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079 絆、そして拒絶【冬威とジュリアンの横を抜けて】

冬威とジュリアンの横を抜けて室内へ入ってきた大男は、数歩離れて足を止めて振り返る。彼の視線はチラリと冬威を一瞥した後はまっすぐジュリアンに向けられていた。軽く顎で指すような動作をしてから視線を室内に向けて、再度ジュリアンを見る。


「ちょっとまっていて。すぐ戻るから」

「ジュン?」


大男の、呼び掛けるようなその視線に応えるようにジュリアンが彼へ向かって歩き出せば、彼も再び足を進めて先ほどまで話をしていた部屋に入っていく。待っていてくれと言われはしたが、ただ突っ立っているのも退屈だし、彼らが何をするのかも気になる。結局冬威も後を追い、顔だけのぞかせて室内を窺う事にした。


「今は?」

「水を汲みに」

「飯は?」

「まだです」

「肉あるぞ」

ってきたのですか?」

「毎日の事、習慣だからな」


興味津々で聞き耳をたてていた冬威は「かってきた」は「買って来た」じゃなくて「狩って来た」なんだろうな、なんて考えながら口を挟むことなく静かにしていた。そんな冬威の視線の先では、ヘレンからもらったような袋から大きな動物を取り出している。少しだけ驚いたが血抜きは済んでいるようで、思ったほどスプラッターではない。生きるための糧なのだ。「かわいそうだよ!」なんて騒ぎ散らすほど愚かでは無い。


「手法は?」

「罠だ」

「どのような?」

「毒じゃない」

「では安心ですね」

「解体しておく。だから丸焼きがいい」

「朝からですか?」

「…」

「まぁ、此処の主はあなたですし、僕は構いませんけど…」


ポンポンと続く言葉のキャッチボール。それは大体が短く主要な単語を省いたものばかりで、初対面だなんて思えない、長年連れ添ったと言った雰囲気を感じる。というか、なんなのだ、この、まるで夫婦のようなやり取りは。

少しだけ悔しくなって呆然としてしまった冬威だったが、フッとジュリアンの視線が大男から冬威に移ったことで、顔だけ覗かせているという変な恰好から慌ててシャキッと姿勢を直した。


「ごめんね、すぐ行くから」

「いや、別に良いけど…知り合いだったって訳じゃないよね?」

「うん。出会ってまだ1日だよ。彼が僕を川から拾ってくれたんだ。ここに置いてもらう条件として、滞在している間だけ家事を担当する約束をしてね。…って、そういえば紹介がまだだったよね?」


なるほど、滞在するための交換条件か。まぁ、たとえ純粋な親切心でおいてくれているとしても、見返りがまったくないと逆に不安になる。金品が心もとない2人にはありがたい対応であると言えるだろう。

と、ここに来て大男の名を冬威に告げていない事を思い出したジュリアンが視線を大男に向ければ、彼もそういえば、というような顔で冬威に顔を向けた。

担いでいた斧は、今は重い刃の部分を下にしてテーブルに立てかけてあるため、武装していないというだけで最初に見た時よりは圧力が減少している。しかしそれでもその強い存在感はビシビシと感じるのだが。

冬威も真っ直ぐ大男の目を見つめ、失礼のない程度にその容姿を観察してみた。

先ほどは驚いてそれどころでは無かったのだ。


大男の前髪は長めではあるが、襟足は短くさっぱりしている。斧を軽々と振るう事から想像できるように、ガッチリした筋肉質な体躯。しかしボディービルダーの様な若干しつこいムキムキというよりは、生活に必要な筋肉がきれいについているという印象。そしてその体に乗るのは堀の深い、現代日本基準でも整った顔だ。目は緑色で、髪の色は濃い茶色。服は黒がベース。そして耳が尖っている。位置は普通に人間と同じ場所に…って、とがってる!?


「俺はシルチェ。この森で木こり…いや、漁師…狩人…守り人?…のようなことをしている。お前はトーイだったな」

「…っ!」

「…おい、どうした?」

「え…あ…の…」


特徴的な耳を指をさしかけて、冬威は慌てて手を引っ込めた。もしかしてエルフとか妖精系なのかもしれない。しかし、今まで日本で読んできた小説ではエルフは少数民族で、プライドが高い魔法使いであり、こういう態度を嫌厭すると思ったからだ。

どうしたらいい?という視線をジュリアンに向ければ、彼は何を思ってどうして焦っているのか察したようで、落ち着かせるように微笑んでからシルチェの方を向いた。


「許してあげてください。僕もそうだと言ったけれど、彼もまた、人間以外の人型の存在を見たことが無いのですよ」

「なんとまぁ。どれほど田舎で育ったのだ?」

「ずっと遠くです」

「ふん。…まぁ、騒ぎ立てるよりはまだマシか」

「身体的特徴は目につきやすいですが、その分どう反応していいか困ったのでしょう」

「あぁ、なるほど。これのせいか。それにしてはお前は落ち着いていたな、ジュリアン」

「性格、ですかね」


そう言いながら大男改めシルチェは少し首をひねって冬威の正面に耳がくるようにして髪を耳にかけて、その綺麗にとがった三角の耳を見せてくれた。


「その…もしかして…エルフってやつ?ですか?」

「まぁ、間違いではないな」

「ここはエルフの町?…なのかですか?」

「町…どちらかというと村だろうか」

「俺たち居て平気なの?なんというか…俺が持ってるエルフのイメージって排他的なんだけど。ですけど」

「無理に敬語を使おうとしなくてもかまわないぞ。というか、ここは村の中じゃないし、お前の言った事はあながち間違いではない」

「え?」


どういう事だろうか?ポカンとしている冬威にジュリアンは水瓶をもって近づいて、そしてすれ違いざまに肩をポンと叩いた。


「彼と少し話をしているといいよ。僕は水を汲んでくるから」

「あ、じゃあ俺も…」

「水くみはいつでもできるでしょう?後でまた一緒に行こう。彼の話を聞くことも、大切な冒険の一部だと思うよ」

「え?それって…どういう事?」


意味が分からなくて問いかけるが、ジュリアンはただ笑むだけで「すぐ戻る」とだけ残して歩き出してしまった。追いかけようかとも思ったが、シルチェの視線が横から突き刺さる勢いで向けられているのに気付いている。ここは初対面の印象を悪くしないためにも、話相手になろうと決めた冬威はジュリアンと入れ違うように室内に入ってシルチェの向かいの席に座った。目の前の机の上にシルチェが狩ってきた動物…この世界では魔物か。が居るが、気にせず顔を上げる。


「昨晩のうちにジュリアンからある程度話は聞いていた。難儀だったな」

「はい…。でも俺はフラフラしてジュンに頼りっぱなしで…。そういえば、あれって毒だったのかな?」

「ジュリアンも拾ったときぼんやりしていた。治療のため調べたが、あれは毒…と言えば毒になるのかもしれんな。調べた結果は、ちょっと強めの睡眠薬だった。抜けるのに時間がかかっただろうが、1晩で起きられたならあまり濃度が強くなかったのだろう。それ以上寝てるようなら、危なかったが」

「そうなんだ。良かった…」


ホッと息を吐いた瞬間にハッと気づいてしまった。

ジュリアンは水を飲んでいない。それなのにフラフラしていたという事は、冬威の毒が移ったとしか考えられない。


「(独善のリンクのせいか?…献身のスケープゴートが発動しちゃったんだ。…でも、2人で割って1晩の睡眠だったって事は…どれくらいの毒が移っちゃったのか分からないし、ジュンは自己治癒が出来るから正確な事は言えないけど、ジュンが居なかったらこんな短時間で起きることは出来なかったって事だ)」


ザウアローレの本気の殺意を感じて、思わず冬威は身が震えた。

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