094 彼女の心に燃えるのは…
心の中では静かに怒りを燃やしつつも、外見だけは優雅に歩を進めるシェルキャッシュ。
普段は周囲に侍らせているが、いま彼女の周りに人は今はおらず、1人だ。
此処の里は帰る場所を失った私たちを受け入れてくれた。
今度こそなくしてはいけない場所、私たちの第二の故郷。
距離的に見れば失った故郷よりも人里からは離れているが、この里の中には冒険者ギルドがあるため故郷よりも人との距離が近い場所だった。
失ってなるものか。だからこそあの時よりも真剣に守るために動いているのに、どうしてまわりの人たちは分かってくれないのだろうか。
いや、シェルキャッシュに同調してくれる人もいるのだ。しかし、そうでない人も同じくらい存在していて、特にトズラカルネとは仲良くしたいのにことあるごとに衝突してしまっている。なんだか少しだけ寂しい。
「はぁ…」
思わず深いため息を吐き出して足を止めた。視線を落とせば自分の綺麗な自分の靴が視界に入った。
森の中だというのに綺麗な光沢のある靴を履いている。そして服装はフワフワというか、ひらひらというか、どちらかというと山での生活には適さないだろう都会向けデザインだ。汚れたら浄化をかけて、ほつれたら補修をして。貰った時のままかわらない。
「お母さん…」
母が誕生日にくれた服と靴。当然洗濯していて着られない日もあるけれど、そういう場合はこの格好に似通った服を用意していた。一人になってしまった事を思い出したくなくて身に着けているのだが、確かにこの場所で生活するにはあまり適さないと自覚はしている。
気持ちションボリとしながら足は進めて、ギルドのある里を出て森の中を目指す。
と、そこに森へ続くけもの道を歩いていく見覚えのある2人が居るのが分かった。
慌てて傍の樹に身を隠してバレないように様子を伺った。
「賢者の称号か」
「森での採集依頼をこなすだけで得られるものかな?クエスト受けさせてくれるのは良いけど、称号の発現条件が分からないと少し心配かも」
「なんで?騙されてるって?」
「そこまではっきりとは言えないけど、でも溜ってる依頼を消化させようと思ってるだけかもしれないよ?」
「あはは!まさか!でもまぁ、それならそれで別に良いけどさ」
「まあね。きちんと報酬もらえるみたいだし、こっちでギルドカード使っても位置情報が伝わる事は無いって知れただけでも助かったかも。お金なんかもこれで支払い済ませてるから一番心配だったんだよね」
「それは言えてる!コインとか無いと荷物にならなくて楽でいいけど、地球だと小銭って必要になる時あるから持ってた方が良いんじゃないかって今も思ってる」
「でも、現金使ってるとこ見たこと無いよ」
「それな!」
のほほんと会話をしながら歩いていく2人。どうやら冒険者ギルドでクエストを受けたようだ。また人間に森を荒らされるの!?と拳を強く握るが、飛び出すことはしなかった。グルグルと考え込んでとっさに動けなかった自分「奇襲なんてよろしくないわ」と言い聞かせるように呟く。
「でも、話し戻すけどさ…俺、ジュンなら簡単に賢者になれそうな気がする」
「一応聞くけど、なんで?」
「だって、賢者っぽいもん」
「うーん、その理屈良く分からないなぁ」
「なんて言うんだろう?感覚的な部分なんだよなぁ。初めて会った時の出会い方が衝撃だったからかもしれないけど、『こいつは頼れる!』って感じるっていうか」
「もしかして刷り込みされちゃってるんじゃないの?僕が悪者だったらどうするのさ」
「それは無いね」
間髪入れずに否定した冬威。それを見てジュリアンは珍しくも照れた様だった。視線を前に向けながら緩く微笑み、照れ隠しのために話題を変えることにする。
「それよりもトーイ、ちゃんと依頼の情報は読んできた?」
「ばっちりだよ。ちゃんと採集目的の薬草も調べてきたんだ。図鑑がギルドにあったからね」
「へぇ。じゃあ、質問しても良い?」
「え?なにを?」
「本当にちゃんと調べてきたのかチェックしようかと」
「え。…だ、大丈夫だよ!どんとこい!…あ、ちょっと待ってね、ちゃんと思い出すから…」
軽口を言い合いながら、楽しそうに森の中を歩いていく2人。その背中を見てイライラを思い出したシェルキャッシュはその右手に魔力をためて攻撃を放とうとして…やめた。
「なにやってるのよ、私。…こんなムキになっちゃって馬鹿みたい…」
故郷を壊した人達は憎らしい。でも、神樹様の「外とつながらなければ発展しない」という言葉も分かるのだ。でも、気持ちがついて行かない。何度目か分からない溜息を吐き出したとき、ポンと後ろから肩を叩かれた。
「きゃぁ!」
「あ、ごめん。驚かせるつもりは無かったんだ」
声を上げながらも身を翻せば、いつのまにやら周囲に侍らせているメンバーの男性の1人が立っていた。近づいてくることすら気づかなかったことに内心慌てつつも、優雅に見えるように軽くスカートの裾を払って気を落ち着かせる仕草をする。
「いいえ。大丈夫ですわ」
普段通りに微笑んだ彼女を見て男性はホッと息を吐き出した。
「気が付いたらお姿が見えなかったので心配したんですよ。こんなところで何を?」
「いえ、なんでもないの。ほら、トズ姉さまと…ちょっと…喧嘩してしまったでしょう?だからその…頭を冷やそうかと…」
何となく人間の2人を見ていたと言いづらくて言葉を濁したが、そんなタイミングで2人の笑い声が風に乗ってこちらまで聞こえてきた。思わず口を閉ざしてしまうと途切れた言葉に男性はチラリと視線を笑い声のした方へ向けた。
「あの人間たち…彼らに何か用があったのですか?」
「無いわ。偶然歩いた先に居たのよ。本当よ?」
やや食い気味に返事を返せば少しばかり驚いた様子を見せたが、男性は「そうですか」と1言だけ返して信じたようだ。
「里のギルドでクエストを受けたみたいですね」
「そうらしいわね。どんな内容のものか知っているのかしら?」
「採集のクエストらしいと聞いています。自分で確認したわけでは無いので、正確なことまでは分かりませんけど」
「そうなのね」
あの2人が冒険者であるならば、ギルドは彼らに仕事を割り振るだろう。それはそういうシステムなのだから仕方のない事なのだけど、この森を人間が歩くというだけで何とも言えない怒りを覚えるのだ。大きく深呼吸をして怒りを鎮めようとしていた時に、追い打ちをかけるように男性が先を続けた。
「ですが、やはり神樹様はあの人間たちを歓迎していないのではないでしょうか?」
「どういう事なの?」
「まだ未確認な情報なのですが、昨晩あたりから森が騒がしいようなのです」
「ざわめきの事?それでしたら原因は神樹様が分かるだろうという話になったのではなくて?」
「違うんですよ。方向的に、この森の奥の方、森の中心部付近から危険信号が伝わってくるらしいです」
「危険信号ですって?…森が、破壊されているとでもいうの?」
神樹様ほどでは無くても、森に生きる民なのだ。森の以上を察知する能力は比較的高いと言える。そのエルフの男性が言った言葉を疑うなんてありえない。つい詰め寄って問いかければ、少し慌てた様子で手を振った。
「詳細は不明です。その危険信号の連絡が入ったのもつい先ほどで、まだ上に連絡が言っていないみたいなんです」
「…つまり、ギルドのメンバーは把握していないというの?」
「おそらく。ですが、森の事ですよ?今回は神樹様が仕事を斡旋したらしいですし、俺達よりもこういった状況を察知するのは早いはず。だからこの状態をしっていて、それで送り出したのかと。もしそうだとしたら、本当のところは歓迎しているのではないのではないかと…」
危険かもしれないと知っていて、森に人間を招き入れたのだろうか。
もしかして、仲がよさそうにしていたのも演技か何かで、彼らをはめるつもりなのだろうか。
視線を落として足元を見つめていたシェルキャッシュはフッと顔を上げて男性をまっすぐ見た。
「とりあえずあなたはこの情報を上につたえなさい。すでに報告が行っているならいいけれど、そうでないなら何か対策をとるべきかの判断が必要だわ」
「分かりました。シェルキャッシュ様は?」
「私は…」
此処で言葉を止めて振り返る。その視線はすでに見えなくなっている人間2人の背中を見つめているように、まっすぐ森の中を見ていた。




