005 誘拐、そして始まり【そう落ち込むなって】
新キャラ登場。
「そう落ち込むなって。あれは冬威のせいじゃないだろう?」
落ち込んだ様子でとぼとぼと歩く青年の名前は冬威。高校2年生のサッカー部。日焼けした髪はもともと黒だったのだが、傷んだ茶色に変わっていて、成長期途中という事もあり身長もまだまだ低め。それでもずいぶん大きくなったと自負しているけれど。
今学校は夏休み期間中なのだが、今日は他校との練習試合があり夏輝も応援に来てくれていたのだが最後の最後で負けてしまった。
そんな試合からの帰り道。隣に居る親友、夏輝がポンと俺の肩をたたきながら慰めてくれる。球児らしく短い髪は、野球部としては長さがある黒。しかし暑苦しいと思われがちのスポーツではあるが、夏輝は何処かすっきりとしていて女子にもモテる自慢の親友だ。…ちょっとだけ羨ましい。
「俺のせいじゃないって…でも俺があの時…」
「まったく、グダグダ悩むのは昔からの悪い癖だぞ?部活で反省会だってやってきたんだから、この悔しさを次に生かせばいいのさ」
「そう簡単に切り替えられたら苦労はしないって。それよりそっちはどうなんだよ夏輝、甲子園の最中じゃん。わざわざ来なくてもよかったのにさぁ」
「だってせっかく冬威の初レギュラー戦だろ。これは応援に行かなきゃってなるじゃんか」
甲子園はまだ予選の段階だが、順調に勝ち進んでいるわが校の野球部。今日の試合は夏輝が練習しているグラウンドから比較的近かったこともあり、練習後に顔を出してくれたのだ。最初から見たかったと言ってくれているが、最初の方は出ていなかったので問題ないと言っておいた。
そんな他愛もない会話をしながら家までの道を歩いていく。だいぶ日が傾いてきていて、影法師がまっすぐ伸びているのを見つめながら何時しか二人の間に会話が無くなっていた。暫くはショックから立ち直れなそうな落ち込みっぷりの冬威を見て「仕方ない奴だな」というような苦笑いを浮かべる夏輝だが、その眼には心配そうな色と気遣う様子が見て取れる。何か元気づけられるものはないだろうかとあたりを見渡して、とあるものを発見するとにやりと笑った。しかし視線を落としていた冬威はそれに気づかない。
「なぁ、冬威」
「ん?」
ぴたりと足を止めて冬威を呼ぶ夏輝の声に、冬威も足を止めて少し後ろに下がった位置にいる夏輝を振り返った。何となく真面目な顔をしていて、どうしたんだ?とも聞き返せないでいると、ダダダと何かが走る音が聞こえてくる。ハッとして振り返ろうとするが、後ろを振り向くよりも先に背中に強い衝撃が走った。
「…冬威!」
「うわ!」
名前を呼ばれながらも突然の衝撃に耐えるべく足に力を入れる。そしてバランスを保った後でバッと勢いよく振り返ると、そこに肩につくくらいの長さの髪を緩く内巻きにしている女の子の姿が居た。
「春香!あぶないだろう!?」
「うふふ、その顔はどうやら試合に負けちゃったみたいだね。私も応援行きたかったなぁ」
「春香もバレーの試合だったんだろ?仕方ないじゃん。で、どうだった?やっぱ負けた?」
バレー部でもある春香は昔から冬威よりも身長があり、すらりとしていてとてもかわいらしい。夏輝と並ぶとベストカップルに見えるのだが、2人は特に気にしていないと言っている。お友達最高。少し気になる冬威としては気になるところではあるけれど、変につついてこの関係が崩れるのも嫌だなんて思っているあたり、臆病なのかもしれない。
そんな事を考えていたら、質問された春香は冬威の言葉にムッとした表情をして見せた。
「なんで「負けた?」って聞くのよ。普通は「勝った?」でしょ?」
「あまりつついてやるな春香。冬威が負けたもんだから少々気がたってるんだよ」
「くそ~!みんな団体競技で良いチームメンバーにも恵まれてるのにどうして俺は負けたんだ!」
うがーっと叫ぶと夏輝と春香は「やっと少し元気になったみたいだ」と顔を見合わせてクスリと笑った。
3人もともと家が近く、小学生のころから同じ学校で同級生だったが中学に上がるまでは全く交流が無かった。この時点で少し春香に興味があった冬威が一方的に彼女を知っているというくらいだ。
そして中学でもそれぞれが各自好きな部活に入って全く接点のないまま終わるだろうと思っていたが、それが入学式を境に大きく変わった。苛めというほど大きなものではなかったが、少しからかわれていた子を春香が庇って、それを夏輝と冬威が援護したのだ。
地域の行事で姿を見たことはあったけれど、そこで初めてきちんとした会話を交わした3人は、それからがっつり仲良くなっていった。
かなり可愛いと評判で同性であっても囲まれるほど人気がある春香。
無駄なことはしゃべらないため寡黙で一匹狼というイメージがついている夏輝。
チャラいようでいて周りをしっかり見ている…ような見ていないような冬威。
パッと見ると全然違う3人なのだが、根本にある「わが道を行く」という性格が似通っているせいか、自分が「こうだ!」と決めたら突き進んでいくし、その間友達を放置しても「自分も同じことするし」と理解できる間柄なのだ。
「次は絶対勝つぜ。もうちょっとランニングの距離伸ばすかなぁ…」
「じゃあ俺も」
「え?何々?2人して特訓してるの?私も声かけてよ~」
そんな話で笑いあっていた時。
ふと蝉の声が止まっていることに気付いた。