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064 シロ、そしてクロ【森の奥はどうなっているのか】

森の奥はどうなっているのか。慌てて駆けだそうとした冬威を引き留めてくれた冒険者の男性に尋ねれば、作戦活動中で大勢の冒険者が戦闘中のはず、とのこと。


「だが、時間的に…そろそろ制圧されていてもおかしくないんだが。どうなったかなぁ?」

「今回はイレギュラーが多かったからな。…俺らもこれから残党狩りだ」

「本来なら俺たちのランクでも問題なく活躍できる予定だったんだが、少し上方向に修正されてな」

「ガツガツ活躍できてがっぽり稼げる予定だったのによぉ」

「でも端に移動させてくれたおかげで危ない怪我も無かったんだから」


残党狩など物騒な言葉を使っているが、表情はかなり明るい。あとは本当に簡単な仕事があるだけなのだろう。しかしそれとは対照的に、冬威はこの先に進んでも危険は少ない事を確認するとパッと身をひるがえした。が、それを俊敏な速度で察知した冒険者が再び素早い動きで進路をふさぐ。


「おい!話聞いてたか!?」

「ちょっと、トーイさん!どこ行くんですかぁ!?」

「ジュンが居る!何かあったに違いない!」


冬威が再び森の奥を見ているのに気付いて、とっさに足止めした冒険者の男性の仲間達が少し慌てた様子で近づいた。ワラワラと冬威を囲んで包囲網を完成させていく。シャロンも驚いた様子で駆け寄ってきてから口を開いた。


「でもそっち、森の奥ですよ!?彼は外に置いてきたんじゃなかったですかぁ!」

「作戦中なら下手に近づくと危ないぜ!?それに勘違いじゃないのか?こんな所から離れた仲間が分かるなんて…」

「確かにこっちに居るんだ!」

「なんでそう断言できるわけ?」

「それは…いいから、こっちなんだよ!」

「お前…もしかして、探索持ちか?」


進行方向に壁を作っている冒険者の一人が、冬威の声に眉を寄せた。ぽつりとつぶやいた言葉は、隣に居た冒険者の仲間と、当然シャロンにも届く。冬威の耳にも入ったが、重要ではないと考えてあえて流した。


「とにかく行くから。俺は大丈夫だから。シャロンちゃんも無理してついてくる必要はないから!なんなら此処に残っていてくれ!」

「ちょっ!!」


クンッと崩れるように体重を落として、前に踏み出そうと体を倒す。それにつられて反応した冒険者たちを確認するより先に、サッカー部で培った足さばきで軽いフェイントをかければ、あっさりつられた冒険者のディフェンスをさらりと抜けて、大きく一歩を踏み出し、駆け出した。慌てて追いすがるべく振り返るが、その背中はすでに手が届かない距離を開けていた。呆然と見送りかけたシャロンがハッとすれば、思い出したかのように足を動かして冬威を追いかけ始める。


「もう!観察対象を放置するなんて、そんな事できるわけないじゃないですかぁ!」




まっすぐ伸びる光の紐を道しるべにして、冬威は迷うことなくまっすぐにジュリアンを目指した。シャロンもブツブツ言いながら追いかけてくる。最初に森に入った時の様に、つかず離れずをキープして冬威を追走していた。気が付けば荒くなってしまっていた呼吸は元に戻っていて、少し身体が重く、怠く感じていた身体も元に戻っている。先ほどとは逆に状態が良くなっている。それに合わせて細くなってしまっていた光の紐も、最初に見たくらいの太さに戻っていた。イレギュラーがあったようだが、今はそれがもとに戻っているとみて間違いない様だ。


何が起きていたのか。それでももとに戻ったという事実に知らず知らずのうちに安堵のため息が漏れた。と、一瞬光りが強く輝く。冬威とジュリアン以外の目には映らない光のため、他の誰も気づかない。しかし確かに強くなった光は、光の紐が強く、そしてしっかりと相手の存在を伝えてくるような頼もしい感じを伝えてきた。

ジュリアンの身に何があったのか心配していた冬威だが、一瞬の輝きが心を落ち着かせる作用でもあったのか、焦りは次第に落ち着いてきていた。

それでもまっすぐ光を追いかけ、道なき道を突っ走る。と、密集している木々の葉が身体に当たり、頬を薄く裂いた。しかし冬威は気づかない。瞬く間に逆再生するかの如く、傷が消えて行っていることに。


「リンク解除して!」


どれくらい彼に近づいたのか、ただ前を目指して走っていた冬威に、聞きなれた声が届いた。話しかける風ではないのだが、誰かに聞かせるためにその単語を発しただけ。しかし誰がその言葉を発したのかの確認する必要もなく、冬威は立ち止まって散々使っていた剣の柄を強く握った。そして…


「リンク解除!」


今までずっと発動していたスキルを解除した。心強くもあった確かな繋がりが淡い輝きを散らして消えていく。完全に途切れる前に横の草むらがガサリと動き、別れたばかりの金の髪が躍り出た。驚いたシャロンが声を上げるが、彼は気にせず武器を振るう。


「はっ!」


立ち止まった冬威の前を通り過ぎながら、右手を動かす。するとジュリアンが握っていた剣が“ギィィイン”と高い金属音を響かせて何かをはじいた。大型の魔物の爪のようだ。クマのような巨体でありながら、その動きは俊敏で、軽やかなバックステップで背後の草むらに身を潜めてしまう。ここで初めて、冬威は周りに魔獣が居る事に気づき、腰を落として剣を構えた。


「悪ぃ、油断した」


ちょっと前までビビりまくっていた戦闘初心者とは思えない。鋭く周囲を見渡して、現状把握に努めようとするその姿勢は、立派な戦士、冒険者だ。…まぁ、初心者っぽさはまだ抜けきっていないけれど。


「最後まで気を抜かないで。もうすぐ終わるみたいだけど、まだ残ってるやつは弱い個体じゃないよ」

「オーケー、任せろ!…で、かけなおしていい?」


2人で協力して魔物を倒そうと思ってリンク解除をお願いしたのだが、冬威は自分が前に出たいようだ。やる気満々のその表情に、ジュリアンは仕方ないな、と言った様子で笑った。

そして再びリンクが発動されれば、眩しいほどに明るい光の紐が出現し、これが2人以外の誰にも見えていないらしいことが不思議で仕方ない。


「トーイ、僕の全てを君に上乗せする。自分の限界を探してごらん?」

「良いの!?…いや、でもそれだと無防備になるじゃん。俺ジュン守りながら戦闘とか無理なんだけど」

「心配いらない。強力なボディーガードがついてるからね」

「へ?」


そう言って笑ったジュリアンが落とした視線の先には、白い毛並みの犬『シロ』と、初めて見る、黒い毛並みに金の瞳のクロヒョウのような魔物が居た。

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