052 パーティー、そしてレッドライン【危険地帯増加】
危険地帯増加…ってことはやっぱり危険な事なんだよな。そんなことを考えながらも、どこか他人事なのはこの地に住んでいるわけでは無いからかもしれない。
ジュリアンと冬威は2人してじっと地図を見ている。冬威はただぼーっと「へぇ。大変なんだな」くらいにしか思っていなかったが、ジュリアンはその地図と今まで受けた依頼の内容を比較して「薬草集めに言っていた草原もラインに近いな」なんてことを考えていた。
「おはようございます」
「おはよーございます」
ボードから離れたところで突っ立っていた2人に声がかけられる。そちらを向くと、今しがたギルドにやってきたらしいザウアローレとシャロンだった。顔だけ向けた冬威と、視線で誰か確認してから身体を向けたジュリアンも挨拶を返す。それとは対照的に、シロはジュリアンの陰に隠れるように立ち位置を変えた。
「おはようございます」
「お!おはよ」
「朝食はもう終えたのか?」
「もう済ませましたよ。ザウアローレさん達は?」
「私たちも食べてきました。ところで今何を?」
固定パーティーとして登録しているわけでは無いのだけれど、監視というか補佐というか、毎日顔を出してくる2人をギルドで待つのも違和感が無くなってきていた。毎日約束をしているわけでは無いので突然来ない、なんてこともありうるのだけれど、今のところ2人が顔を出さなかった日は無い。
そんな2人に今の状況を説明するべくジュリアンは地図を指さす。
「ほら、アレ。あの地図に赤いラインが書き込まれてるの、僕達初めて見たものだから。普通に今まで通りと同じ依頼を受けていいのか、それとも落ち着くまで様子を見るべきかと考えていたんだよ」
「え?…あ、そうそう。俺らまだまだ弱っちいから、変に近づくと邪魔だろ?」
特別何にも考えていなかった冬威が素でびっくりした表情をしたが、すぐさま空気を読んで同意した。ジュリアンは若干あきれ顔ではあるが、その切り返しにさすが日本人、空気を読むのがうまいと思わざるをえない。
「なるほど。という事は、今日はまだ依頼を受けてはいないのですか?」
「えぇ。どうしたものかと考えていて…。ザウアローレさん、こういう注意はよくある事なのですか?」
「討伐依頼自体は珍しくないですよ」
ジュリアンの質問に答えたザウアローレ。それに付け足しをするようにシャロンが地図を見ながら口を開いた。
「魔物にも繁殖期というものがあって、レッドラインが作られるのはよくある事です。今回は少々早い気もしますが」
「では、普通に依頼を受けていて問題ないのでしょうか?」
「冒険者もそんなにピリピリしていないし、高ランクの魔物が出現したという情報もないので大丈夫だと思いますよ」
「そうなのですね」
さてどうしたものか、と考え込んだジュリアンを見てザウアローレはスッと顔を少しばかり下げる。そしてそばにいるシャロンにだけ聞こえるように囁いた。
「今日はジュリアン殿もクエストに参加するのだろうか?」
「どうかしら?あらかた図書館の本は読んでしまったみたいだったけれど」
「何!?あの量を、か?」
「ちゃんとカウントしていたわけじゃないから正確な事は言えないわ。でも、私が雑誌から顔をあげるたびに、彼が持っていた本の表紙は変わっていた。もし速読なんてスキルを持っていたとしたら、ここ数日で読み切っていてもおかしくないわ」
「速読…彼は、兵士なのだよな?」
「そう聞いてるわよ。白いウルフ型の魔獣を連れているほうが兵士だと名乗った、って。でも…何だか兵士っていうより文官って言われた方がしっくりくるのよね、彼」
「うむ。私も、逆なんじゃないかと最近思い始めているんだ」
そう言いながらザウアローレは視線をジュリアンの足元でお座りしているシロに向ける。どうやってなつかせているのか、なぜシロはジュリアンに従い、契約していないのに人を襲わないのか、それを探ろうと真剣な目で見ているせいか、シロは彼女に見られるとうっとおしそうに唸って隠れてしまう。今もそうだ。決してシロはザウアローレに視線を向けない。しかし、強い視線を感じるのだろう。再び少し立ち位置を変えて、ジュリアンと冬威2人の陰に完全に隠れた。
「ぐぬぬ、有能な…」
「何やってんですかローレさん。…それよりも、私トーイさんとお話ししたいんですよ。生活魔法の事聞きたいんです」
「何?それは私もだぞ。兵士であるジュリアン殿に色々話を聞きたいと思っていた。…なんだ、こんなことなら「クエストは兵士である私が護衛に」なんて、よく内容も見ずに決めるんじゃなかったな」
「えぇ、それには激しく同意します。クエストをこなす人と、情報を集める人に分かれるなら、絶対兵士が剣振り回すと思いましたもん」
チラチラと2人はまだクエストを決めかねている男性陣へ視線を向けた。別に堂々と聞いても大丈夫な気がするが、2人共上の地位の人間に「トップシークレット」として彼らの背景、何処から来たか、を聞かされているため知らず知らずのうちに声を潜め人の目を気にしてしまっているのだ。
「これはチャンスじゃないですか?」
「チャンス?」
「2人が一緒にいるなら、お互いが話しかけたい相手に声をかけるチャンスですよ」
「また別れても今度は相手を交換すれば良いだけじゃないのか?」
「私、魔法使いなんです。物理適性低いんです。薬草あつめなんて辛い仕事、やってられません」
真顔で言うシャロンに「それは体力的な問題では無くて好みの問題なんじゃ…」と思いはしたが、ザウアローレは胸の内で飲み込んで別の事を口にする。
「では、良さそうな依頼をこちらが見繕うべきだな」
「そうですね、薬草集めでもいいですけど、それは大体下位ランクグループが数組いますし、低ランククエストで、人気があまりなさそうな場所に行くクエストって言うと…」
そう言いながらシャロンはザウアローレのそばを離れてクエストボードに近づいて行った。それを見送り、相談しているらしい冬威とジュリアンに近づく。
「ジュリアン殿、トーイ殿。今シャロン殿が良さそうな依頼を探しに行ってくれたので、それも検討してもらえないか?」
「え、それはありがたいです。僕らだとどこらへんで活動しているのが一番いいのか、良く分からなくて」
「こういう時は先輩に色々教えてもらえると、助かるよな」
疑う事を知らないのか、スルッと案を聞き入れた2人に何となく変な気持ちになる。だましているわけでは無いのに、罪悪感というか、危機感というか、この調子で2人は大丈夫なんだろうか?という心配だ。
苦笑いを浮かべるザウアローレだが、シロがまっすぐにこちらを見ているのに気付いた。普段ジュリアンに見せる甘えているような顔ではなく、内面を見透かすようなまっすぐな視線に思わずスッと目を逸らす。
「“なんだ?別に悪い事はしていないぞ。確かに下心はあるけれど、シャロン殿が依頼を探してきてくれるっていうのも単純に親切から…”」
胸中で言い訳をつらつらと語っているところに1枚の依頼書を持ったシャロンが戻ってきた。
内容は「スモールラットの討伐」場所は薬草集めをした場所に近いが、それよりも少しばかり森寄りだった。
「お!討伐系の依頼って、はじめてじゃね?」
「そうだね。でもこの場所、大丈夫ですか?赤いラインに近いですけど」
「大丈夫よ。第一この森自体が下位ランクの魔物しかいないし。何かあっても私たちで対応できるはずだわ。それに、薬草集めよりも討伐系のほうが報酬も良いの、知ってるでしょ?」
「こちらは4人パーティーなんだ。森の奥深くに行かなければ、問題ないと思うぞ」
たしかに、と思いながらもジュリアンはしばらくの間依頼書を見つめていた。




