053 パーティー、そしてレッドライン【順調にクエストを受注した後】
順調にクエストを受注した後、4人は即席パーティーとして登録してクエストをこなすべく森よりの草原に来ていた。これが日本だったら古き良き風景、といった感じなのだが、森というより密林のような木々の影の濃さに少しばかり圧倒される。
「あの森、あれで下位ランクしかいないって本当なの?」
思わずつぶやいたジュリアンの言葉をシャロンが拾う。
「確かに、比較的緑が多い深い森だけど、魔物が生息するのは自然の豊かさじゃなくて魔力の濃さだから。ここら辺は人間の活動領域が近い分、魔力の量も薄いみたいで。あなたも図書館で魔物について色々呼んでたでしょ?」
「あぁ、確かそんな説明書いてあったね。でも情報として入手するのと実際に見て確かめるのではだいぶ違うから、少し驚いたんだ」
そんなことを言いながら4人は足を止めた。森からは程よく離れた場所で、背の低い木々がまばらに生えている場所。地面は平らではなく、ボコボコと起伏があり、大小さまざまな岩も転がっている。傍の岩に身を隠す様に集まってからザウアローレが振り返った。
「さて、2人は初めての討伐依頼だったな」
「おう!今までは採集ばっかだったからな」
ペニキラの国では何度か討伐訓練もしたけれど、この国では初めてなことに変わりはない。ジュリアンは無言で、冬威の言葉に同意するように頷く。それを見てうなづき返したザウアローレは視線を森と岩の間の草原に向けた。
「スモールラットは初心者が狩るにはうってつけの、弱い魔物だ。反撃されても軽いけがで済むだろうから、安心して失敗すると良い」
「失敗って…」
「フフッ、力自体は弱いが、スモールラットは俊敏性が高く、危険察知能力も高いんだ。討伐依頼が来るのは、ラットを確実に仕留めるにはそれなりの俊敏性が必要なため、一般人だと難しい、という理由もある」
「そうじゃなかったら、個人で狩ったほうが安上がりですからね」
「安上がり…スモールラットって、売れるの?」
ポンと沸いた冬威の疑問の言葉にザウアローレは一瞬「は?」という顔をしたが、すぐに2人はこの国の住民ではないのだという事を思い出して誤魔化す様に咳ばらいをした。シャロンも一瞬目を見開いたが、ザウアローレよりは薄い反応のためゆっくり瞬きをするだけで誤魔化せている。
「スモールラットは食肉としてよく町の人に食べられているんだ」
「えぇ。冒険者たちも、その日の糧としてラットを狩り、食べたりします。雑食ではありますが、脂肪と筋肉を適度に体につけるので、臭みも少なく、いつも草原を駆けまわっているためにさっぱりとした味が人気です」
「なるほど。なんだかその説明だけ聞くと高級食材のような…」
「数が取れるからね。味もよく、出産のペースも早く子だくさんなんだ」
「なるほど」
需要と供給のバランスが保たれているのか。このままずっと話し込んでいるわけにもいかず、自分の腰の剣を確認したジュリアンは視線を草原に向けてから足元にすり寄るシロの頭を軽くポンポンと叩いた。
「ザウアローレさん、シャロンさん」
「何?」
「何かしら」
「一度手本を見せてもらえませんか?」
「手本?」
「なぜ?貴方は図鑑も見ていた。どういう魔物か、姿が分からなって事は無いでしょう?」
シャロンの疑問に視線を草原から彼女に向けながら、地面に膝をつく。そのまま右手でシロの頭をモフり、左手で地面に生い茂る草に触れた。
「確かに、知識としてなら脳内に溜めてあります。ですが、百聞は一見に如かず、というじゃないですか。手本を見せていただき、知識とデータを照らし合わせて、効率のいい狩の仕方を考えたいと思ったのです。…まぁ、女性に頼むのも、男として申し訳ないのですが」
お互いに顔を見合わせたシャロンとザウアローレは、軽く肩を竦めてからジュリアンの言葉を了承した。
「仕方ない。1匹だけ仕留めて見せてやる。…シャロン殿、おびき出しを手伝ってもらえないか?」
「あら?私の助けが必要かしら?」
「スピードを重視するなら手元まで追い立ててくれる人が必要だ。駆け回っても良いが、あまり離れすぎると見せる意味がなくなる」
「仕方ないわね」
2人揃って歩いていく後ろ姿を見送りながら、冬威はチラリとジュリアンを見た。視線は女性2人の背中に向けられているが、地面の葉を撫でるようにしながら膝を地面についている姿勢に、良く見えないんじゃないか?と首を傾げる。
しかし、何も言う前にジュリアンは顔を上げて冬威を見た。
「敵を確定する」
「…は?」
「耳は複数の生物の存在をとらえている。だが、どれがスモールラットか分からない。だから、彼女たちが追う音を記憶する。それがスモールラットの足音だ」
「…は?」
小さい声で言われた言葉。最初は意味が分からず、続いた説明も、理解が出来ずに首を傾げる。その様子にフッと思わず噴き出した。
「僕は耳が良いって説明したよね?」
「そうだな、超聴力だっけ」
確かに地獄耳って程耳は良いけど、今活用しているのは植物によるデータ収集だ。でも誤魔化されてくれているなら訂正する必要も無い。こくりと頷いてジュリアンは先を続けた。
「この草原、一見すると特に何もいない原っぱだけど、複数の生物が活動する音が聞こえるんだ」
「え!?マジで!?」
「うん。僕は図鑑も見ていたから、スモールラットがどういう姿かある程度理解している。でも、一度も本物を見たことがないから、音を確定することが出来ないんだ。だから、ベテランの彼女たちに1体仕留めてもらって、どの音を追えばいいのか確定させよう…」
「クーン…」
説明の途中で喉を鳴らしたシロ。2人の視線がシロに向くと何かを期待するような目で尻尾をパタパタと降り始める。乗せていた手を再び動かしてジュリアンが頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「もしかして、手伝ってくれるのかい?」
「ワン!」
「猟犬ってやつだな!シロ期待してるぜ」
「…あ、始まるみたいだ。今は彼女たちの動きを見ておこう」
「先輩だもんな!」
シャロンの攻撃、装備している杖を振るうと草が切れて宙に舞う事から、何かかまいたちのようなものを放っているのだろうと推測。そこから飛び出した小さな影を、一突きで仕留めるザウアローレを見て、ジュリアンは口元をゆがめて微笑を浮かべた。
「音の確定を完了した。僕が見つけて、追い立てる。…トーイ、君が仕留められる?」
「大丈夫。俺が生きるためだもんな」
「ワン!」
立ち上がったジュリアンが心配そうに冬威を見るが、初めての戦闘の経験はもう冬威の中できりがついているようで軽快に笑った。




