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061 牙、そして刃【いい天気だ。】

いい天気だ。

空は青く、雲は…ちらほらと浮いている。ほぼ快晴と言ってもいいだろう。吹き抜ける風は少々冷たいけれど、揺れる木々は穏やかで視線を向ければ優しく木の葉を揺らして通り過ぎていくのが見える。深呼吸でも、と鼻から腹いっぱいに空気を吸い込めば、フレッシュでおいしい空気が肺に満ち、気温のせいで少し寒くなったけれど、びっくりするほど上がっていた心拍数を落ち着かせるのに役立った。


ただ、今現在腹部を圧迫されていて、息苦しさは解消されなかったけれど。あとこの高度のせいもあるのかもしれない。


「えっと…それで…あの…質問をしても…?…って、言葉通じてるのか??」


ジュリアンは散々現実逃避仕掛けた後で、視線を落として視界に入る山の様な体躯の黒い竜に声をかけた。

いや、視線は落としたというか、首は足先を見るように身体の方に傾けた。視線を下げたおかげで自分を銜えている竜の顔が見えるようになったわけだけれど、まるで餌を巣に運んでいるかのように仰向けのジュリアンをパクリとくわえて飛行を続けるこの状況、これは普通に「見下ろす」と表現してもいいのだろうか。


腹部には鋭い牙が接触しているが絶妙な力加減で肌どころか服を裂く事すらされていない。“今は”攻撃の意志が無いのだという事は分かったのだが、この後巣に運ばれて幼体の餌にでもされるのだろうか。



**********



あの森の縁で、整わない呼吸に苦しんでいたジュリアンは、地面に膝をついて楽な姿勢を維持しつつ、下草に触れて情報を集めながら自分の腕から伸びている光の筋をただじっと見つめていた。


「はぁ…はぁ…」


光の筋は少しずつ右に移動していっている。冬威がどれくらいジュリアンから離れたのかは触れている植物のおかげで知ることが出来るので、何やら大きな個体に追いかけられつつも結構な速度で移動しているのだという事も分かる。…いや、逃走しているという方が正しいのかもしれない。


「(助けに行かなきゃ。何かしないと。…でも…何が出来る?今の僕に)」


幸いなことに攻撃らしい攻撃は仕掛けられていないようだ。木々は遠慮なく伐採されているけれど、つかず離れずを維持している。今所持している武器は剣のみ。今の状態でなくても接近戦は避けるべきだろう。たとえ剣術があったとしても、経験もないしレベルが違う。最悪盾になる事くらいしか出来ないだろう。

かといって魔法は生活魔法しか使えないし、ほかに発動スキルは職人だったり戦闘にはあまり向かないものばかり。


「せめて…何か遠距離攻撃の方法が…あれば…」


荒い呼吸を繰り返しているせいで胸元が痛くなってきた。無駄な事と知りながら、シャツの首元に指を入れて、襟元を大きく肌蹴させる。それだけで少し息がしやすくなる気がするのだから、まったくの無駄というわけでもないんだろうけど。とりあえず今の自分にできることは、だれの邪魔にもならないようにここで待機している事だけなのかもしれない。少なくともリンクが切れるまでは無駄に動き回るのは冬威のためにもならない。


「結局、何もしないのが…一番なのかな…」


目を閉じる。そうすれば彼の視力が上がるから。苦しい息もあえてゆっくり深呼吸を繰り返す。少しでも彼の呼吸が楽になるように。地面に完全に尻をついて、リラックスできる体制を取れば、今自分にできる最善の策は完了だ。そういえば、体調はこちらに移ってくることを確認したが、怪我などはどうなのだろう?

外傷も移すことが出来るなら、冬威を1度だけ死から救う事が出来るのに。


「小さな傷から…試してみようかな…」


言葉を発することすらしないほうが良いのだろうが、少しくらいなら構わないよね。と、小さく息を吐き出した。そして視線を伏せたまま薄っすら開いた時、自分に影が落ちているのに気付く。手は胸元に充てていたため植物からの状況把握は途絶えていた。木が生えている場所まではたどり着けなかったから、まわりには背の高いものは無かったはず。それなのに、自分をすっぽりと覆い隠すほどの大きな影が…


「…っ!?」


一瞬ポカンとしてから、ハッとして顔を上げた。上空だ。何かが居る!

そう思って上げた視線がとらえたのは、こちらに噛み付かんばかりに大きく開かれた凶悪な口だった。


「(あ。終わった)」


鋭い牙がすさまじいスピードで迫り、驚きが強すぎて逆に冷静になれた。逃げるには気づくのが遅すぎた。時間が足りず、踏み込む足には力が入らない。ジュリアンは長いようで短かった今世に別れを告げた。



なのに。



**********



びゅんびゅんと景色が飛んでいく。もうどれほどあの森、あの町から離れたのか分からない。そしていい加減首が痛くなってきた。せめてうつ伏せの状態で運んでほしかった。逆ぞりって結構腰にくる。


「っ…」


あまり動かない方が良いと分かっていながら、楽な姿勢をとれないかと身じろぎしたとき、ギョロリと効果音が聞こえそうなほどしっかりと、竜の瞳が動いてジュリアンを見た。ビクリと肩を震わせて硬直すれば、僅かな振動が全身に伝わる。何事か!と思っていたが、喉を鳴らすようなグルルルという変な音の後に続いた言葉に、竜が笑っているのだと気づいた。


『変な奴よ。今まで何度か口で人間を運んだが、此処までおとなしい奴は初めてだ』


脳に直接響くような言葉。それはこの世界の言葉として喋っていたものでも、当然日本語でもないのだが、明確な文となって脳裏に刻まれる。ジュリアンは驚きながらも努めて笑顔を顔に張り付けて口を開いた。


「もう、抵抗なんて無駄かな?…って」


返事をしなければ、という意思で紡いだ言葉は、なぜか竜のツボにはまったらしい。

クツクツと笑いはじめれば、口にくわれられたままのジュリアンはがくがくと揺らされて、少し気分が悪くなった。

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