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075 堕ちる、そして落とされる【今回の一生は、比較的長い方だった】

今回の一生は、比較的長い方だった。

と、僕(俺、八月一日アコン)は思う。

記憶定着の睡眠の間に、再び旅立つなんてことも珍しく無かったのだから。


それにとても有意義な時間を過ごせたと断言できる。

久方ぶりに同郷の言葉で会話が出来て、耳が、口が、心の奥が、嬉しさに震えた。

強制的に旅立ってから、もうどれほどの月日が過ぎたのだろうか。最後に、部室メンバーと会話をしてどれほどの時間が経っているのだろうか。

もっと長く、彼の居るこの地で生きたいと思うのも仕方がない事だろう。


だから。


此処で終わってしまうのはとても残念だ。


濁流に飲まれながらも、必死に抱え込んでいた命を浅い方へと押し出す。

君は生きろ。

君だけは…



**********



「ん…」


ふと意識が浮上して、一番最初に水の流れる音が耳に届いた。水辺の近くに居るのだろうか?と、霞掛かった思考で考えながら、冬威は重い瞼を上げる。

辺りはぼんやりと薄暗い。空を見れば、夜と朝の中間のような濃い紺色の空色だった。

此処はどこだ?どうしてここに?と思うと同時に直前の出来事を思い出して、一気に目が覚めた。


「ジュン!」


自分はどうやら、川岸に打ち上げられる恰好で倒れていたようだ。水に浸かっていた下半身は当然の事ながら、頭の先からずぶぬれのようで、川に落ちて運よく此処に引っかかったのだと思われる。

そして一緒に居たはずの相棒の名を呼びながらあたりを見渡すが、それらしい人影は傍に見えない。焦って立ち上がろうと体を起こすが、ずっしりと重く、服が水を吸っているだけではない動き難さが残っていた。


「何なんだよいったい…くそっ!」


何とか立ち上がり、高くなった視線でもう一度周囲を窺う。そしてふと気づいた。先ほどより、暗さが増してきている。


「もしかして日没!?追いかけられてたの明け方だったのに、もうそんなに時間経ってんのかよ!」


どうやら森の中を流れる川のようで、目の前は少しばかり開けているが、その奥はうっそうと茂る木々がさらに暗い闇を広げていた。

クルリと反転して、森に背を向ければ、川幅が5メートルほどはある大きな川。流されて来たのだとしたらまだ川のどこかにジュリアンもいるかもしれないと、確証も無いのに強い不安と焦りに駆られて数歩川の中に足を進める。


“バシャバシャ…”


サラサラというよりは、まるで雨が降った後のようにゴウゴウと流れていく水に、今の状態では足をすくわれそうでこれ以上進むことが出来ない。その場に立ち尽くした冬威は、水にぬれた寒さと、辺りが暗くなっていく不安と、そして初めてこの世界で孤独になる現状に、身体がカタカタと震えだした。


「ジュン…ジュリアン、何処に…。お、思い出せ。…俺だってジュンと一緒に逃げていたんだ。記憶をたどって、いつ別れたのかを思い出せば…」


その場で立ち尽くしたまま、記憶をたどる作業に集中するために目を伏せた。


あの時。

追いかけてくるザウアローレとクロから必死で逃げていた。見た感じの印象ではあの首輪に意志を奪われて、彼女の命令に嫌々従っているようだ。

追い込む速度も、攻撃の威力も、本来の物とは程遠い。それはクロ自身は首輪に抵抗している事の証明に思えた。クエスト中にクロの本当の動きを見たことがあったためそう感じたのだが、ザウアローレは分からなかったのか、それでもいいと思ったのか、とても気分がよさそうに笑っていたのを覚えている。

しかし、クロが持つ本来の力ではないとしても踏み出す1歩は大きかったし、繰り出す一撃は切れ味抜群で、ジュリアンと冬威に小さくも無数の怪我を負わせた。


頭がフラフラしてまっすぐ立つことすら困難な冬威に肩を貸して、一生懸命に前へ進むジュリアンだったが、今まで使っていた門は正反対の東側だった。そのために、地図上で崖があることを確認していただけの西側のエリアは実は踏み入ったことが無かった。

何処へ向かえばいいのか全く分からず、追われるままに前に走っていくしかない。シロがタイミングを合わせて攻撃を逸らしたりしてくれているおかげで、走れなくなるような傷はつかなかったが、ゴールのない鬼ごっこは圧倒的にジュリアンたちに不利だった。


決して速くはない追走を振りきれず、何処をどうやって逃げたのか定かではない。重い頭ではまるで考えられずジュリアンの声と引かれる力に従っていたのだけ覚えている。ただ、突然やってきた浮遊感と、冬威の名を呼ぶジュリアンの声に「あ、落ちてる?」とぼんやりと思った気もする。


「確か逃げてる間に、毒だったらやばいって言われて…リンクを発動すれば効果が移動…あ!リンク!そうだ、リンクを発動すれば…」


光がジュリアンと自分を繋げてくれるかもしれない。


「り、リンク!発動!」


縋る思いで発動させる。発動時の独特な機械の起動音のようなものは鳴ったのだが、光の紐がまったく見えない。グルグルとその場で回って懸命に探すが、チラリとも視界に入らずに焦りがさらに募る。


「何で!?…発動…はしているはず…だよな?でも見えない…ってどういう事?」


そういえば、一度限りなく紐が細くなったことがあった。つい最近の出来事だったのでふと思い出すが、あの時彼に何があったのか、詳細な部分は今一つはっきりしていなかった。

ただ、森に入って多少無茶して、ちょっとばかし危険だったというだけ。


「生きてる…よな?…発動…してるもんな…」


落ち着かせようと声を出すが、あまり効果は発揮していない様で、震える体を押さえてもまったく落ち着く様子を見せない。もう焦りに任せて叫びだしたい衝動に駆られた。


と、その時、強い風が“ビュウ”と吹き抜け、その後の一拍無音状態になる。何かを感じて背を向けていた森の方へ身体を反転させて身構えれば、もうだいぶ暗くなってきた森の奥から声が聞こえてきた。


「ほう。本当に人が居たか。…名を名乗れ」


偉そうな物言いに僅かに眉を寄せるが、今はそれを気にしている場合ではない。

仲間と思っていた人、ザウアローレに追いかかけられた。彼女が属していたあの魔獣部隊も、もしかしたらグルで敵かもしれない。

彼女が何を思い悩んでいたかなんて知らない冬威は、他者を信じることに僅かな恐怖を感じていた。

だから、声の主がさらに言葉を続けなければ、彼はその場に黙って立ち尽くしていただろう。


「…喋れぬのか?それとも探し人とは別人か。…まぁいい。お前で違うならもう望みは無いと、ジュリアンに…」

「ジュリアン!?俺、冬威だ!トーイさざ…(あ。苗字は無しの方がいいんだっけ?)いや、ただのトーイ。ジュリアンって、金髪で俺と同じくらいの男のこと!?」


声はすれども姿は見えない。そんな森の闇に向かって被せ気味に返事をすれば、クツクツと笑い声が聞こえてきた。


「ターゲットを発見。捕縛する」

「え?」


捕縛?もしかしてまずった?とぼんやり考えた冬威だったが、闇の中にフッと現れた人影に驚く間もなく首筋に衝撃を受けて、再び意識を手放した。

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