008 誘拐、そして始まり【半ば呆然としたまま】
半ば呆然としたまま春香と冬威はツフェリアーナについていき、大きな扉をくぐって大きな広い部屋に通された。中には大きなテーブルとそれを囲むソファー、そばに暖炉もありもう少し寒くなったらここに火をひれて暖を取るのだろうと思うとヨーロッパの古き良き時代の建物っぽいと現実逃避しかけた2人はその内装に意識を飛ばした。
「どうぞ、おかけください。…あなたたちはお茶の用意を」
「かしこまりました」
「食事の用意ができる頃にもう一度声をかけてくださる?」
「はい、分かりました」
まったく気づかなかったが、室内には数名の女性が居た。その服装からおそらくメイドであろうということが想像でき、冬威は「おぉ!リアルメイド!」と小声でつぶやき春香にぺしりと叩かれる。そんなことをしながらも2人は進められるままにソファーに腰かけた。2人の着席を見てからツフェリアーナがその対面となる反対側に腰を下ろし、その後ろにファギルが立つ。そして絶妙なタイミングで目の前に紅茶らしき飲み物が入ったティーカップがおかれ、まずはツフェリアーナが一口飲んで「毒はない」と示した後で2人に勧めた。
「さて、おそらく今大変混乱しておられるかと思います。聞きたいこともおそらく沢山あると思われますが、まずはこちらの事情をお聞きください。そのあとでわからないことを聞いていただければと思います」
「わ、分かりました」
一度顔を見合わせた春香と冬威だったが、現在わからない事だらけのためにある程度情報を提示してくれるならまずは聞いてみようという判断に落ち着き、2人して首を縦に振った。
そして彼女は語り始める。この世界について。
うっすらと2人が想像したとおり、この世界は地球とは異なるようだった。人々の生活水準的に言えば地球よりも古い文化といえるだろう。だが、この世界には地球にはないもの「魔法」が存在していた。誰でも何かしら得意な属性を持っていて、簡単なものであればだれでも使えるという認識があり、逆に使えない人のほうが珍しいといった具合らしい。そのことにRPG好きの冬威が感動して目を輝かせていると、春香が軌道修正のために口を挟む。
「この世界のことは何となくわかりました。こういったラノベもまぁ結構な数があるし」
「ラノ…?」
「いえ、いいんです。こっちの話で。で、なんで私たちが呼ばれたのか、教えてください」
「わかりました。少し怖い話になるかもしれませんが、最後まで聞いてくださいね」
ツフェリアーナはそう前置きしてから再び話始めた。魔法があるという点でこちらも想像できていたが、はやり魔物や魔族といった人の生活を脅かす存在があるらしい。そしてそれらが大きく人間を害そうとしたときに、この国の王族が使える勇者召喚を使って力ある人間を外部から読んでいるといった具合だった。
「何となく話の流れはわかりました。つまり私たちを呼んだということは、倒してほしい対象が居るということですね?」
「そうです。理解が早くて助かりますわ」
「でも、私たちは普通の…魔法がない世界から来た人間ですよ?この世界の人たちと違って戦えるとは思えないんですけど」
「そこはさ、春香、やっぱチートでしょ!?召喚勇者って言ったら、チートハーレム俺TUEEEEが定番だろ!?」
「冬威が楽観視しすぎ!もしチート持ってたとしても…どうやって使うのよ?私不思議な力をゲットした感じしないんだけど」
「それは…あれだよ。ひ、姫様と…」
「あん?」
「じゃなくて、どっか行って何かの実とかを食べるとか…」
自分は春香に惚れていると自覚している部分を棚に上げて、こういったパターンでは最終的に姫様と恋仲になっちゃうのかな?なんて下心満載で王道で定番の道筋をポロッと口にしようとしたら、姫様というワードに反応したのかファギルが怒った視線を冬威に向けたので慌ててフォローを入れる。しかし言われてみれば春香の言う通り、冬威も何か特別な力を得たという感覚はない。だからこそ目の前の2人が言っている言葉を信じられず、黒歴史痛いわとか思っていたわけで。考え込み始めた2人を見て、ツフェリアーナはパチンと小さな音を立てて胸の前で手を組んだ。
「心配には及びませんわ。そういった世界からの勇者様も過去にお呼びしたことがあるはずです。そういった場合には王族との契約により、一定の力をお貸しすることになります」
「貸す…ってことは、やっぱり私たちじゃなくても良いんじゃないの?こういっちゃなんだけど、自分の国の事でしょう?外部のしかも別世界の人間を使うより、それこそ後ろの…ファギルさん…だったっけ?…彼みたいな忠誠心のある人使ったほうがいいと思うんだけど」
春香のどこか否定的な言葉に「なんだか楽しめそうだな」なんて考えていた冬威は少しばかり困った表情を浮かべて隣の彼女を見た。帰還については問題ないとか言っていたし自分はかなり乗り気になってきたのだけれど、春香は違うのだろうか。しかし彼女の言っていることは正しいと思う。それを証明するかのようにファギルが悔しそうにグッと顔をしかめた。
「できるなら私がやっている。だが…」
「ファギル、まだ私の話が終わっていませんよ」
「…すいません」
何かを言おうとした彼を遮り、ツフェリアーナが目を伏せて申し訳なさそうな顔をした。
「ハルカ様のおっしゃることは正しいです。私の国、私たちの世界、なれば私たちが解決しなければいけない事。わかっています。ですが…契約でお貸しする力は、この国の神の力といわれるもの。その力を降ろせる人間は、この世界にはいないのです」
「神の…力…?」
呆然とつぶやくような冬威の言葉を拾ったツフェリアーナは顔を上げて彼を見て、一度しっかりとうなづいた。
「この世界を作ったとされる神の中で、特に攻撃力のある戦闘神。名をグージシエヌルといいます。その神の力を人の身に宿すのです」