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065 シロ、そしてクロ【「トーイ、右!」】

「トーイ、右!」

「うおっしゃぁ!」

「シャロンさん、背後から来てます!」

「むぅ!ウィンドカッター!えいっ!」


目をつぶって俯いているジュリアンの適格な指示に従って、身体をひねりながら冬威はブオンと風を切る音を響かせて剣を凪げば、こちらに向かって口を大きく開き襲い掛かろうとしていた魔物の口を竹を割るようにまっすぐ切断する。もう鮮血が飛び散る一撃にもなれたもので、地面に魔物が倒れるのを最後まで見届ける前に再び剣をしっかり構えた。シャロンも目の前の敵に夢中になり過ぎていたが、余裕をもってジュリアンの指示が飛んできたおかげで不意を突かれることもなく冷静に対処し、敵を打ち取っていく。


「よっし。…残りは!?」

「こちらをターゲットにしている魔物は半径100メートル内に3体。それ以外はベテラン冒険者が対応している。…あぁ、来るよ。右斜め後ろ、イノシシ型のグリーンボア、サイズは中で2メートル弱。攻撃範囲内侵入まであと30秒」

「っし!」

「続けて挟み込むように右手側面からブルーベア接近。サイズは小で1.5メートル、接触はほぼ同時」

「小さい奴は私が!」

「任せた、シャロンちゃん!…くらえ、ジュンのおかげで上乗せされた俺の剣術!!」


踏まれる下草のサイズで魔物の種類を、1歩を踏み出す大きさで位置やサイズを瞬時に計算してはじき出し、魔物のタイプを正確に冬威に伝えれば、冬威はそれを疑うことなく受け入れて剣を振るう。初めの頃は胡散臭そうな顔をしていたシャロンも、数回続けば信じざるを得ない。かなり激しい戦闘になっているというのに、ジュリアンは最初に立っていた場所に膝をついていて顔を上げる事すらしていない。攻撃が近距離をかすめても逃げようとしないのだ。そんな彼を守っているのが、シロと、新たにジュリアンにくっついている黒い魔物だった。

連携しているようでいてそうでもなかった魔物を危なげなく切り伏せると、もう身に沁みついた癖の様に剣を中心に持ってきて構え、サッと視線だけで周囲を確認する。


「何処だ、Last 1(ラスイチ)!」

「もう終了だよ」

「え?」


最初に言われた個体数は3体で、2体しかやっていないと思うが、とジュリアンに説明を求めようと振り返って納得した。黒い魔物が大きなグリーンボアの首筋に噛み付いていて、見ている前で“ドシン”と大きな音をたてて地に倒したのだ。それを確認してからスッと顔を上げたジュリアンは、紫の瞳をまっすぐ冬威に向けた。


「ここら一体の討伐は終了だ。こちらを害す気がある魔物はもう居ない様だよ」

「…はぁ~。緊張した。それにしても適格なナビをサンキューな。まだ自分の事でいっぱいいっぱいだから、情報をもらえるととっても助かる」

「私も…その…助かりました。先ほどは…えっと…足手まといだなんて言って…」


兵士であることを疑い、戦闘能力があることを疑っていたシャロン。しかし、戦闘の中、敵が周囲を囲んでいる状態で仲間を信じてじっとその場を動かないなんて、普通の冒険者に出来るものではない。現に、シャロン自身は到底できない。そう考え直して、少し前までの自分の判断は間違いであると結論付けた様だった。モジモジとしながらも謝罪を述べようとする彼女を、ジュリアンは穏やかな視線で見守る。決してせかしたり、遮ったりせずに「ごめんなさい」と彼女の口から言葉が出ると、それは優しく笑って見せた。


「っ!」


彼の笑顔に“ボンッ!”と音がしそうなほど急激に顔を赤く染めるシャロンだったが、ジュリアンはそれに気づいていないのか気にした様子もなく口を開く。


「いいえ、貴方の判断は正しいです。僕は兵士でありながら、一般人だったトーイに戦闘能力は及ばない。それは僕のスキルの大半が支援系であることも関係しています。見習いという下っ端だったという事実を含めても、情けない限りです」

「(支援…あれ?そうだったっけ?)」

「あのでも…その…心構えは立派というか、ジュリアンさんのおかげで私も楽が出来たっていうか…」

「お役に立てたなら良かった。怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫ですぅ!!あ!ほかのチームの様子みてきますぅ!」


何をどうして焦っているのか、きょとんとしているジュリアンは彼女の態度についていけていない様子。シャロンはくるりと身体を反転させて、人の声がする方に走っていった。その背中を見送りながら、冬威はそっと声を潜める。


「ねぇ、まわりを見てるのって超聴力だろ?音だけで詳しくわかっちゃうなんて…結構使い勝手いいかもなぁ」

「え?あぁ、うん。今の僕は戦えないからね、少しでも君のサポートになれば、と思って研究してたんだ」


本当は周囲を探っていたのはジュリアンが前世から引き継いでもっている力、植物を介する、いわゆるユニークスキルだ。だが、それを教えるべきか否かは判断しかねて曖昧に誤魔化しながら立ち上がると、地面についていたために汚れた膝を軽く払う。すると足元に戦闘中ずっと彼を守っていたシロが駆け寄ってきた。黒い魔物は相変わらず首筋に噛み付いたままだが、視線だけでこちらを見ている。ジュリアンはシロを撫でるべくもう一度身をかがめた。


「よしよし、シロ、良い子だね。お前たちもありがとう。おかげで安全にトーイの支援が出来たよ」

「クーン!」

「グルルル」


苦笑いを浮かべつつ剣をしまいながら、ブンブンと尻尾を振って砂埃を巻き上げているシロを撫でているジュリアンに近づいて、冬威は彼の頬に傷があることに気づいた。薄く小さな傷は見た通り浅いようで、僅かに血がにじむ程度のもの。放っておいても数日で治るものだろう。しかし、こんな傷をおったにも関わらず、ジュリアンは戦闘中一度も顔を上げることは無かった。それは自分の視力すら上乗せされるようにとあえて目をつむっていたからだ。確かにそのおかげで遠くから駆けてくる敵の姿ははっきり見えた。指示を出すために声はジュリアンも使っていたが、それはまったく戦闘に必要がないため上乗せする必要もないと判断したのだろう。周囲の確認の為に聴力もジュリアン自身が使っていたようだが、指示する声が自分の耳に届けばそれだけで冬威は満足に動けた。でも、怪我をしたという事は、冬威が頑張っても、シロたちが周囲を固めていても、それを抜ける一撃があったという事。それでも自身を守ってくれる存在を信じて、冬威の勝利を信じてくれた。


確認したわけでは無いから、これは冬威の勝手な妄想で独りよがりかもしれない。しかし、この思考にたどり着いたとき、得も言われぬ嬉しさが身体を突き抜けた。

そのあとでハッと、ジュリアンと別れた時のことを思い出す。冒険者が心配だから、と口では言いながら、魔物との戦闘という状況にわくわくして、彼をおいて飛び出してしまった。シャロンも何か言い捨てたようで、彼女は先ほど謝っていた。

盛り上がった気分は一気にしおれて、シュンとした顔でジュリアンを見た。


「…なぁ、ジュン」

「ん?…トーイもお疲れさま。本当に、無事でよかったよ。僕あの後凄い…」

「っ!…ごめん!」

「え?」


リンクで体が思うように動かなかった、いきなり竜が現れた、それにすごく心配した。言いたいことは山ほどあったが、謝りながら頭を下げる冬威に驚いてシロを撫でていた手が止まった。

それを見ていた黒い魔物がフンと鼻を鳴らして視線をそらした。

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