059 牙、そして刃【空気を引き裂くような】
空気を引き裂くような鳴き声を聞いて、ザウアローレはすぐさま身をひるがえした。森の中に行ってしまった冬威たちが心配だから、後を追うとジュリアンに言葉を残した気もするが、正直なところはっきりを何を言ったか覚えていなかった。
しかも少し前までは体調が悪そうな彼を心配していたのだが、そんな気持ちも簡単に吹き飛んでしまったのだ。
「(この鳴き声、もしや竜種が居るのか?)」
魔獣部隊に所属しているザウアローレだったが、パートナーとなる相手を見つけられずにいた。雑魚ともいわれる弱い個体すら手元に置けない現実に、周りの人間からは、
『きっとザウアローレは強すぎるから、バランスが釣り合っていないんだよ。コーダさんのパートナーみたいな種族としても力のある子だったら、契約はきっと出来るって』
という、当時はまったくなんとも思わなかった慰めの言葉を、今になって唐突に思い出したのだ。
体長の補佐官のコーダとも、それなりに交流があるから彼のパートナーである竜を見ることも隊員の中では多いほうだ。だから、森の中に響き渡ったこの声が、高確率で竜種のものであると分かったのだ。
「もし竜種だとしたら普通の冒険者では荷が重い。魔獣部隊で竜に慣れている者が居たほうが良いだろう。あぁついうっかり応援を呼ぶのを忘れてしまったな。…いや、大丈夫だ。きっと大丈夫」
走りながら思わず口からこぼれてしまった言葉は、確かに冒険者という人命を心配したものに聞こえただろう。しかしその内には「もしかしたら、最高のパートナーが得られるのでは」という欲にまみれた感情しか沸いていなかった。
そうだ。きっとこの日の為に、私はパートナーを得られなかった。
そうだ。そうに違いない。
全く確証のない事なのに、一度思い込んでしまったら止まらなかった。
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「おそらくもう少し奥地に行った場所に冒険者たちが設置した本部があるはずだ。だから2人は他の冒険者たちと合流するんだ。私はここであの竜を引き付ける」
根拠のない自信がザウアローレの胸の内には湧き上がっており、1人でもなんとかなると思い込んでいた。足はあの竜から離れるように動いているけれど、ザウアローレの足の速度はだんだんと落ちてきている。1人戻ろうとしているのが分かり、冬威は驚いた顔を浮かべてから必死に止めようと口を開いた。
「何言ってるんだよ!俺たち2人でも大変だったんだよ?確かにローレさんは強いんだろうけど、だからと言って1人でやるなんて無茶だよ!」
「私もそう思います!ちょっと無謀ってやつですよぉ」
「私なら大丈夫だ。何とかする」
「何とかって…」
「私は魔獣部隊として竜種の魔物とも触れ合ってきている。聞きたいのだけれど、あの竜種は、攻撃を仕掛けてきたかい?」
「攻撃って、見たでしょ!?俺たちあいつに超追いかけまわされて…」
「ちがうよ、だって実際怪我していないだろう?」
「はぇ?」
攻撃というか特攻しかされてない気がする。しかし、その特攻という突進が、少しでもかすめたら吹っ飛んで重症になりえる危険なものだった気もするのだけれども。
グルグルと考えている冬威をそのままにザウアローレは先を続けた。
「竜種は比較的大型のものが多い。そんな個体が自分の力だけで空を飛ぶのは難しいんだ」
「でも、飛んでましたよぉ?」
「そう。彼らはその巨体を浮かせるために魔法を使っているんだ。だから、彼らは魔法のコントロールが上手だし、攻撃のほとんどが魔法によるものとなるはず。それなのに、あの竜は追いかけることしかしなかった」
「…なんで?」
「そう思うだろう?…おそらくあの竜は幼体なのだ。だから、飛行に魔力を使う事は出来ても、それを攻撃として使う事がまだ出来ないに違いない」
「幼体って、すでにあの竜は結構な大きさがありましたけどぉ」
「大型種なのだろう。ここら辺に巣を作ったなど聞いていないから、なぜこのような場所に居るのか不思議だが…」
きっと神がめぐり合わせてくれたのだ。パートナーを欲したザウアローレに、幼体でありながらも高い戦闘能力をもつ黒い竜を。
この時の彼女は冷静さを欠いていた。
目の前に降ってわいたチャンスに目がくらみ、状況判断が出来ていなかった。竜は確かに魔法を使って2人を攻撃することはなかった。しかしただ飛んでいるだけの竜の翼がああも綺麗に木を切り倒すことなどできるはずがないのだ。あの竜は翼を広げ、その翼を覆うように風を纏っていた。それが飛行を可能にして、バターの様に木々を切断する破壊力を生み出していたのだ。
しかし、背を向けて逃げているだけだった冬威やシャロンはもちろんの事、一瞬だけ向き合ったのみのザウアローレもそのことには気づかない。
「上手く捕獲できれば、戦力アップにもなる。竜種は寿命が長い分繁殖力も高くない。それゆえに個体数も少ないのだ。あれを部隊に…」
もう歩き出しそうな速度まで落ちたペース。ザウアローレからもたらされる情報によって、冬威たちも「驚異ではあるがそこまで恐れる程ではないのかもしれない」と思い始めた時。
“ゴオォオオォオ…ッチュドーン”
ざわざわと肌を刺激する振動が3人に襲い掛かり、思わず足を止めたすぐ後ろを強い光がぶち抜いた。
「なっ!?」
身の危険を感じる程の高温を感じて慌てて飛びのき、傍の木の幹に隠れる。どうやら上から降ってきたらしいそれは、高威力のため根元が青く光っている炎だった。しかし強い熱を感じるにも関わらず、周りの植物が燃える気配はない。
「これは…どこから…」
メラメラと、まるで魔物の様に姿を揺らし、強い熱を放っていたが、エネルギーが切れたのか魔法の効果が過ぎたのか、まるで幻でもあるかのようにその炎はかき消えた。
音って、言葉にするの難しい(泣)




