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091 エルフの里、そして神樹様【生まれた瞬間を覚えている】

生まれた瞬間を覚えている人樹は殆ど居ない。

ふと気が付くと、誰かが、何かが、自分の身体にあたる木の幹に触れているのに気付いて、またふと気が付くと吹き抜ける風が心地良いと感じるようになっている。

そしてその風を感じて「私を撫でる、優しいこれはなんだ?」と疑問を持つようになると、ふと外を見る事が出来るようになって空は青いのだと知るのだ。

少しずつ少しずつ成長していって、動物の形が取れるようになった瞬間に子供の時期を抜ける。そういう認識である。


「でも、私は生まれた瞬間を覚えている」


一人残された神樹様は端に並んでいる棚に持っていた植木鉢を置こうとして手を止めた。そしてそのまま思いを過去に巡らせる。


木の寿命はとても長い。それこそ土に養分があって、定期的に日光に当たり、そして身をくらう害虫が現れなければ果てしなく成長を続けていく種であるといえる。

しかし、過去に魔王が現れた時。世界は崩壊に向かっていた。ありとあらゆるものを破壊しつくそうとした悪意に、自然はドンドン破壊されて行って、後に残ったのは焼けた黒い土壌のみ。

当然生物は困り果てる。土がこんな状態では何も植物が育たない。植物が無ければ、それを主食とする草食動物が生きていけない。草食動物が居なくなってしまえば当然それらを捕食する肉食動物が飢える。そんな負の連鎖は例外なく人間たちにも牙をむく。


人間だから、魔族だから。

そんな理由で争っている場合ではなくなってしまった。


この1点において、魔王の存在は役に立ったのかもしれない。共通の敵というのはほかの連中がまとまるための理由になる。


世界の危機に立ち上がり、平和を取り戻したのが勇者。そして星が壊れるという危機を救ったのも、やっぱり勇者パーティ。その中の賢者だったのだ。

そしてその者は文字通りその命を懸けて、植物を復活させ森を取り戻した。


「森の種。あの小さな命は賢者の命。芽吹いた命はかの者の子…あの人は、なんて言っていたかな?」


そう言いながら腕の中の植木鉢で小さいながらも懸命に葉を伸ばす小さな木に微笑みかけた。そっと根元を摩るように撫でてあげれば、まるで喜んでいるかのように葉が揺れる。

ずっとそうしていても良いのだけれど、今日は大切なお客様が来ているのだ。鉢を静かに棚に戻すと、ジュリアンの後を追いかけるように身をひるがえした。


先ほどの部屋に戻ってくると、テーブルの上に3つのお茶が入った湯呑。シルチェが用意してくれたようだ。そして側の椅子に可愛いテディベアが座っていて、お盆を持ったシルチェを抱き込んでいた。明るい茶色の身体につぶらな黒い瞳。縦にも横にもボリュームがある体躯だが、綺麗な毛並みのフワフワボディーを持つこのテディベアはその丸っとした身体がとても愛らしい。

そしてそんな様子を冬威が目をキラキラさせて眺めていて、その後ろにジュリアンが立って苦笑いを浮かべていた。


「やぁ、グリさん。いらしていたのですね」


見知った相手と、過去に何度かあった光景のため、神樹様は穏やかに微笑んで軽く頭を下げれば、その隣に座っていたのかテディベアと同じか少しだけ小さい伸長の男のエルフがひょっこりと顔を覗かせた。緑の瞳にくすんだ茶色の髪の毛は腰のあたりまであり、後ろで1つに縛っている。その彼がやってきた神樹様に気づくと立ち上がってぺこりと頭を下げる。が、その間も何故か彼は冬威をチラチラと気にしていた。


「神樹様!お邪魔してます」

「良いんですよ。正確にはここはあなた方の実家でもありますから」


お互いにニコニコ笑顔。すると頬をシルチェに擦り付けていたテディベアもフフフとのどを鳴らして嬉しそうに笑う。


「キュー!やっとシルちゃんが帰ってきたの。今日はご馳走なの!」

「か、帰ってきたんじゃありませんよ」

「なんだいシルチェ、やっと帰ってきてくれたんじゃないのか?」

「その前に、彼らを紹介させて!部屋に入ってきた瞬間に捕獲されて、あの子たち変な顔してるから!」


クマの腕に埋もれていたシルチェが冬威を指さしつつわめくと腕の力が緩んだらしい。髪をボサボサにしながらなんとか這い出てきた。

『う?と』言いながら首をコテンと傾けるテディベアは可愛いの一言に尽きる。どうやら冬威もそう感じているようで、変な声を出しながら身悶えていた。と、初めて冬威とジュリアンに気づいたのか、テディベアが慌てた様にパタパタと手を振った。


「あわわわわ。シルちゃんのお友達なの?初めておうちに呼んだのね。私はシルちゃんのママよ」

「え!お友達だなんて本当何年ぶりかなぁ?僕はシャンティーレ。グリちゃんの夫で、シルチェの父だよ」

「えぇ!若っか!?…シャンティーレさん、お父さんなの!?」

「そうだよ。…って君は誰?そんな獲物を狙うような目で僕のグリちゃんを見つめないでくれるかな!」


冬威はずっと大型テディベアの事をギラギラした目で見ていた。モフモフしたいと呟きつつ手をワキワキさせているそんな様子に危機感を覚えたらしいシャンティーレが慌ててテディベアの前に立つ。

どうやらジュリアンが戻るきっかけになった叫び声は、彼がシルチェの母親を見た事が原因のようだ。


「トーイ、落ち着いて。…彼はトーイ。僕はジュリアンです。えっと、奥様はグリちゃんとおっしゃるのですか?」

「うん!私はテディベア種のグリズリーっていうの!」

「グリズリー?え。グリズリーって名前?…クマさんのグリズリー?テディベアさんに…まるで柴犬にチワワと名付けるような…痛た!」


彼女が名を名乗ると冬威が「え?」という表情を浮かべてジュリアンを振り返った後、観察するようにチラチラとグリズリーを見るが、余計なことを言いそうな気配を察知してジュリアンは彼をぺシンと叩いた。そして何事もなかったように彼女の名をほめる。


「とても良い名前です」

「えへへ~」


テディベアのグリちゃんは丸っとした手でポリポリと後頭部を掻いて照れた。


「ついでに説明しちゃうけれど、ここはシルチェのお父さん、シャンティーレの一族の家で、族長、このエルフの里の長が暮らしている家なんだよ。ちなみにトズラカルネは4代前の長の奥さんの血筋の子で、シルチェとは遠い親戚関係にあたるんだ」


神樹様がそういうとシャンティーレが頷いて肯定する。


「この里は狭いから、元からここに居るエルフたちは皆親戚って感じだけどね。で、今は僕の祖父が長をしているんだ。僕も此処で育ったんだけど、グリちゃんと森で運命的な出会いを果たしてここを出て、今では少し離れたところに一軒家を建てて住んでるよ」

「私が森の側が良いって言ったの。それに、獣人の私はあまり歓迎されていないの…」


ションボリとした様子で耳がへにょんと垂れるテディベアは落ち込んでいる様子だがとても可愛い。もう何をしていても可愛い。そんなグリちゃんを夫のシャンティーレが一生懸命慰めた。


「違うんだよ!彼らは皆グリちゃんの可愛さにノックアウトされちゃってるんだ。この家を出たのだって里の中心部に近い此処より、森の近くの家の方が周りのやつらが可愛いグリちゃんを勝手に見るのが嫌だったからで、君のせいじゃないんだよ!」

「シャンティー!私もシャンティー大好きよ!」

「グリちゃん!」


ひしっ!と抱き合う2人。はたから見ると、同じくらいの背丈のテディベアを抱きかかえるイケメンエルフにしか見えないけれど。

いつもの事なのか、少し冷めた顔で見つめるシルチェ。

可愛い!と悶える冬威と、ただ冷静に観察しているジュリアンは、軽く口を押えてぽつりと疑問を零した。


「シャンティー…そこまで言ったら『レ』まで言っても長さに差異はなさそうだけど…」

「きっと、言いやすいんだよ。それに、語尾が伸びるのは可愛い!」


独り言のつもりで吐き出した言葉だったが、それを拾った冬威に力説された。

まぁ、確かに分からないでもない。微笑ましい様子を見てモジモジしている冬威を置いておいて、ジュリアンは首を少し反らして後ろに立つ神樹様の方を向いた。


「あの、神樹様」

「うん?」

「ちなみに、シェルキャッシュさんは?」


その質問に冬威もパッとこちらを向く。シルチェにも聞こえたのか、少し眉を寄せてラブラブな様子を見せている両親の方に近づいた。どうやらひきはがそうと思い立ったようだ。


「シェルキャッシュは外部から来たエルフだよ。そして彼女の里は侵略によって滅んでしまった」

「侵略…それを行ったのは…」

「戦争を起こしたのはいけない事だ。それは悪だと言えるだろう。でも、攻め入った誰が悪いって訳じゃなかったんだよ。おそらく上からの指示だから逆らえなかったんだろう。それでも強いてあげるなら里の位置が悪かった。…知っているかな?最近新しい国が立ったこと」

「アカアカですか?」


数日前に軽く聞いた世界の事情を思い返してジュリアンが答えれば、神樹様は大きく頷く。


「彼女の故郷は争いに巻き込まれた。そして少しばかり、人の住む場所に近かった。それだけなんだ」

「それって…」

「戦争が起きた時、お互いがお互いの地を攻めた。人と獣人が等しくあの場所を破壊したけれど、獣人の数が多かった。エルフはぱっと見ると人間に近いからね。勘違いする人もいたと思う。その結果が獣人嫌いにつながった」

「彼女がシルチェに冷たく当たる理由は分かりました。では、トズに親しくしようとする意図は?」

「トズラカルネは里を出たことがないエルフだ。つまりは純血。だからなんじゃないかな?遠いとはいえ親戚関係のシルチェと比較してしまうのかもしれない。それに…」


彼女はその時に家族を失った。その事実を口に出そうとして、他人が喋って良い事ではないと神樹様は口を閉ざした。しかしそんな沈んだ重い空気を纏う神樹様の様子にジュリアンも冬威も先を促すことは出来ず、目を伏せた。

21:32

言い回しとか細部をちょっと修正。

話の流れに変化はないです。

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