067 王都、そして旅【あぁ、帰ってきた】
「あぁ、帰ってきた。なんだやっぱり参加していたんじゃないか」
やっと森を抜て町に戻り、ギルドに戻る前に魔獣部隊の本部に行って報告を一応しておこうとした冬威とジュリアンは、町の門をくぐって中に入った時に聞き覚えのある声がかけられた。そちらに視線を向けた冬威は、眼鏡をかけてひょろりとした体躯の男性を見つけて、表情を和らげた。
「エリックさん!」
彼はこの場所に呼び出されたとき陣の側に居た、魔獣部隊の男性の1人だった。あの時と同じようにローブを身にまとっていて、パッと見兵士には見えない彼は、名を呼んだ冬威の方へ歩み寄りつつ、周囲をキョロキョロと見渡す。シャロンを見て軽く会釈するが、そのあとも少し周囲を見て首を傾げたが、すぐに目の前の3人に視線を固定した。
「いやぁ、お知らせしたいことがあってちょっと魔獣部隊の本部の方に来てもらおうと思ってたんだ。冒険者ギルドに確認したらクエスト中だって言われたけど、この作戦の参加者リストには載ってなかったよね。でも君たちが受けたクエストの側が作戦エリアの側だったから巻き込まれたんじゃないかと思って、様子見がてら迎えに行こうかと思っていた所だったんだよ。…ところで、彼が連れてるのは…」
ゆっくりと歩み寄りながら要件を伝えるが、さすが魔獣部隊隊員とでもいうべきだろうか。視界を巡らせた際に気づいていたのだろうジュリアンの後をついてくる2体の魔獣に、興味はすぐさまそちらに移ってしまったようだ。
「あぁ、シロとクロだってさ。シロはこっち来た時もいたから、覚えてますよね?クロの方は…気づいたら一緒に居たんですよ。その話もこの後ゆっくりしてもらう予定です」
エリックの視線を追うように振り返れば、ちょうどジュリアンが隣に並んだ。足元で停止した魔物たちも、腰を下ろしてエリックを見上げる。シロは「久しぶり」というように尻尾を振り、クロは「難だ貴様は」と問いかけるように目を細めピシリと一度尾を地面に打ち付けた。
「フフッ。やっぱりジュリアン君、魔獣部隊でやっていける素質があるよ。普通契約が結べるのは1体だけなんだよ?それを2体同時になんて…」
「え?あの…契約はしていないのですが」
「まさか!そんな事は不可能だ。魔物は同種以外の存在にはとても攻撃的なんだよ?」
「でもこっち来たとき、シロはただ単純についてきただけだって説明したよな?むしろ、俺たちが召喚に巻き込まれたんじゃないか?って言ってたじゃん」
最初のコンタクトで色々説明したはずだ。そう考えて冬威は尋ね返すが、エリックは良く分からない推測を立てていた。
「確かに、俺らが使う契約の紋はついていないし、明確なつながりも確認できない。だから俺らは考えたんだ。君は幻の地からやってきた、幻の力を操るもの。契約者と魔獣、お互いに深くつながる、別の方法があるんだろう、とね!」
「いや、何度も言うようですがそのような事は…」
「君だって自覚がないだけかもしれないだろう?どうだい?ちょっと俺に実験させてよ」
「なんだか怖いのでお断りします」
グダグダと同じようなやり取りが続きそうだと感じたシャロンがむぅと口をとがらせた。この町にいて魔獣部隊を知らない人はいない。その中でトップに近い所に居るエリックが突然現れたことに驚いていた様子だったが、しばらくやり取りを見ていて緊張もほぐれたようだ。
「あのぉ。用事あるなら早くしてくれません?移動するならしますけどぉ、私もそこには必要ですかぁ?」
「そういえば、君は冒険者ギルドから派遣されたメンバーだね?」
「シャロンですぅ」
「始めまして、俺は魔獣部隊のエリックだよ。君のこの後の用事は?」
「ギルドで討伐した魔獣の清算ですよぉ。お金は生活に欠かせませんし」
「なるほど。では、行ってもらって構わないよ。彼らに聞かせたいのは一応軍事機密に引っかかるような気がするから」
「気がするって…曖昧ですね」
「…それと、ちょっと聞きたいんだけれど」
「なんですぅ?」
「何ですか?」
そう問いかけておいてから、もう一度周囲を見渡したエリック。じっくり周囲の人をみて誰かを探している様子に冬威はピンと来て人差し指を立てた。
「あ!ローレさん!」
報告に行った方が良いと思っていたこともあり、冬威はこの場でエリックに簡単に説明した。
森の中で竜に出会い、追いかけられた。そのあとザウアローレが助けてくれたが、彼女は竜を探して一人で森に行ってしまった。
詳細は端折って…と思ったが、説明してみれば結局全部話してしまった形になった。秘密にするようなこともないし、そんな事してないし。
「なるほど、彼女はパートナーが居ないからね。その行動も分かるけれど、最優先の任務がなんであるか、忘れてしまっているようだ」
これは罰を与えるべきかな?とつぶやいているエリックに冬威は1歩近づく。
「助けに行かなくて大丈夫なんですか!?ローレさんは幼体って言ってたけど、結構スピードあったし、1人で対処するの大変だと思うんですけど!」
「そうだね。本当に竜が出現していたら、そうだろうね」
「本当に出現していたら…って、どういう事ですか?」
エリックの返事に引っ掛かるものを感じた冬威は眉を寄せる。
視線をクロに落としたジュリアンは会話に積極的に混ざる気はないようで、足にすり寄ってきたシロの頭に手を伸ばして優しく撫で始めた。
「此処には魔獣部隊がある。いくら契約で縛っているとはいえ、魔物たちも生きているんだ。体調が悪い時もあるし、イライラしているときもある。たまに脱走したり、モノに当たってストレス解消とかも、珍しくはないんだよ。そういう場合に他の人間に迷惑がかからないように、ここら一体には強力な感知魔法が敷いてあるんだ」
「感知魔法?」
「そう。ただ、この魔法は人間に害を及ぼそうとしている魔物の意志、または行動の結果人間が傷ついてしまった時にだけ反応するというシンプルなつくりで、人間の悪事には反応しない。…ちょっと話がずれたけど、君たちを襲ったのは確かに竜だったのかもしれないけど、この魔法には引っ掛からなかったんだ」
「え?…それって…怪我をするような攻撃をする意思が無かった?」
「おそらく。しっかり魔法は起動しているのを毎日確認しているから、大事にはなっていないよ。それが今も続いているようだから…彼女は危機的状況に落ちてはいない。それに、もしかしたら竜も、どこかに行ってしまっているかもしれないね。森はとても、静かだし」
一度視線を森に向けたエリック。どことなくその表情は険しく、何を考えているのかはうかがい知れない。
「エリックさんは、捕まえようと思わないの?」
此処でジュリアンが顔を上げた。竜は種族としても強力で、ザウアローレの様に部隊に引き込みたいと思う人間が居ても不思議ではない。そんな疑問を浮かべた彼と視線を合わせて、エリックは困ったように笑った。
「そりゃ、戦力になるから欲しいけれど。でも…竜は強い分、意志も強いんだ。知能が高いっていうか。それに、仲間意識もかなり強い。そんな彼らに、無理やり契約を強いるのは、むしろ自殺行為に近いんだよ」
「…なるほど」
この場で待っていても彼女が出てくる気配はない。心配ではあるが、何かあれば彼女自身緊急連絡が出せるはずらしい。
とりあえず要件を先にかたずけさせてくれ、というエリックの言葉に従って、ジュリアンと冬威は魔獣部隊本部へ、シャロンは冒険者ギルドへと向かう事にした。




