063 シロ、そしてクロ【「こっちはあらかた】
「こっちはあらかた倒し終わったぞ!」
茂みの向こうから男性の声が聞こえる。剣を握っていた冬威はその声にハッと顔を上げて声の方を振り返った。金属製の最低限の部分を防御するアーマーを着ているモンクのような男性で、彼のほかにも数名のチームメイトが居た。いや、パーティーメンバーというべきだろう。彼らは、ザウアローレが一人で竜と対峙するという話を必死に引き留めている最中に、空から降ってきた炎…のようなものに襲われて、呆然としていた時に合流した冒険者のグループだった。
簡単に話を聞いた所、今回のレッドラインの討伐作戦は例年よりてこずっているらしい。魔物の種類はさほど変わりは無いのだが、数が多く、全体的に各個体のパワーが強くなっているらしかった。
「何?魔物の種類に変化はないと?」
「あぁ。ただ、結構大きくなってるやつが多くてな。少しもたついてるんだ」
「あぁなるほどぉ。体躯が大きくなるだけで討伐推奨ランクが上がる奴もいますからねぇ」
「あれ?でも俺たち…」
竜と遭遇したのは冬威たち3人だけだと言うのか?だとしたら情報を提供するべきだと口をはさんだ冬威の肩を強めにザウアローレが掴む。走った痛みに思わず眉を寄せて口を閉ざし彼女を見れば、ザウアローレは冬威を見てはおらずに冒険者との会話を強引につづけた。
「私は魔獣部隊所属の軍人で冒険者ではないのだが、助太刀しても問題無いだろうか?」
「本来ならばご遠慮願うところだが、今回は…正直言うと助かる。でも報酬とかは…」
「いや、そこは求めていない。様子が普段と違うように感じて少し心配していたのだ。冒険者も私にとっては守るべき対象、それにこれは冒険者たちの仕事だ。横から入ってきて報酬を寄越せなんて言ったりしないさ」
「そいつはありがたい」
男性の冒険者は軽く会釈をして感謝を述べた。しかし、それを聞いていたシャロンは一歩前にでて口をとがらせる。
「ちょっとまって、じゃあ私は?冒険者ですけど報酬の話はどうなってます?」
「なんだ、シャロンか。何処のグループに誘われても断ってたソロのお前が、パーティー組むなんて珍しいな」
「いや、彼女は軍人だって言ってるし、パーティーって訳でもないんじゃねぇの?」
「…今はそんな事どうでも良いでしょう?報酬の話をしているんですぅ」
「シャロン、お前最初に参加者登録してないだろう?だとしたら…無しって訳ではないだろうが、本来の依頼書に記載されている額は保証されねぇだろう」
「まぁ、仕方ない…か。大型の個体倒して売るしかないかなぁ」
報酬の件を合流した冒険者たちと話し込むシャロンを横目に、冬威はいぜんとして肩に手を置いているザウアローレに向かって小さな声で話しかけた。
「なぁ、竜の事、話さなくていいわけ?確かに攻撃を直接受けたわけじゃないけど、遭遇した時にどうしたらいいかとか、教えといたほうが良いんじゃないの?」
冬威が考えているのは人命が第一。追いかけられた体験もかなり恐怖だったことから、必要な装備を教えておくべきでは?という意味を込めてみるが、ザウアローレは小さく首を横に振った。
「だめだ。竜種はたとえ幼体でも十分な装備の素材となる。下手に竜種の事を話せば、みんながこぞって討伐に行くだろう。しかし幼くとも竜は竜。簡単に倒せるものでは無い。下手に情報を流すと余計な犠牲が出かねない。ここは魔物の専門部隊である私たちが迅速に対処する必要がある」
本音は「冒険者に貴重な竜種を横取りされるわけにはいかない。殺される前に捕獲しなくては」という気持ち。しかし、それっぽく語れば納得できる内容に聞こえ、疑う事をしない冬威は「そうかもしれない」と素直に頷いた。
「じゃあ、こんなところに居ないで一度部隊に戻った方が良いんじゃないの?仲間呼んでくるとかさ」
「いや、大丈夫だ。幼体の相手をした事はある。下手に時間をかけて町に侵入されたりするとマズイ」
この冒険者チームに遭遇した時は彼らも戦闘の途中だったこともあり、討伐の手伝いをしたのだ。しかしあらかた片付いた今、もうこの場所に留まる理由はない。ザウアローレは一度ぐるりと周囲を見渡してから半歩身を引いた。
「私は少し周囲を見てくる。必要であれば軍に支援も願い出ておこう」
「そうかい。それは助かるが、でもそこまで辛い仕事じゃなかったから、できれば軍の人は町を見ていてくれると助かるんだが」
「それは大丈夫だろう。町の巡回も仕事の一つ。冒険者たちの打ち漏らしが迫っても、私たちが町の人間に被害が出る前に払えるだろう」
「そいつはありがてぇな」
では。と小さく挨拶をしてザウアローレは竜と遭遇したあたりに向かって真っすぐ走っていった。周囲を見てくるとは言ったが、何処に行こうとしているのか分かっている冬威とシャロンは特に意味もなく顔を見合わせて肩をすくめる。冒険者達と報酬の話をしていたシャロンは、ひと段落ついたのかススッと冬威に近づいてきて声を潜めた。
「上手い事言いましたよねぇ」
「え?ローレさんの事?」
「そうですよぉ。私は竜なんて相手にしたこと無いから、軍の人に丸投げするつもりで口はさみませんでしたけど、どうしても冒険者に狩られる前に軍に引き込みたいんですねぇ」
「でもまぁ、別に良いんじゃないの?殺しちゃうの可哀そうだし」
「何言ってるんですかぁ!?竜ですよ?軍の人が上手く囲えなかったらどれだけ被害が出るかわかってるんですかぁ?」
「ご、ごめん。竜って見たこと無かったからなじみが無くて…」
間延びしている口調のせいであまり怖くはないが、顔は真剣に言葉を紡ぐシャロンに冬威は簡単に考えていたと自覚して頭を下げて謝罪した。それを見てフンと鼻を鳴らすだけにとどめたシャロンは一度大きくため息を吐いてから髪を耳にかける。
「で、どうするんです?この後。あっちのチームに合流するのか、それとも別行動して…そうですね、ザウアローレさんのところ行きます?」
「ローレさんの方は…たぶん足手まといになる気がする。もう少し彼らについていって…」
戦闘の経験を積みたい。と思った冬威だったが、ふと気が付いた時には身体が疲労を訴え始め、今も肩で息をしている状態だった。あれ?おかしい。今の今まで全然大丈夫だったのに。ハッとして首元に手を当ててから視線をぐるりと回して光の紐を探す。
「なっ!…なん…で…?」
キラキラとまるで命綱の様にジュリアンと冬威をつないでいたそれは、今はまるで蜘蛛の糸。かなり細くなってしまっているのにやっと気づいた。
「どうしました?何か問題でも?」
「い、いや…」
冬威の光の糸は首から伸びているため、正直うなじ側に光が伸びていると視界に入らないため意識からすっぽ抜けてしまっていて、リンクを発動させていた事も途中ですっかり忘れてしまっていた。今まであまりこのスキルを使った事は無かったけれど、ここまで細く頼りなさげになったことはない。
「ジュン?」
「まて、何処に行くつもりだ!?」
「え…、あの、森の前で仲間が待ってるんだ。だから…」
「そっちは奥だ、森の奥。町の方へ行くなら逆方向だぜ」
「逆?…え?逆?森の奥…に居るのか?」
慌てて光の先が向かう方向を振り返り走り出そうとすれば、冒険者の1人が慌てた様子で制止した。どうやら光が向かう先は何故か森の奥。最初に森に入ってきた、町の方向とは逆へ向かっているようだった。




