066 シロ、そしてクロ【レッドラインの討伐作戦】
レッドラインの討伐作戦は、多少ゴタゴタがあったものの、あらかた例年通りに終わったようだ。ランクが上の冒険者たちの指示に従って、冬威たちは森を抜けて町のそばまで帰ってきていた。
途中までは戦いの話をしながら並んで歩いていたシャロンは今、ほかの冒険者と報酬の話をしているのか少し前のチームの冒険者と話をしていて、冬威も「剣術が上乗せされたおかげで結構いい動きが出来た」と、実践しながら見せてくれていたが、先ほどの感覚を忘れないように少し離れた場所を歩きながら素振りを繰り返している。そのため必然的にジュリアンと距離が開いて、彼のそばには2体の魔物のみ。それもジュリアンに追従する仕草を見せていることで、一応冒険者に敵とは思われてはいないようだ。この町には魔獣部隊もいる事から、人間のそばに居る魔物という存在に寛大であるらしい。
ゆっくりと歩きながら、そんな2人を後ろから眺めつつそばを歩く2体の魔物にだけ聞こえるように、ジュリアンは小さな声を零した。
「ねぇ、君が竜であるってことは、僕の大切な仲間には話しても良いんだよね?」
かすかな声を拾ったシロが耳をピクリと動かしてから、ジュリアンをはさんで反対側を歩いている黒い魔物をじっと見た。その視線を受けて黒い魔物は鼻をフンと鳴らしてから視線をジュリアンに上げ、念話を飛ばしてくる。
『お前の判断に任せる。もし今ここで真実を大声で叫んだとしてもどれほどの人間が信じるか分からんし、相手を屠るだけの力が我にはある。それに我は肉食だ。向かってくるモノは餌にしかならぬし、誰であろうと容赦はせぬ』
「うん、分かった。…でも何で僕をここに返してくれたの?君なら強引に何とかできるような気もしたけれど」
『何をたわけたことを。お前のためではなく、風の子をまもるためだ。我が把握している中で、唯一の存在であるぞ?それを訳も分からぬ人間のそばにポツンと置いておくなどできるはずがない。お主を葬って安全な場所に保護することも考えたが、そんな事をしたら風の子が悲しむであろう?それに、人間の一生はあっという間だ、我の時間のうちの少しくらい人間に付き合うのも、別に悪くはないと思ったまで』
飛んでくる声は竜の姿で聞いたものと同じなのに、見た目が黒い魔物…クロヒョウ…になっているだけで威圧感がぐんと下がる。色々考えてくれた結果、最善を選んでくれたと理解して、ありがとうと口にした。
ポツンと歩いていた自分のそばに近寄る気配を感じて顔を上げれば、冬威が足を止めてジュリアンを待っている。確認は済んだのか、満足したのか、再びジュリアンの横に並び立った。
「そういえば、ザウアローレさんはどうしたの?姿が見えないけれど」
途中で植物から手を放したジュリアンは、彼女の存在を見失っていた。冬威の様に強いつながりがあるわけでもないし、いなくなったらいなくなったで別に構わないと思っているその気持ちもあり、意識して探そうとも思っていないのも原因ではあるようなのだが。
ジュリアンの質問を受けて、きょとんとしていた冬威はすぐさま顔色を変えた。アッ!と声を上げてから前に居るシャロンを見て、再びジュリアンを見る。そのあとで周囲をキョロキョロと見渡してから、少し声を潜めて口を開いた。
「あのな、ジュンと別れたあと、森の中ですごい奴に出会ったんだよ!」
「すごい奴?」
「…驚くなよ?なんと、竜が居たんだ!」
「あぁ…。…あ。え?」
そこまでは植物のおかげで情報を得ている。「あぁ、竜だったのか」と考えておざなりな返事を返してしまった後で、そういえば竜には自分も出会ったぞ?と驚いた声を上げれば、ジュリアンの力を把握していない冬威は時間差で驚いたのだと勘違いして特に怪しむことは無かった。
「追いかけられて、必死に逃げてたのをローレさんに救われたんだ」
「それで…彼女は?」
「捕まえる!って言って1人で森の中に行っちゃった」
「1人で!?…大丈夫なの?」
「竜は強いから、魔獣部隊として活躍していて慣れてる自分が適任だ、って言ってたよ。それに竜は強いから、へたに冒険者とひきあわせると無駄な犠牲がでかねないって」
「そうなんだ。…じゃあ、誰かに報告するなんてことは…しなくていいの?」
「…たぶん。…そこが良く分からないんだ。ローレさん1人で行っちゃったから、魔獣部隊の誰かに応援頼んだ方がいいのかな?とも思ったんだけど」
「何も言われなかったの?」
「周囲を見てくる!とだけ…あ!もしかしてあそこらへんで待ってた方が良かったのか!?」
「いや、大丈夫でしょう。…たぶん。彼女だって馬鹿ではないんだ。その場に居なければ戦闘で移動したか、先に帰ったと思う…と思う」
「そうだよな。それにもしかしたら、すでに魔獣部隊に連絡入れてたりするかもしれないし。そんな魔法があるのか知らないけれど」
「そうだね。とりあえず、今この冒険者の誰かに報告する必要はないって事だね」
「あぁ」
助けを求めるべきか一瞬焦り、でも彼女は大丈夫と言っていたから、下手に行動しないほうが良いのだろうと結論付ければ幾分か落ち着いてきた様子。少しだけ顔を寄せて、内緒話するようにニヤリと笑った。
「コーダさんが乗ってたみたいな、格好いい竜だった。でも…ローレさんの話だと、幼体だったらしい」
「ようたい…子供って事?」
『なんだと?』
チラリと足元を歩く黒い魔物を一瞥。会話に念話で割りこんだ黒い魔物の声はジュリアンにしか届いていない。
「そう。なんでも、竜って魔法が上手なはずなのに、使ってこなかった。それは子供で、まだ魔法の制御が上手くないからなんだって」
「へ、へぇ…」
『馬鹿言うな!おぬしらの側に風の子が居た故攻撃をしなかっただけだ!』
不機嫌そうにグルグルとのどを鳴らす黒い魔物。それに気づいて冬威もちらりと魔物を見るが、軽く首を傾げて、すぐにジュリアンに視線を戻す。
「でも、本当に幼体だったの?サイズは?」
「大きかったけど…必死こいて逃げてたからなぁ。背中向けてたし、あまりよく分からなかった。でも…うーん、これくらいは…いや、このあたりの木を切断してたし…3メートルくらいはあったかなぁ?」
『おい小僧、風魔法で飛び上がっていた分もおぬしの計算に入っているのだろうなぁ!?』
ずっと前を向いていた黒い魔物…竜が変化した個体…はこの時点で視線を冬威に上げた。金の瞳でまっすぐ睨むが、考え込むように腕を組んでいた冬威は気づかずに目を伏せている。
「じゃあ、コーダさんの竜と比較するとどっちが大きい?」
「そりゃ、断然コーダさんの方だったよ!」
「…ほんとに?」
「あぁ!それは間違いない」
『そいつはまだ成長期でバカでかくなるしか能がない奴ではないだろうな!竜は姿形を変化、変身させることが出来て一人前ぞ!?』
ギャンギャンと反論しているのだが、念話の為に冬威に届くことはない。なぜ自分に声を届けるのだ?と不思議に思うがジュリアンは培ったスルースキルで態度や表情に出すことは無かった。
すると冬威が、やっと視線を戻してジュリアンを見て、そのあとで足元の黒い魔物に向ける。
「それとさ、そいつ、どうしたの?」
今までのやり取りで、竜であると打ち明けていい物か迷ったジュリアンは、周囲の目と耳も気になる事だし…と、サラリと嘘をつくことにした。
「かわいいだろ?シロがいつの間にか仲良くなったみたいでさ。猫…じゃないな。ヒョウとか、虎ベースの魔物だと思うんだけど、詳しくは図鑑を見比べないとちょっと…。…名前はクロだよ。シロとクロ。2体が傍にいるなら、世話見てあげようかと思って」
穏やかに微笑むジュリアンに、冬威は「見たまんまだな」という言葉を飲み込んで
「へぇ。まぁ、覚えやすいな!」
と答えた。
改行に関してご意見をいただいたのですが…改善されてない気がする!
見づらくてすいません…




