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055 パーティー、そしてレッドライン【「…」】

「…」


まるで映画のワンシーンのような光景に、思わず4人全員が絶句してしまった後、ジュリアンは視線をシャロンに向けた。


「普段もこんな感じなのですか?シャロンさん」

「えっと…そうね、討伐作戦中に森の木々が倒れるってことは珍しくはないわ」

「では、これも珍しい現象ではないと?」

「でも地震しらなかったじゃん」


鳥が飛び立ち、今なお砂埃が舞い上がっている遠くの地を見ていた冬威が、1歩踏み出した。


「行ってみよう!」


まさか、と想像した通りに行動した冬威に、ジュリアンは慌てて近づいてその腕をつかみ彼を止めた。ジュリアンの意志を尊重するかのように、シロも冬威の進路を妨げるような位置に出る。


「ちょっと待ってトーイ」

「何でだよ!俺らは冒険者だろ?ローレさんが動けないなら、俺たちが行くしかないじゃん」

「確かに、冒険者である僕らが動くのが一番面倒は無いんだろう。でも、僕たちは依頼も受けていないし、現状も分からない、下手に手を出して連携を崩す恐れもある」

「それだって、行ってみないと分からないじゃん!」

「トーイ!…僕らは最低ランク1の冒険者だ。特に君は実践も無いに等しい。それなのに大掛かりな作戦に突っ込んでいくのは危険だし、作戦を行っているチームにも迷惑になるよ!」


いつになく強気に駄々をこねる様子の冬威にフッと眉を寄せて普段とは違いはっきりとした物言いで引き留める。しかし、既にジュリアンを見ていない冬威は、もうもうと立ち込める森の方を見ていた。

今植物に触れれば、意識を森の中に飛ばすことでどれほどの魔物が暴れているのか、どういうった状況なのか把握することもできるだろう。しかし、ここは草原で、背丈の低い草が足元にあるだけ。腕をつかんで冬威を止めている状態では身をかがめる事が出来なかった。


「トーイ…」

「たとえばジュンはこれで誰か死んじゃっても気にしないわけ?」

「そんなことは思っていないけど…」

「じゃあ行こうよ!…これはチャンスだよ」

「チャンスだって?レッドラインの作戦はギルドで適したランクの冒険者を集めていたはずだよ」

「だとしても!イレギュラーなことは起こり得るだろう!?だから、リンクを使って戦うんだ。経験も積めるし、俺達が強くなれるいい機会だ」

「ゲームのイベントじゃないんだよ?それにリンク発動中じゃあ僕は戦えない!使用中は、僕まで戦闘に参加したら意味がないんだ。僕が使っている力は使えないんだから。検証しただろう?」


スキル検証中の事だ。

リンク中に剣術を使って打ち合いをしてみようとしたのだが、冬威のステータスに剣術は表示されるのに灰色になっているタイミングがあったらしい。その報告を受けて調べた結果、ジュリアンがもっているスキルをジュリアンが使っている時は、ステータスにスキルがあってもしようが出来ない、または著しく能力が低下するという事が分かった。熟練度によって差があるようだが、詳しい事はまだ検証中だ。

ジュリアンが必死に止めようとしているのだが、冬威は目をギラギラさせて危険に飛び込もうとしている。単純にゲームのような非現実的な世界を楽しんでいるという風ではない。表情もどこか固く、むっとしているようだ。と、ここで初めて冬威はジュリアンに顔を向ける。


「あらかた基礎はついたはず。後は実践をこなさないと、強くなれない」

「…」


何を言っても意志を曲げない冬威に軽く頭痛を覚えた。こんなに頑固な性格をしていただろうか?今まで一緒に居て、付き合いやすいタイプだとは思っていたけれど。

全てにおいて優先順位が決まっていて、その他はどうなろうと全く気にしないジュリアンだからこそ、こんな時でも冷静に考えて、危険な場所には近づかない、という判断が出来るのだ。

逆に冬威は優柔不断だ。一緒にこの世界に来た春香、自分の世界に残してきた夏輝、望みをかなえるためには自分が動かなくてはいけない。強くならなくてはいけない。たとえ知らない人間でも、傷つく事がとても怖い。

それでも。頑張った分だけ強くなるのが分かる今を楽しく感じてしまっている。


まるでファンタジーの世界のこの場所を、ゲームの様に感じてしまうのも事実で。


「ジュンが行かないなら、俺一人で行ってくる。リンク!」


前振りも無く突然にリンクを使いバッと腕を振るえば、停止していた腕力は冬威に上乗せされて簡単に振り払われてしまう。慌てて再び手を伸ばすが、それより先に冬威は駆け出してしまった。


「ト…もう!」


動けないわけではないが、足が震える。冬威が限界までジュリアンの力を奪い取っているのだ。自分の足を見下ろして喝を入れるように足を叩くが、感覚がなかなか戻ってこない。チッと舌打ちをすると、ジュリアンは顔を上げてシロを見た。


「シロ。トーイを追いかけてくれ。僕もすぐに行くから」

「クーン…」

「大丈夫、だから。ね?」


ジュリアンの言葉に一瞬こちらを心配するような顔をするが、コクリと頷いて身をひるがえした。


「どうしました?喧嘩ですか?」


横やりを入れずに見ていたシャロンが、1人残ったジュリアンに声をかける。その目はどこか険しいが、今は気にしている暇がない。


「…すいません。見苦しい場面をお見せしました」

「なに。知らない土地で色々と我慢して、うっぷんもたまっているのだろう」

「そうみたいです。今度しっかり不満を吐き出させてあげないと…。すいません、彼を追いかけてもらえませんか?」

「なぜです?貴方も後を追えばいいだけじゃないですか」


何となく冷たい言葉に顔をシャロンに向ける。彼女は今まで何度か話をしてきたし、ここ数日は一緒に行動もしていたが、ここまで冷ややかでは無かった気がする。シャロンは面倒臭そうに顔をしかめていたが、突然ハッとした表情になる。


「(足震えちゃって。もしかして怖いのかしら?兵士のクセに。ちゃんと冒険者がレッドライン守ってるはずだから、安全だって教えてあげたっていうのに。そういえば、ここでお金を稼ぐ時だって、一般人って言ってた彼の方にクエスト押し付けていたもの。もしかして上から目線の自己中野郎なのかしら。きっとそうだわ。…優しそうな外面に騙されるところだった。…あ!!そういえば、今はいい感じにバラケテくれてるじゃない。このタイミングで彼と接触しよう!)…仕方ありません。私が彼を追いかけるわ。ローレさんはジュリアンさんを見ていてあげて。大丈夫だと思うけど、ここだってレッドラインに近いし」

「うむ。分かった」

「僕もすぐ後を追います」


申し訳なさそうに声をかけるが、シャロンはジュリアンを見ずに身をひるがえした。


「どうでも良いですけど、足手まといはごめんですよ」


誰にともなしに彼女が呟いた言葉は、震える足、その膝が折れないように手でつかんでいるジュリアンにシッカリと聞こえていた。

言われた言葉を確かめるように、口の中で反芻するジュリアン。少しばかり可哀そうに思うが、正直なところシャロンと同じように感じていたザウアローレは慰めるでもなくその場で彼の様子を見ているだけだった。

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