058 牙、そして刃【金色に透き通って】
金色に透き通っているようにも感じたその瞳は、今は怒りからか真っ赤に染まって冬威たちを追いかけていた。1歩が大きく、簡単に人間の何十歩分もの距離を詰める。体躯も確かに大きいが、そいつの速度は身体の大きさだけではない。その背中の肩のあたりに2枚、腰のあたりに2枚、計4枚の蝙蝠のような翼。翼を広げ迫りくる姿は闇が迫ってくる様に見えてまさに恐怖。木々が生い茂っていてその巨体ではまっすぐに飛行するなんて不可能かと思いきや、まるでチェーンソーの様に木々をなぎ倒して追いかけてくる。
“ギャオー”
声に乗るのは間違いなく怒気だろう。鳴き声も低く、そして心臓を揺らすような恐ろしいものに感じる。言葉にして表すとまるで緊張感がなくなるのだが、ビリビリと空気を揺らすその鳴き声を、うまく表す言葉は見つけられない。擬音語とは難しい。
太陽の光を反射する黒い鱗に全身を覆われ、足には鋭い爪をもち、こちらを威嚇するように開かれた口には人間なんて簡単に切断されそうな鋭く長い牙が覗いていた。そのフォルムはトカゲのようで、それではない。
コーダが従えていた魔獣と同じ、竜だった。胴が長いタイプではなく、西洋風なドラゴンというべきか。
「はぁ…はぁ…っ!ミスト!」
定期的にシャロンが霧を発生させる魔法を使って竜をかく乱し、そいつの足の速度を緩める。
「はぁ…っくそ!」
冬威は少し前まではシャロンが魔法をつかうそのたびに木々を進行方向をふさぐように切り倒して時間を稼ごうとしていたが、羽をもつ相手に地面に障害物を置いても意味がないと早々に判断して逃げの一手を取っている。
出会いはとても静かだった。こちらに気づいていたらしい竜だったが、まっすぐ見つめるだけで何もしてはこなかった。ただ、その存在感という威圧で冬威たちを圧倒しているだけだったのだ。やつがこちらに敵意を見せたのは、とっさに魔物=敵という方程式が成り立ったシャロンの先制攻撃と、警戒から剣を抜いた冬威の剣が原因だった。
敵意を見せた瞬間に竜の目は赤く染まり、大きな鳴き声を上げて突進してきたのだ。
「シャロン!」
「…っく!」
もう名前に「ちゃん」を付ける余裕さえなくなった冬威は、ミストによって視界を一瞬遮られて原則した瞬間を狙ってシャロンの腕をひっつかみ、急な方向転換をかける。そして約90度折れ曲がってから、再び木々の間を駆け抜けた。
“ギャオー!!”
しかし、その折れ曲がった時から竜の顔は2人の方を向き続けている。目は見えなくても居場所が分かっているようなのだ。そしてそのまま一直線に道を作って再び追いかけ始めると、鬼ごっこが再開される。
「やっぱダメ!霧じゃ一瞬視界を遮るけれど、あいつ視力よりも嗅覚のほうがよさそうだわ!」
「くっそ、やっぱり何度も距離を放しても追いかけてきてるのはそれが原因か!やっぱり戦うしかないのか!?」
「無理よ!私のファイアーランスが当たっても、やけどどころか鱗が焦げることも無かった。あなたの剣術がどれほどのものか分からないけど、私の火魔法よりは攻撃力あると思えないわ!」
竜の目の色が変わった時の最初の突進。剣を構えてはいたものの、驚きと恐怖で迫ってくる巨体を見ている事しかできなかった冬威を助けたのはシャロンの一撃だった。これで確実に敵判定を受けたきもするが「なんで攻撃したんだよ!」なんてアホなセリフを吐くほど楽観視はしていない。
ファイアーランスはファイアーアローの上位に当たる術で、矢と槍の違いからも分かる通り、威力が桁違いに跳ね上がるそうだ。しかし、その分飛距離は落ちるが、中距離をカバーする強力な一撃であると言える。しかし、それをほぼ直撃で受けたにも関わらず、わずかにスピードが落ちただけで竜は足を止める事すらなかったのだ。わずかな時間ではあったが、その瞬間で身をひるがえし逃走を選んだ冬威は、あの時ポカンと立ち止まったままだったらやられていただろう。
「っく…じゃあ逃げるしかないのか!このまま走る続けるって?無理だよ!木に駆け上がるか?」
「羽があるから飛び上がられたら終わりよ!」
「そうだけどぉ!!」
「ワン!」
どれほど時間が経過していただろうか。何時間も走ったような気がするし、わずか数分しかたっていないようにも感じる。それほどまでに緊張していたし、必死だったのだ。すると、ここで今までおとなしくついてきていただけだったシロが一声鳴いて、2人の注意を引き付けた。
「何!?何かあった?」
「まさか、また何かいるの!?」
まだ言葉が話せるなんて案外余裕あるじゃないかなんて、パニック故にどうでも良い事を考えていれば、チラリとシロは視線を冬威に向けてグングンとスピードを上げて先頭に躍り出た。そして徐々に方向を左に修正していく。ここで冬威はハッとした。シロが向かっている先が、ジュリアンと冬威を繋ぐ光の紐が伸びている先なのだ。
「(そうだ!リンクしたままだったんだ…)シロ、そっちはダメだ!ジュンにモンスタートレイン仕掛けることになる!いまリンク発動中だから、あいつ、あんまり動けないんだぞ!」
なんとか別の方向へ方向転換させようと声をかける。もし竜が追いかけてきているのが冬威たち人間が理由だとしたら、シロから離れていけば良いだけの話なのだけれど、ここで仲間…ペット?…と離れるのは正直言って寂しいし心細い。ダメだ駄目だと言いながらも、冬威はシロの後を追いかけ続けた。
「ワン!ワンワン!」
走りながら数度鳴き、シロは大きな太い幹を持つ木の根元でグインと向きを変えた。
「えぇ!?そっち行くの!?」
慌てて後を追うべく右足に踏ん張りの力を入れた時。
「良く生きてしのいだ!明るくなるぞ!目をつむれ!」
雄々しいほどに心強い女性が逃げていた冬威とシャロンを竜からかばうようにその軌道上に割り込む。そして何かを思いっきり投げつけると、爆発音とともにあたりに目を焼くほどの光が満ちる。
“ギャァアァオオオォオ”
さすがにこれには効いたのか、竜はすさまじい地滑りのような音を立ててその場にやっと停止した。
「…はぁ…はぁ…っ、閃光弾…ですかぁ?」
「そうだ。完全に視力を奪えば軽くパニックになってくれる。しかも魔獣部隊特性の武器だから、臭い消し効果のある植物も入れている。これで完全にマークから外れることが出来るだろう。…さぁ、疲れてるだろうがもう少し走るぞ。今はまだ安全ではない。もう少し距離をはなさないと、再び追いかけられるはめになる」
「あ、ありがとうございます、ザウアローレさん…」
「ローレで良いよ」
フワリと笑ったザウアローレに、思わず顔が熱くなる。しかしこれは走り回って息が上がっているからだ、と自分に言い聞かせ、助けに来てくれたザウアローレにもう一度感謝の意を伝えてから冬威たちは再び走り出した。




