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062 牙、そして刃【餌として運ばれているなら】

餌として運ばれているなら聞いてもらえないだろうというダメ元で『気分が悪いので下ろしてほしい』とお願いしてみると、竜は素直にその言葉を聞き入れてくれた。ジュリアンは少しばかり呆気にとられたが、逃走防止のためか少し飛んだ先にあった岩山の頂上に降ろされた事で、逃がす気はないのだと理解する。

視線を落として自分の腕を見れば、そこから光の紐が伸びているのが分かるが、距離が開いたせいか今まで見たどの光の紐よりも細く、まるで蜘蛛の糸のような頼りなさげなものになってしまっているのに気付いた。


「(そういえば、呼吸もそんなにつらくないな。もしかして距離が開いたせいでリンクが弱くなってしまったのだろうか。…いや、むしろ結構離れた気がするのに、切れていないこのスキルが凄いと驚くべきなのだろうか?)」


冬威、大丈夫かな。いや、かれだってもう庇護下に置かれる子供じゃないんだ。

もしかして自分は過保護すぎるのだろうか。

彼はまだ未成年だけれど、自分で考えることが出来る頭があるはず。自分で考え、自分で行動が出来るはずなのだ。

久しぶりに同郷の人間に出会い、日本語を扱ったせいでテンションがおかしくなっていたのかも。

おせっかい焼き過ぎかだろうか。


そんなことを考えて自嘲気味に息を吐き出したジュリアンに、横からものすごい勢いで白い塊が突っ込んできた。


「グフッ!ちょっと落ちる!!…って、シロ!?なんでこんなところに居るの!?」

「ワンワン!」


尻尾をパタパタと降っているその犬は間違いなくシロだった。冬威を追いかけてくれ、とお願いして傍には居なかったはずだし、竜に高速で運ばれている最中で普通に犬の足では追いつくことなど出来ないはずなのに。甘えるようにジュリアンの足に身体全体を擦り付けるシロにフッと表情を緩めて、シロに触れるべく膝を折って姿勢を低くした。そして両手を広げれば、その胸に飛びつくようにシロが飛び込んでくる。


「シロ…おまえ、俺を追いかけてきてくれたの?」

「クーン!」

「…ありがとう。でも…どうやって此処まで…」

『なんだ、お前知らなかったのか』

「えっ」


ワシャワシャと豪快に白い毛並みを撫でまわしていると、傍にいた竜が驚いたような声を出した。パッとそちらを振り返れば、ぱちくりと瞬きをする竜の視線とぶつかる。


「…知らなかったとは?いったい…」

『この“風の子”の事だ』

「風の子?シロ…が?」


子供は風の子元気な子?なんて、おそらく全然関係ない事を心の中でつぶやきながら呆然とした表情のまま視線をシロに移した。押し倒す勢いでじゃれついてパタパタと元気よく尻尾を振る姿はまさに「ご主人様撫でて!」とでも言っているワンコにしか見えないのだけれど。


「それってどういう…」

『本当に分かっていないようだな。風の子、とはこの子が“フェンリル”の子という意味だ』

「…ん?え?…フェンリル…?」

『そうだ。我、竜とその子フェンリルは昔はよく拮抗する強力な存在として知られたものだったらしい。鋭い咢で何物にも食らいつく“竜の牙”。そして風を操り何もかもを切り裂く“刃のフェンリル”。どうだ?聞いたことはないか?』

「竜と、フェンリル…か。龍虎では無いんですね」

『龍虎?…なんだ、人間の世界では正確な歴史の伝承が途切れているのか?』


日本では竜の対になるのは虎だった気がするのだけれど。それにフェンリルって地球にもそんな名前がどっかの神話に出てきていたな。竜の説明を聞きながら、そんなことを思い出していた。


どうやらシロの種類はただの狼型の魔物ではなく、フェンリルという風をつかさどる精霊級のレアモンスターだったらしい。精霊級なるものがどれほどレアなのかは分からないが、その存在は竜に匹敵するほどに希少で、強力とのこと。しかし、まだ魔王が存在し人間をはじめとする地上の生物を虐げていた頃に、竜とともに世界を守るために立ち上がり、そして滅んでしまったと言われていた。


『ゆえにフェンリルは今や伝説上の生き物で、幻であったとさえされているのだ』

「幻…じゃあ、シロ…じゃなくて、この子がフェンリルの子供って事は、僕たちが居た島には生き残りが居たって事なのか…?」

『フェンリルは普通の魔物と違い、強力な魔力溜りから生まれる精霊に近い。きっとこの風の子もそんな強い魔力が渦巻く場所から奇跡的に生まれたのだろう』

「奇跡的に?」

『そうだ。魔王が世界を滅ぼそうとしていた事実は今では物語のようなお話として語り継がれるだけであるが、それが我が生まれるさらに2000年以上前に実際に起こった事。そして当時の勇者と呼ばれる存在が魔王を屠った際にこの世界の魔力の流れは大幅に変わってしまったと聞いている』

「それは、その時代を生きた存在から直接聞いたって事?」

『そうだ。竜の寿命は長い個体で5000年。今でも探せば、当時を生きた竜に出会えるだろう。まぁ、年齢を重ねるごとに竜は力を増していく。そうなると迂闊に飛び回るだけで周囲の環境を破壊しかねないゆえに、存在を隠してしまうものだ。だから人間が見つけようと思って見つかるものでは無いがな』

「なるほど。それでその事件で魔力の流れが変わってしまったから、フェンリルが生まれなくなってしまったって事なのかな?」

『そうだ。フェンリルが生まれる聖なる地、風の渓谷と呼ばれるものが存在していた。風の精霊が生まれる地、強力な風の精霊が強力な風の魔力の流れを生み出し、そこからフェンリルが生まれるとされている』

「されている…そうか。あなたが生まれた時にはすでにフェンリルは…」

『滅んでいた。いや、滅んだとされていたのだ。しかし、今回、我は風の力を強く感じた。知らぬはずであるのに、なんとも懐かしい気配をな』


そういって竜は視線を顔ごとパタパタと元気に尻尾を振るシロに向けた。どういうわけか分からないが、奇跡的にフェンリルが復活した。それが何を意味するのか。


「…それで、これからどうするつもりなんですか?僕を連れて行くって事は…何か僕にしてほしい事があるとか?」


シロを撫でていた手を止めて視線を竜に向けてから再度目の前のシロを見つめる。分かっているのかいないのか、そのつぶらな瞳はジュリアンと一緒に居られることが単純に嬉しい様だ。


『特にしてもらいたいという事はない。ただ、その風の子がお前と一緒に居ることを望んだ。ゆえにわれらの巣に運ぶ事にした』

「巣?それは…竜たちの住処っていう事ですか」

『そうだ。人間どもに狩られ尽くされそうになった精霊や、魔物など、そのほかにも竜の一族が集まって暮らしている』


そんな場所があるのか。世界は広い。と単純に考えたジュリアンは、ハッとして自分の右腕、その服の下にある傷跡が変化した痣を押さえた。


「ダメだ!人間にとって知られてはいけない場所ならば、僕を連れて行ってはいけない」

『何故だ?』


きょとんとしている竜に、ジュリアンは真剣な顔を向ける。そして、どういうべきか…と数回口を開いて閉じて、を繰り返してから眉を寄せて少し表情を歪めた。


「僕の居場所は、今の状態ではとある人物には確実に知られてしまう。その事自体は悪い事ではないけれど、君たちにはマズイ状況になりかねない。そうだろう?」

『知られてしまう?それはいったいどういう事なのだ!?』

「えっと…」


リンクがいまだ発動している。つながっている光は細く頼りない物になっているが、切れたわけでは無い。時間がかかったとしても、冬威はジュリアンの元にたどり着くことが可能だ。冬威がジュリアンを探してくれるかは分からないが、自分は彼ら竜たちの秘密の場所に行かない方が良い。しかし、これをうまく説明が出来ず、ゴモゴモと言い澱むと、竜は驚いたように目を丸くしてから怒ったように目を細め、今まで飛んできた方向を振り返った。


『魂を縛っているのか。人間という奴はどこまで強欲な生き物なのか…』


何かを勘違いしているような気がするが、何がどう間違っているのか分からない。訂正するのも難しいと判断し、とりあえずジュリアンは曖昧に微笑むだけにとどめた。

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