069 王都、そして旅【幻の地から来た人間】
幻の地から来た人間という事で、何やら研究機関にでも送られるのかと警戒した2人だったが、理由はいたって単純だった。目的地に行くために、通過地点として王都を通って欲しいという事らしい。
「今、場所によっては戦争をしている地域もあるから、人の行き来を管理しているんだ。だから、一度王都へ行って、国を渡る手続きをしなくてはならない」
「なるほど。ビザの発行ですね」
「ビザ?…君たちの国にも同じような制度があったのか?」
「ありまし…」
「ありませんよ。ペニキラは島国で、ほかに国なんて存在していませんでしたから。ただ、貴族の地域…まぁ、大体の場所では農民の数が税に関係してきますから、気軽に旅は出来ませんでしたね」
冬威の返答にかぶせるように、ジュリアンが発言をした。それを聞いて、日本の事を話しそうだった自分に少しばかり慌てる。しかし、ヘレンは「そうなのか」と納得をして広げた地図に再び視線を落とした。
「調査の結果、あの陣が発動したエリアがここから東北に行った獣人たちの国、アカアカを越えた海のあたりだという事が分かった」
「アカアカ?」
「国名だ。…もっとも、数年前までは小さな集落があるだけだったのだが。色々と問題があって国が立つことが決まった時、地域名として呼ばれていた名称がそのまま国名となったんだ。まぁ、誕生した生まれてまだ若い国だから、私たちの国『ファルザカルラ国』とはちょっと違った感じがするかもしれんが」
「でも何となく獣人って感じがする」
「え?トーイそれってどういう事?」
「ゲームとかだとさ、獣人キャラって原住民っぽいっていうか、パワーはあるけど頭は弱いっていうか…」
「…え?今までの会話のどこに、そんなイメージを覚えたの?」
「え。同じ言葉を繰り返すとこ?」
「なぜ…」
「トーイ殿、今は良いがこの先発言には気を付けられよ?」
「あ、はい」
気を付けたほうが良い事は確かだろうが、笑みをこぼしながらのヘレンの言葉にはあまり説得力が無かった。片手を口元に充てて笑みをこらえていた彼女は軽く咳払いをして気を取り直す。が、浮かんだ笑みは完全に消すには衝撃が強すぎたらしい。ソファーに座るヘレンの後ろから、立っていたコーダが先をつなげた。
「まぁ、気持ちは分かるよ。俺も同じような事考えていた事あるし。確かに、彼らは個人のパワーが俺たち純粋な人間とはケタ違いだ。俺はこれでも筋肉には自信があるんだが、相手が獣人だとどうしてもなぁ…。ケモノと混じっているというだけはある。だが、その変わり…というわけでは無いのかもしれないが、寿命は人間よりは短い傾向にあるな」
「平均寿命が?具体的には、どれほどですか?」
「人間が50歳まで生きるとしたら、獣人は40歳くらいまで、といったところだろうか。ただ、最近は治療魔法も研究がすすめられているから、寿命は延びている傾向にある。…よな?」
「何で俺を見ながら言うんですか、コーダ」
「確かそうだったな、と思って。間違ってたら悪いしな。それにこういうのはお前の分野だろ?エリック」
「こういった情報は新聞でも出回るのですから、把握していてもらわないと困るんだけれど」
見たまんま脳筋らしいコーダをエリックが呆れた表情で見つめた。和気あいあいとした目の前のやり取りに視線を向けながら冬威は少しだけジュリアンに上体を傾けて近づく。
「50歳って、寿命が50って事で良いんだよね?」
クスクスと笑いながらも、ヘレンはこちらをまっすぐ見ている。しかし後ろのコーダとエリックのやり取りの会話が大きいおかげで、何を言っているのかは分からない様子だった。
でも野球でだって試合中の作戦会議はグローブで口元を隠すのだ。口を読まれてはたまらないと、考え込むように片手を口に当てれば、フッと唐突に親友の夏輝を思い出した。
冬威が居なくなって、地球ではどれほどの時間が流れただろうか。春香は元気に…いや、元気じゃないな。とりあえず生存しているだろうか。手遅れになっていないだろうか。心配だ。不安だ。でも…
シンミリしそうになる気持ちを強引に切り替えながら、いつの間にか大切な相棒で心の支えになっている前世同郷の隣の彼をチラリとみれば、ジュリアンもヘレンを一瞥し、堂々と顔を冬威に向けた。
「そうだね。そういう意味で言ったと思うよ」
あれ?何となく内緒話にした方が良いかと思ったのだけど。よくよく考えれば彼女たちがペニキラに行くわけじゃないし、日本の事だとバレなければ構わないのか?
ジュリアンが今現在冬威と会話を続けることを隠さないならば、と、冬威も手を下ろして顔を彼に向けた。
「…短くね?」
「それは君の…いや、あの場所が恵まれていた証だね。生まれた場所によっては生きる事すら困難な地域もあったはずだ」
「そっか。同じ地球でも、子供が成長するのが大変な地域もあるんだもんな」
「そうです。それに、一昔前の話では、寿命は50いけば大往生と言われた時代もありました」
「この国は、今が成長期って事なのか?」
「発展した、先進国を知っているとそう考えられますね」
一応声量は控えめを維持した。ヘレンはこちらを観察するように見つめているが、会話に口をはさむことはしない。まぁ、聞かれたとしても答えるつもりはないのだけれど。
いい加減話を進めてほしくて、ジュリアンはいまだ会話を続けるエリックとコーダを見つめるが、彼らは言い合いに夢中でジュリアンの視線に気づかない。ヘレンは依然として2人を見つめるのみで動く気配が見られなければ、自分で話を戻すしかないだろう。はぁ、と小さく息を吐き、先ほどヘレンがしたようにジュリアンは手を2度ほど打ち鳴らした。
パッと音の方を見た2人の視線がジュリアンに突き刺さる。
「お話の先を、伺いたいのですが。…もしかして、もう終わりですか?」
「あ、そうだったな。すまない…」
向けられた視線を受けてこちらもジッと視線を向けていたコーダとエリックでは無く、対面に座っていたヘレンがハッとした様子で誤った。コーダは気にした様子もなく、豪快に笑うと視線を地図に落とし、エリックもばつが悪そうに視線をそらす
そしてそのまま話が再開された。
「王都は王都と言われるだけあって、色々なものが集まっている。交通の便もまた然り」
「なるほど。ひょいと山を越えられれば、楽なのですけどね」
ぶっちゃけてしまうと、王都へ向かうと遠回りなのだ。なんなら徒歩で山を越えて隣の国に入った方が、距離を短縮できる。地図上では。
しかし、そうは出来ない異世界の事情というものがあるようで。
「紹介状を用意しよう。出発は君たちの都合に合わせてもらって構わないよ」
ヘレンたちからしてみれば、冬威たちの帰還は急ぐ事案ではないのだ。時間は多めに取っても構わないと言われても、こちらにはそうはいかない事情がある。
「では準備を済ませたらすぐに…」
「まって、1日は様子を見よう」
「何で!?」
「長い旅になる。必要なものを厳選して、用意しておかなくては。ここの様に、力を貸してくれる人が居るとは限らないんだよ?」
「う…じゃあ、いつ出発するの?」
急がば回れ。
急いでいるときこそ、慎重に。
少しばかり考え込んだジュリアンは、冬威を見て、ヘレンを見て、彼女の後ろに立っている2人を見てから足元のシロたちを見る。
冬威は衣類を買いそろえただろうか?着替えは最低でも3着は欲しい。ヘレンが用意してくれるといった紹介状は、書面であればすぐに書き上げることが出来るだろうから良いとして。魔獣部隊として遠征もこなしているだろう隊員の2人に持ち物の事を尋ねてみても良いかもしれない。
旅になるならば、シロたちの餌もどうにかするべきだ。自分で狩ってきて…くれるかもな。クロは。
そして静かに口を開く。
「3日後にしよう。たとえ天候が悪くても、出発は3日後。それでいい?」
「…うん。分かった」
このペアのブレインはもうすでにジュリアンなのだ。彼が決めたらよほどの事が無い限りそれに従うという心構えが出来ていた。




