092 エルフの里、そして神樹様【和風の部屋ではあるが】
和風の部屋ではあるが、床に直接座るという事はしない様で板の間に机といすが置いてある。
先ほど騒いでいた部屋の1つ隣に移動した神樹様、冬威、そしてジュリアンは、そこにあった丸いテーブルを囲むように椅子に座った。
お茶を移動させるために再度お盆に乗せて持ってきたシルチェはそれぞれの前に置いた後、部屋を出て行ってしまっている。おそらく両親と離れて過ごしているみたいだし色々と話すこともあるだろう。
「さて、色々とあって時間が少し開いてしまったけれど、まずはここの場所から説明しよう。…っと、その前に。君たちはこのエルフの里がどのあたりに位置していると思っている?」
目の前の湯呑を両手で持ちながら神樹様がそう問いかけた。
質問を受けて考え込む2人だったが、うーんとうなるばかりで明確な位置を想像できないらしい。
「俺たち川に落っこちて流されたんだよな?」
おぼろげながら覚えていることをひねり出すが、川に落ちて流れてここまでやってきたという事実しか分からない。それ以外の時間は本当にあいまいなのだ。確認するために冬威の隣に座るジュリアンにそう問うてみれば、1度しっかりと頷き返した。
「あの町の西側の門でトラブルに見舞われて、僕はトーイを連れてさらに西側に逃げたはずだ。あの町自体がファルザカルラ国の東の端に近い場所に位置していて…そのまま西に流されたのだとしたらまだ国を出ては居ないと思うけど」
「やっぱ、連れ戻されちゃう?…あれ?でもあの地図にエルフの里の情報乗ってたかなぁ?」
「全てを把握しているわけじゃないけど、あの場所の周囲の地図ではこの場所の事は書いてなかった気もするよ。意図的に伏せられているわけじゃないなら、見落としたか、地図の範囲外なのかもしれないけれど」
現状を理解するためにも今は内をはさまないで話をさせようと思ってくれているようだ。神樹様は穏やかな顔で2人の話に頷きながらも遮ることはしなかった。
「まだファルザカルラ国の中?あの町に近い場所なんかな?」
「それが良く分からないんだよ。流されながら川から上がれる場所を探しては居たんだけど、意識を保つのも精一杯だったっていうか…」
「そんな危険な状態だったわけ!?…なんか、ごめん。俺、何も出来なくて…」
「あぁ、その話は無し無し。もう終わったことだし気にしない。…それで話の続きなんだけど、川がそのまままっすぐ西に流れたのか、途中で流れが変わったのか分からないんだよ。というか、落ちた時点でどちら側に流されていったのかも把握していなかったし、もしかしたら隣の国に入っているって事もあり得る」
「え!?」
「あの時、逃げるために僕は西側から見える森を目指した。木々の間を縫うように走れば、速度が遅くてもあるいは…って思って。それで追いかけられながら森を走って只足を前に動かしていた。当然適当に方向を変えれば現在地の把握なんてあっという間に分からなくなったし、自分がどちらを向いてるのかも分からなかった。ただ、なだらかな傾斜を降りていたから、とりあえずあの町からは離れている、イコール西側に向かって行っているって思っていたんだ」
「…うん…え?で…どういう事?」
「簡単に言えば、まったく現在地が把握できていないって事」
「な、なるほど…」
話し合いの結果、まったく現状を理解していないという事が分かった。そして2人揃って神樹様を見る。
穏やかな表情で2人の話を聞いていたその人は、一度ゆっくりと頷いた。
「まずは、この里が所属する…というか、存在する国だけれど、残念な事にファルザカルラ国ではない。その隣の国、デンタティタルだ」
「デンタティタル…たしか魔法が盛んな国ですよね。という事は国境を越えてしまったという事ですか」
「そうなるね」
「どういう川の流れで来てしまったんでしょう?」
「あそこは確か山が多いから、地下の流れに乗ったならどこかで分岐してしまったのだと思う」
「地下…」
「そんな場所通ってきたわけ!?ジュン、お前…」
「大丈夫!大丈夫だから!そんな顔しない!」
流されていた時の記憶は曖昧だ。何度もオロオロとする冬威にジュリアンは若干キレ気味に同じ言葉を繰り返しす。
そして神樹様はまずはこの里の事について語ってくれた。
所属というか、位置的に見てこの場所はデンタティタル国。
全体的に見ると、ファルザカルラ国に近い位置に存在しているが、この国のトップも隣国ファルザカルラのトップも此処の里の事は知らない、知られていない秘密のエリアであるらしい。だからおそらく、地図にはこの場所は載っていない。
ではなぜ外部の人間が来る冒険者ギルドが存在しているのか。
それはこの里に住まう人たちがそれなりの生活を送るために外の物資を入れる必要があるという事で唯一許した外部の施設であるらしい。
そしてこの森の正面入り口には迷いの魔法が張られていて、訪れる存在を察知して、その者の内側、何をもって里の近づこうとしているのかを調べて里に通すか通さないかを森が判断している。
純粋に冒険を求めてくる者だったり、商売目的でやってくる者はこの里へたどり着くことが出来、たとえ一度ここへ来たことがあってもエルフをとらえようと思っていたり、森を破壊しようとか邪な考えを持っている存在にはこの森は道を閉ざしてそのものを迷わせる。そして場合によっては森の中から永遠に出られなくなったりもするらしい。
そして、なぜそんな場所が国のトップに知られていないのか。
それを見極めるのも森の、そして神樹様の役目。情報を流そうとする、又は情報入手の為にやってきた存在もこの森は拒絶するらしい。だからたとえ噂として流れても、確認しようとしても森がその者を通さない。
「心を読めるの?」
そんな純粋な冬威の質問に、神樹様は笑顔で首を振る。
「いいえ。その者を知るためには森の力が必要不可欠です。彼らは森の植物に対して…いえ、森限定ではありませんが、植物が意志をもっていてその情報を誰かに伝えるという事を考えていない」
「人樹って存在があることが知られているのに?」
「そうです。人樹はその存在が生物をかたどるまで意識がはっきりとしないのです」
「え、じゃあ情報を集めるっていうのも…」
「人樹になりうる存在は長い時間を生きられる樹木がほとんど。だから植物が意志を持ち言葉を解すという事は知られていないんです。そして私たちに力を貸してくれる1年草達はとってもお喋りですよ」
「でも森の中で調べるというと、ここに来るまでに言葉を発しないと判断できないのでは?」
当然ともいえるジュリアンの質問に神樹様は丁寧に説明をしてくれた。
1年草はお喋り。それはかなりいい情報収集として使える。
同種の植物なら遠くの情報も伝達してくれる。どこそこの町でこんな話をしていた、とか。ここに来る前に外でこんな話をしていた、とか。
木造の建物であればそこに寄生しているカビなども力を貸してくれるらしい。ジュリアンも植物をつかって情報を得たりすることが出来るが、そこまで幅広く色々と知ることは出来ない。
純粋にすごいと顔にも出ていたようだ。神樹様はどこか得意げに笑う。
「それに森に入ってくれば私がその者を最終的に見極めることが出来ます。疑わしければ姿を現して言葉を交わし、本当の狙いを聞き出すことだってあるんです」
「だから、正面から入ったわけじゃない俺たちを警戒していたって訳か」
「そうだね。川はその流れの道を急激に変える事はないから、そこに沿って来れば迷う事は無い。でも、あの激流を流れてきて生存していた者が存在するとは思わなかった。初めてそれを成し遂げた君たちが凄いんだけれど、逆に警戒してしまう結果になってしまったね」
「でも、そうか。森の入り口がこの里をまもる門の役割も果たしていたんですね。それならばあの対応も分かります。エルフはやはり、狙われてしまう存在なのでしょうか?」
「彼らは容姿が整っているようで、何の目的かよく人狩りの対象になってしまうようです」
「想像は出来ます」
全員で頷きあったところで、冬威はふと顔をジュリアンに向けてから前に座る神樹様を見る。
「って事は、神樹様は俺たちがあの小屋で話したこととかも聞こえちゃってたりするんです?」
その問いかけに神樹様は無言でニコリと笑った。
そろそろ長い長い前振り(?)をおえて、彼らの冒険を本格的に始めたいと思ってます。




