では無く意見が対立していたようだし。と、自分の腰に下げているペニキラの剣へ視線を落としながら傍の木に手をついた。


「…やはり、いつもより明確だな」


植物をかいして周囲を把握する能力は、自生しているその世界の植物を使うと大まかな熱源の位置や風以外で揺れる不自然な動きくらいしか察知することは出来ない。

しかし、この森ではその感覚が研ぎ澄まされているような気がして眉を寄せた。


試しについてきている存在を調べてみれば、下草を踏む1歩の歩幅から小柄な体躯、時折木に触れる手の大きさで男性ではなく、女性、もしくは子供であると判断が出来た。

何故だろう?自分と相性がいい植物達なのだろうか?と思いながら前進を再開しようと顔を上げた時。


「!?」


どこかで木が折れる気配がした。

音も振動も伝わってこない事から、冬威とついてきている存在はきっと気づいていないだろう。


「でも、近かったぞ!?」


突然のことに驚きながらも、わずかに危機感を感じて走り出した。

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