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085 掟、そして特異点【初弾で仕留めるはずだった】

初弾で仕留めるはずだった。森の中に居る限り、エルフがほかの種族に後れを取るなんてことはあり得ない事だ。

何体ネズミが入り込んでいるのかは分からなかったが、複数居た場合は1体だけ残して殲滅する予定だったのだ。群れると何をするか分かったものでは無い、そのための策で完全に不意打ちを食らわせたはずだった。


「なぜ…防げる?」


ある者は木の上から。別の者は茂みの向こうから。矢を標的に向かって放つのだが、それらはことごとく払われてしまい、有効打を入れられない。

遠距離ではダメだ。しかし、早々に遠距離を捨てて突撃していった仲間は、ひらりと優雅な動作で標的が動き、良く分からないまま投げ飛ばされた。相手のパワーを利用した背負い投げのような投げ技は、派手にふっ飛ばされるというような豪快な攻撃では無かったが、打ち所が良かったのか(悪いともいう)ジュリアンの力量か、地面に転がった仲間が目の前で立ち上がる様子は見せない。意識を完全に落とされてしまっているらしい。


「どうする!このままではシェルキャッシュ様が外に出てきて来られるぞ!」

「せめて膝をつけさせるんだ!」

「後ろのやつを狙って…」

「無駄だ!すでに何度もやってる!」


静かに包囲し、こっそり仕留めるために近づいたのに、今では大声でやり取りをするのも気にならなくなってきている。隠密行動を守る余裕が失われてきているのだ。


「信じられん。こんなはずでは…」


目の前で繰り広げられる惨状に理解が追い付かず、襲撃者の1人はそこに棒立ちになった。



**********



不思議だな、とは思った。

植物に触れていないと分からない情報が、初弾を右手のひらに傷を負いながらも防いだ時からリアルタイムで脳に届けられるようになったのだ。

それに気づいたのは数回攻撃を払った後だが、どの枝にどれくらいの重さの熱量を持つ者が乗っているのか、どの茂みの向こうに大きな熱源が潜んでいるのか、植物に触れて周囲を観察するときと同じピリピリとした微弱な電流が駆け巡り、わずかな動きを伝えてくれるものだからどこから攻撃が来るかがワンテンポ早く察知出来ていたのだ。


「(そうじゃなかったら放たれた矢を払い続けるなんて無理。…それに…)」


近づいてきた相手にはスキルではなく、今まで生きてきた中で経験として覚えていた技をかけて沈めた。ちゃんと教わって習ったものでは無いため、見様見真似の背負い投げではあるが、触れた瞬間に強めのスパークをかけてひるませた所を急所に打撃を打ち込む戦法でとりあえず意識を刈ることが出来ているようだ。たとえ矢や剣に毒物が仕込まれていたとしても、リンクでつながって自己治癒強化がついている今何も怖くない。

だが。


「はぁ…はぁ…」

「ジュン…だ、大丈夫か?」

「ちょっと辛い。でもどうにか乗り切らないと…」


怪我の心配はしなくても良い。しかしどういうわけか疲労がかなり早く溜っている気がする。もしかして本来なら献身スキルを持つジュリアンではなく、術者の冬威が動くためのスキルであるリンクのせいで、どこかに付加がかかっているのかもしれない。


「ゴメン、俺も何かできればいいんだけど…くそう!どうして俺には魔法が使えないんだ!使えもしないスキルばかり獲得するだけじゃ、意味がない!」


魔法系のスキルばかりはまるで「図鑑か?」と言えるほど品ぞろえが良いにも関わらず、適性が無いせいで使用が出来なかった。そんな冬威も何とか手伝おうとしてくれるのだが、彼が動くとその行動を遮るように弓矢が飛んできて怯むものだからジュリアンが壁役に徹するしかない。

そんな状況で倒れるわけにはいかず、どうにか突破口を探して攻撃の合間にジュリアンは周囲に視線を走らせた。


この小屋の玄関に近い左側からは今まで一度も攻撃のために飛び出してきた者はいない。攻撃が来ないわけではないが、慎重になっているのか、指示する立場の存在が居るのかもしれない。逆に右側の包囲からは数名飛び出してきているし、陣は少し崩れている気がする。ただ、そちらに逃げたら向かう先は森の中だ。どうせなら川沿いに逃げていきたい所だ。


「ちょっと、まだ終わっていないんですの?」


そんな緊張した空気を読まずに女性の声が聞こえてきた。チラリとそちらを一瞥すれば、ミルキーブラウンの髪を緩く2つに縛っている、清楚な感じの女性が立っている。耳は当然尖がっていて、エルフであることがうかがえた。何も知らなければまるで女神さまと言える姿ではあるのだが、声でわかったが彼女がシェルキャッシュだ。外見に騙されてはいけない。

不服そうな彼女の声に、どこからか1人飛び出して来て傍により、地面に膝をついて礼をとる。


「申し訳ありません、思った以上にしぶとくて」

「言い訳は結構よ。わたくしたちの聖域を踏み荒らして…あら?あれらは人間ではなくて?」


そんな彼女の言葉に、数撃ちゃ当たる戦法で飛んできていた攻撃がピタリと止まった。

訝しんだジュリアンだったが、姿を現さない襲撃者を警戒して森の方を睨みながらも耳は大きくしてシェルキャッシュの言葉を拾う事にする。


「…身体的特徴をあげれば、人間に近いかと」

「そうね、でもあの男の件もあるわ。慎重にいかないといけないわね」

「はい。現に我々の攻撃をいともたやすく防いでいます。純粋な人間ではないのかもしれません」


なんだそれ?

まあ、確かに死人である以上、純粋な人間では無いのかもしれないが。冬威もジュリアンと同じく彼女たちの会話を聞いていたらしい。小さな声で「何言ってんだ?」とつぶやいた声は、大変不機嫌そうな声色であった。


「わたくしが出るわ」

「そんな!シェルキャッシュ様、危険です」

「大丈夫よ。わたくしの力を知っているでしょう?ましてやフィールドは森。私たちのホームなのよ?負けるどころか、怪我をする要素すら見つからないわ」

「で、ですが」

「あなたたちはトズ姉さまを丁重に…」


シェルキャッシュは小柄でか弱い女性に見えるが、かしずかれるには理由があったらしい。彼女がこの森のボスなのだろうか。

緊張にごくりとのどを鳴らした時、爽やかな風が森から降りてきて冬威とジュリアンを包み込むように吹き抜けた。それと同時に何やらピリピリとしたものを感じるジュリアンは、今までこちらから植物の機能に介入するだけだった力に逆にこちらに語り掛けるような信号のようなものを感じて眉を寄せる。

しかしその理由を調べる前にシェルキャッシュが声を荒げた。


「何故!どうしてですの!」


いったい誰に言っているのか。彼女たちの会話に割り込んだ者は居なかったし、聞こえてきた会話は彼女の意志を尊重するような受け答えをされていたはず。


顔だけは前を向いていたのだが、いつの間にか前を見ていたはずの視線は彼女の方へと向いてしまっていた。その視線に気づいてか、顔を向けたシェルキャッシュと目が合うと不機嫌そうに顔をしかめた。


「ついていらっしゃい。長がお呼びよ」

「…はぇ?」


冬威の間の抜けた返事を完全に無視して、シェルキャッシュは次々と周囲に潜んでいた者たちに指示を送る。いつの間にか隠れていた者が周囲を固めてしまっていて、完全に逃げそびれたことを悟った。

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