086 掟、そして特異点【サクサクと草を踏んで歩いていく】
サクサクと草を踏んで歩いていく。周囲を人が固めていて、さながらSPに守られるVIPな気分だ。
しかし周囲に立っている人は皆武装していて、剣を抜いてはいないけれどおかしな行動をとったら即座に剣を抜けるように警戒している状況が、これが護衛ではないという事を物語っている。当然ながら周囲に居る人は耳がとがっていて皆が人間ではなくエルフのようだ。
ここに来ているエルフが皆見目が良いイケメンたちばかりのせいもあるが彼らににこういう事されると、何も罪を犯していなくてもまるで連行されている犯罪者になった気分になる。特に人さらい系の。…自分たちは無実なのに何故だろうか?イケメンパワーかな?
冬威はそんな彼らの指示に従ってジュリアンと並んで歩いてた。
というか、暫くの間は怪我は一つも無いにもかかわらず満身創痍気味のジュリアンに肩を貸して、必死に前へ進んでいた。無茶な力の使い方をしたらしい彼は、息も絶え絶えで立っているのも辛そうで冬威が懸命に引っ張っていたのだが、自己治癒能力に賭けてリンクをつなげたままにしていたら暫くして落ち着いてきたようだ。今はしっかりと自分の足で前に進んでいる。
前方にはエルフの兵士がいて、そのさらに前、この団体の先頭にトズが居る。その隣には気分良さそうに歩くシェルキャッシュが並び、腕を絡めようとしているのをさらりと流して腕を放すという動作を繰り返していた。そして後方にもエルフの兵士の壁あり、そのさらに後ろにシルチェが居るのだが、彼は何故かグルグルにロープで巻かれて、腕を後ろに回されて拘束されていた。
「…シルチェ、大丈夫?」
彼を見つめて声をかけた冬威に気づいて、ずっと目を伏せていたシルチェが反応して顔を上げれば視線がぶつかって目が合うが、大丈夫という代わりに苦笑いを浮かべるだけだった。
「列が乱れているぞ。黙って歩け」
何故だかシルチェが一番被害を被っている気がする。川から人間である冬威たちを拾い、手当てしてくれて1泊させてくれた。それなのに、種族の違いというだけでここまで厳しい対応をされているのだろうか?自分たちを助けたせいでこんなことになっているのだろうか。…解せぬ。
そんなことを考えて歩みが乱れた冬威に、エルフの一人が鞘に収まったままの武器である剣で背中を押す。こんな場所で反発しても意味がないので、ムッとした顔でそいつを睨んでから顔を前に向けた。
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暫くの間森を歩いていた一行だったが、次第に霧が濃くなってい来ているのに気付いた。冬威ははぐれては困ると、少しばかり速度を速めてジュリアンに近づく。
「霧が出てきたね」
何気なく放った言葉は、無言で歩いていた現状にちょっと耐えきれなくなった弱音でもあった。周囲の変かを感じて不安を吐き出す様に語り掛けたのだったが、ジュリアンは顔を冬威に向けて一度しっかり頷いた。
「きっと彼らの集落が近いんだ。防衛の為の物だよ」
「え」
「なぜ知っている?」
心の中で冬威が思った疑問を、傍に居たエルフが口にした。考えてみれば、人間に狙われているだろう村を守るための大切な結界を、人間に簡単に見破られるなんて心穏やかではいられないだろう。淡々とした口調を心掛けている様子だったが、少しばかり慌てているのが素人の冬威でも見破る事が出来た。
「何故と聞かれましても…(霧の発生する化学的メカニズムを知っていると、日中で気温の変化もあまりなさそうな今霧が発生するのはおかしいな、と思って別の予想を立てたに過ぎないのだけれど。…こんなこと説明してもきっと分からないだろうな)…確証はありません。ただ…大切な場所に近づいている気がしたんです」
今までの転生で、魔法が発展している世界は総じて科学が発展しておらず、小学生の理科で学ぶようなことすらその世界の人は分からなかった。この世界も科学よりは魔法が発展している様子だし、水が蒸発するとか、雲が地上にできたら霧になるとか、そういう事も知らない、分からない彼らに科学的根拠をもって説明しても理解してもらえないだろう。そう判断したジュリアンの返事はなんとも抽象的なものだった。しかし何処までも穏やかな顔は嘘を言っているようには見えない。だが、そんな返事には納得できなかったらしい1人が剣を抜いた。
「鼻が良いのかもしれない。これで逃げられてこの場所を探し当てられたら大変なことになるぞ!」
切っ先を向けられてとっさにジュリアンの前に出た冬威だったが、こちらは丸腰だ。出来れば喧嘩はしたくない。切っ先から距離を開けるために足を止めて、ジュリアンは少し大き目にわざとらしくため息をついた。一気に緊張感が増した空気をぶち壊すような彼の行動に、当然気づかないエルフたちでは無い。剣を持たないジュリアンに鋭い視線を向けながら、彼らも歩みが止まる。
「何だ、その態度は」
「…無断であなたたちの生活のエリアに入ってしまったらしいことには謝罪をしますが、よく確認もせずに一方的ではありませんか?」
今まで大人しくしていたのに、挑発するようなジュリアンの物言いにギョッとして冬威は背後の彼を振り返った。
「ジュン!…お、落ち着けって」
「だいいち、僕らは呼ばれているのですよね?長、と呼ばれる方に」
「だから何だというのだ。侵入者は排除するのが我らの仕事…痛めつけたほうが良いかもしれん」
「チッ、うまく化けおって、すぐにその正体暴いてくれる!」
歓迎しているとは言えない言動だ。薄々気づいては居たけれど。ただ、ところどころに引っ掛かるワードがチラホラと散らばっている。
鼻が良いとか言われても、人間の嗅覚はそこまですごくはない気がする。
上手く化けるとか言われても…ジュリアンの死体に寄生しているアコンは何も言えないが、冬威は正真正銘の人間だ。
何か、重大なことに気づいていない、見落としているのだろうか?
「何をしているんだ!彼らは大切なお客人だろう!」
「うるさい!お前は黙ってみてればいいんだよ!」
不穏な空気を感じて後ろに居たシルチェが声を荒げるが、囲んでいるエルフは一喝しただけで彼を見ることもしなかった。しかし、彼が声を荒げたのはエルフたちを止めるためではなく、先頭を歩いているトズにこのことを知らせるためだったようだ。やっと後ろがついてきていないことに気づいたトズが振り返った。
「ちょっと、あんたら何してんだい。長が呼んだお客人だよ!」
「で、ですが…」
「我らの里に入れるのは危険すぎます!脅威は排除するべきです!」
「私も彼らの意見に賛成ですわ。トズ姉さま、どうして彼らを擁護なさるの!?」
「シェル、あんたもこの憎しみの連鎖は断ち切らなきゃいけないって分かってるんだろう?それに彼らは人間なんだよ」
「いいえ!関係ありませんわ!」
「シェル!」
後ろではシルチェと兵士が、前ではトズとシェルキャッシュが。
あっちもこっちも口喧嘩が始まり、火種を作ってしまったジュリアンは口を閉ざして苦笑いを浮かべた。
「どうすんのさ。あいつらの警戒心煽っちゃって」
まさか仲間同士で武器を持ち出すことはしないだろう。一番心配なシルチェは拘束されているから、あっても殴られるといった暴力のはず。それくらいなら防いであげることもできなくはないだろう。そう考えてシルチェの方を見ながら、冬威は隣の相棒に若干皮肉のように声をかけた。
「大丈夫だよ。お迎え来てるから」
「は?」
しかし、彼の返事は予想を超えたもので、思わずポカンと口を開けてしまう。意味を問いただそうと顔を向けた時、ブワリと強めの風が吹き抜けて、木々がサワサワと大きく揺れた。
『まったく、いつまでも帰ってこないと思ったら。こんな所で遊んでいたのですね』
「神樹様!」
女性の声が降ってきた。顔を上に向けるジュリアンを見て、冬威も視線を上げるが、声を発したらしい存在は視界に移らない。それでも何かが来ているのだろう。自由がきかないシルチェと、トズ、シェルキャッシュだけは立っているが、それ以外のエルフたちが慌てて膝をおって頭を下げた。
前回初めてレビューをいただきました。
こんな自己満気味の小説を楽しみにしてくださる方が居てくださり、感謝感激にございます。
ありがとうございました!




