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077 絆、そして拒絶【何か聞こえる気がする。】

何か聞こえる気がする。

でも耳に膜でも張っているかのようなぼんやりとした音は雑音…というより、自然界の音のようにまるで耳障りではなく、スルリと右耳から左耳へと流れていくようだ。自分の意識もぼんやりしていてまるで現実味がない。

夢心地というのだろうか?どこかフワフワしていて、何となく心地が良い。

と、そんな時。自分の上に影が落ちた。どうやら何かが近づいてきていたようだ。


『やっぱり落ち込んでる』

「…」


声がかけられた。女性の声だ。それよりも、落ち込んでいる?

言われてみれば…あぁ、そうだ。今自分はかなり気落ちしている。でも、どうしてだっけ?


『あれれ?昨日はあんなに強気だったのに、どうしちゃったの?』

「…」


昨日は強気…あれ?このやり取り覚えがあるぞ。

確かサッカーの試合でボロ負けした時だ。相手が格下だとなめてかかって、痛い目を見た恥ずかしい過去の出来事だ。


『『見てろよ!明日の試合ではスーパーなプレイを見せてやるからな。もしかしたら俺の独壇場かもだな!わははは!』…どう?似てる?』


顔をあげて相手を見ようとしたけれど、ぼんやりとした輪郭しか分からなかった。そんな俺に構わずに、彼女は仁王立ちで腰に手を当てて、俺の真似をしてみせる。

…恥ずかしい。うん、そんな事言った気もする。

この時は夏輝も春香も部活でいい成績とってたし、俺も続こうと強気だったんだよ。内心恥ずかしさに悶えていると、記憶にある通りのタイミングで実際に言った言葉が口から飛び出た。


「うるさいなぁ…。…今、反省中なの」

『ふーん…。…ねぇ、それっていつまでかかるの?もうだいぶ時間たってるんだけど』

「…良いじゃんか別に。誰にも迷惑かけてないだろ」

『かけてるわよ!私、君がいじけてるから気になって帰れないんだからね!』

「ほっとけば良いじゃん」

『もう!反省は確かに大切だけど、いつまでもウジウジしちゃってみっともないわよ!冬威、あんた男でしょう!?』

「…。男女の春香に言われたくない」

『なんですってぇ!?』


恋心を自覚する少し前の頃だった。だからつい憎まれ口を叩いてしまったけれど、もしここで素直な態度を見せていたら、男としてしっかり意識してくれるようになっただろうか。

あの頃からは、何かあるとおせっかい焼きの春香が声をかけてくれるようになった何となく、世話のかかる弟って意識されてる気がしてモヤモヤする。


そんな懐かしい夢は次第に霞に消えていき、意識はゆっくりと浮上していった。



**********



ゆっくりと瞼を開く。どれくらい寝ていたのか分からないが、目の焦点をすぐ合わせることが出来ずにぼんやりとした視線を天上に向けた。

“ザアー”と絶え間なくなる水音は、どうやら強めの雨が降っているようだ。そのおかげか辺りは薄暗く、温かみのある火の灯りで明るさをとっているらしい。ぼんやりと片側だけが明るく感じた。


「…ん…っ…」


身を捩ろうとして身体の怠さを感じて唸り声を上げれば、カチャリとドアノブをひねる音がする。そしてそのすぐ後に“ギィー”と扉を開く独特の音が聞こえた。そちらを見ようと視線を向ければ、人影が近づいてくるのが分かる。その人はベッドサイドに腰を下ろすと、そっと冬威の額に手を当てた。

パチパチと瞬きを繰り返すうちに、そのシルエットもはっきりしてくる。


「目が覚めた?」

「…ジュ…ン?」

「そうだよ」


カラカラの喉からかすれた声が出るが、すぐさま肯定の返事が帰ってきて慌てて起き上がろうと身体に力を入れる。しかしジュリアンに軽く肩を抑えられるだけで失敗し、視線だけで彼を睨むように見上げれば、クスリと笑顔をこぼされてから、そっと背中に手を入れてゆっくり上体を起こすのを手伝ってくれた。


「大丈夫?」

「…うん。それより…無事、だったんだね。何が…あったの?」

「その前に少し水を飲んで。喉辛いでしょう」

「目が覚めて、探したんだけど…見つからなくて…」

「落ち着いて。大丈夫、もう大丈夫だから」

「そうだ!…り、リンクも…発動しな…」

「トーイ」


不安があふれるように声がこぼれる。しかし静かな声で名を呼ばれれば、パニックになりかけていた気持ちもスッと落ち着いていくような気がした。恐る恐ると言った態度で傍のジュリアンを見上げれば、傍の水差しからコップに水を移し、差し出してくれる。無言のまま素直に受け取りコクリと喉を潤せば、気づかないうちに大分喉が渇いていたようで、幾分か呼吸も楽になった。


「トーイは何処まで覚えてる?」


落ち着いたのを見計らって尋ねられたジュリアンの質問に、ザウアローレに追いかけられて、気が付いたらどこかから落ちて、川岸で目が覚めたことをつっかえながら口にする。リンクも発動した気がしたけれど、光の紐が見えなかったことを口にしたとき、ジュリアンが静かに目を伏せた。何かを迷っているのかまつ毛が震えているのが分かる。

その些細な仕草を見逃すほど、薄い付き合いではなくなってきた冬威は僅かに眉を寄せた。


「何?どうしたの?」

「…トーイ、今はリンク、発動する?」

「え?ちょっと待って。…リンク」


数度深呼吸してから気合いを入れて発動させてみれば、以前のようにしっかりとした光の紐が2人をつないだ。それを確認して無意識にホッと安堵のため息を吐いた冬威の手を、ジュリアンがそっと握る。普段とは違う行動に驚いて彼を見るが、ジュリアンは目を伏せたまま冬威を見ようとはしなかった。


「…何?どうしたの?さっきから何か言いたいことがあるならちゃんと言えよ?」


握られていない方の手を伸ばしてジュリアンの肩をつかむ。やっと視線をあげたジュリアンは、しばらく何やら考え込むようにしていたが小さく首を縦に振った。


「そうだね。君と僕はいわば一心同体」

「一心同体…」

「何?嫌なの?…じゃあ、運命共同体?」

「運命…いや、そうだね。良いよ。先を続けて」

「え…。…コホン。まぁいいや。とりあえず、目指すべき地、ペニキラを目指す仲間として、僕は君以外を簡単に信用は出来ないのではないかと今回の出来事で思ったんだ」

「何だか極端な気もするけど、確かにって頷ける点もあるかな。ザウアローレさん、最初の印象だとシャロンちゃんより良かったのに…あんな事するなんて思わなかった」

「日本は平和だ。そのノリではこの世界は乗り切れない。ザウアローレさんはあの国の軍所属。もしかしたら、あの国は僕らにとって敵となるのかもしれない」

「敵?でもなんで?俺たち何もしてないじゃないか」

「確かな理由は分からないけれど、幻と呼ばれるらしい『ペニキラ』の事はむやみやたらと口にしない方が良いのかもね。あの襲撃が彼女の意思だったのか、軍の、ひいては国の意思だったのかは定かではないけれど、過ぎてしまったことは仕方ない。よって、僕はトーイの事を第一に考えて行動することにする。そして君に隠し事はしない。…出来るだけ」

「そこは『絶対』って言い切ろうぜ?」


あえて茶化すような発言や声の調子を選んでいるのか、普段のまじめなジュリアンとは少し違い笑みを誘う。小さく肩を揺らして笑いだした冬威にジュリアンも笑顔を向けて肩をつかんでいる冬威の手に、もう片方の自分の手をそっと重ねた。


「ふふっ。…さぁ、今はもう少し休んだほうが良い。もうひと眠りすれば、きっと体調も良くなるよ」

「そういえば、あの水何か入ってたのかな?」

「気になるだろうけど、話し出すと長くなるからね。今は我慢して、体を休めて」


話を聞きたいとも思うのだが、ジュリアンに押されるままに再びベッドに横になれば、彼と出会えた安心からか瞼がすぐに重くなる。暫くは気合いで起きてジュリアンに話を振って会話を続けていたが、次第にそれもとぎれとぎれになり、眠りに落ちてしまった。


「…トーイ…。眠ったみたいだね」


布団から飛び出している冬威の手をそっと中にしまうと、子供をあやすようにポンポンと布団を叩く。そして椅子の背もたれに身体を寄りかからせて、ドッグダグのように首に下げていたギルドカードを服の下から引っ張り出した。

荷物はすべて置いてきてしまったが、ペニキラから持ってきたジュリアンの剣と、お互いに「身分証兼お財布は超貴重品だから」と身に着けていたギルドカードだけは持ってくることが出来た。これが自分たちの全所有物だ。


そしてそれを操作して、自分のスキルを映し出す。


-献身【 「スケープゴート」「自己治癒強化」】-


新たに獲得したスキル。…いやスキル献身の中のスキルなので…なんと言えばいいのか分からない。

鑑定があるわけでは無いからどういった作用の物なのか分からないが、この力がどういったものなのかはある程度想像ができる。


「スケープゴート」はその名のとおり、身代わりになる事だろう。実際、先ほど冬威がリンクを発動してから頭が重い。おそらくこれは冬威が感じていた不調なのだと思えば、変わってあげられる事ができて決して辛くはないのだが。


「自己治癒強化」のほうも、その名の通りだろう。

冬威を見ていたが、いまのジュリアン程軽度では無かった気もする。


「ふぅ…」


ジュリアンは一度天井を仰いで息を深く吐き出した。丁度冬威はリンクを発動させたまま眠りについてるし、検証するには良いタイミングかもしれない。


カードの文字を指でなぞり、ジュリアンは椅子に座った姿勢のまま目を閉じた。



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