050 魔獣部隊隊員ザウアローレ&ランク3冒険者シャロン
「何故私なのですか!?」
私、ザウアローレは思わず声を荒げてしまった。目の前には椅子に座った部隊長、ヘレン。後ろにはコーダが立っていて、いつも一緒のエリックはいない。
勤務中に呼び出され、隊長の部屋に案内されたときはいったい何を言われるのかと戦々恐々としていたが、隊長が口にしたのはとある2人組みの冒険者のおもり。最近はなかなか思うように成果が出せず少しイライラしていた私は、思わず失礼と思いながらも反論してしまった。
私は魔獣部隊に所属している一隊員だが、自分自身の契約魔獣を持っていなかった。
別に契約をしていない隊員が居ないというわけでは無いが、魔獣部隊の特攻隊を目指す私には私専用の魔獣が必要だった。
最初は竜を従えるコーダの様に、強力な個体を求めた。しかし、もともとのレベルも低く、強い個体を呼ぶことがめったにないため、残念だが諦める。次に選んだのは、レアとは言わないまでもそれなりに強い個体。
ギルドランク5より上の者が数名で討伐するような個体だ。これとは何回か遭遇する確率があったが、なぜかすべて失敗した。
魔獣との契約は、スキル「テイマー」の熟練度によって従えられる個体数が変わる。しかし1度契約してしまうと死別以外で離れることは出来ない。
でも失敗を繰り返した私は、ためしにここら辺で一番弱いスライムをテイムしてみることにした。コレならきっと成功すると思っていたし、スキルの熟練度が無印状態のため1体しか契約できないとしても、私の力で倒して空きをすぐ作れるからだ。
しかし、これも失敗した。
何故?
ステータスはほかの隊員とあまり変わらないはず。レベルだって低すぎるという事は無い。なら何が問題なのか?
それから私は、ひたすらに自分を鍛える事に専念した。きっと努力が足りないのだ。自分が弱いから、魔物を従えることが出来ないのだ。そう信じて、ひたすらに自分を苛め抜いた。そして1日に1度はスライムにテイムを試みた。しかしすべて失敗していた。
でもそのかいあってか、この魔獣部隊で純粋に隊員を見た場合、コーダの次に戦闘能力のある隊員にまでなっていた。それなのに。
「報告もしていると思うが、先日の召喚で、一般人を巻き込んでしまった。そこでザウアローレ、貴方に護衛を頼みたいのだ」
「私が…ですか?」
「そうだ。ザウアローレは剣の腕もたつし、彼らと歳もそれほど離れていない」
「ですが、男性2名と伺っております。なら同性の方が…」
「それも考えたが、あいにく彼らに回せそうな隊員は遠征中なのだ。だから君に頼みたい」
私が何を言っても、ヘレン隊長は逃げ道をふさぐ。こんなところで油を売っている暇はないのに。そんなことをしているくらいなら、剣を振るっていたほうが何倍もマシなのに。だから思わず叫んでしまった。
「何故私なのですか!?」
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ザウアローレは冒険者2人と初めて出会った場所に来ていた。薬草が多く生える場所で、低ランク冒険者が良くやってくる場所。ザウアローレのようなレベルの者は素通りするような場所だけれど、そこでせっせと薬草を集める男性を手伝うフリをして横目で見る。
あの後ヘレンは「他言無用だ」と言って、彼らが幻の地から来た人間である可能性が高いと言った。しかも1人はそこの兵士。魔獣を従える事をその地でもするのかは分からないが、彼と剣を交えれば、今より高みへ昇れるかもしれない。それに、ヘレン隊長が言った
“「ザウアローレ、彼は1体の魔物を従えていた。しかも、テイムしているというわけでは無いようだった。話を聞いた限り、魔物を従えることが出来るスキルの存在も、知らなかったようだしな」”
という言葉に驚き、興味を持ったのだ。
本来獣はスキルを使って絶対服従を誓わせるのが常識。しかしそれをしていないのに、1体の魔物を傍に置いているとしたら…。
側にいて観察できれば、何かが変わるかもしれない。そう考えて彼らの護衛という御守りを承諾したのだ。
「(なのに…なぜ私はこいつを…)」
ザウアローレは、チラ見していた状態から、まるで親の仇でも見るような眼でじっと視線を向けてしまっていた。その視線に気づかないフリも限界に達した彼が、顔を向ける。
「…何か、あった?」
「え?…あ、いや。すまん、なんでもないんだトーイ殿」
ザウアローレは困った顔をする冬威に向けて軽く頭を下げ、さっと顔を地面に戻して薬草摘みを再開する。背後で首を傾げる動作をする冬威だったが、気にせず彼もまた作業に戻った。
「(彼は一般人ではなかったのか?…確かに、先走ってギルドに彼らの居場所を尋ね、宿を確認する前に突撃した際には彼は素晴らしい剣技を見せていた。しかし!兵士であったのも、魔獣を従えていたのも、トーイ殿では無くて、ジュリアン殿ではないか!なのに、なぜ私はこっちに…)」
無意識のうちに、ギリリと薬草を握りつぶした。
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「えぇ!?なんで私がそんな事しないといけないんですか!?」
少しばかり遠出をして、依頼を完了してきた私は疲れた体を休める前にと完了報告にギルドに来ていた。そこをギルドマスターのデルタに呼び出されて、今はギルドマスターの部屋に居る。
その彼女が私に依頼してきたのは、とある新人冒険者の見張りだった。
私は冒険者で、魔法を主に使っている。そして魔法を放つ前にはそれなりにチャージする時間が必要で、魔法使いを守る前衛とパーティーを組むのが常識。でも私は今までずっとソロだった。
理由?
そんなの簡単。皆私を見ると珍しい女性冒険者として夜の相手をしてもらおう、って顔をして近づいてい来るから。身長は低めだけれど、それなりにある胸囲、そのせいだ。もちろんほかのも女性の冒険者入るけど、身内や恋人がパーティーを組んでいることが主で、私みたいなソロは完全にいいカモってわけ。でも別に特別困っているわけじゃない。いつか魔法学校へ通うための資金をためつつ、暮らしはその日を過ごせるだけの稼ぎがあれば良かったから。無理に上を目指す気なんてないし、まだまだ若いもの。恋愛だってこれからだと思ってた。
簡単に言えば、男嫌い。
男は不潔。
私を見るだけで鼻の下を伸ばして、いやらしい目で私を見て、すぐに下半身が反応するのよ。
滅んでしまえ!
「シャロン、あんたが男を苦手としていることは知ってるさ。ただ、世界の男女比率は大体半々、そろそろなれる努力も必要だろうに」
「マスター、それはおせっかいというものです。私はそれを必要としていません」
「…はぁ、正直に言おうかね。あんた、魔法の力はそれほど悪く無いんだ。熟練度だって結構いってるだろ?でもほぼ初級の魔法しか使えていない。それは何故か。…時間が無いからだろう。高ランクの魔法を放つために力をチャージする時間、詠唱する時間、無防備な魔法使いを守る存在。…仲間が居ないからだ」
「…別に困ったりして居ません。私は今のままで十分満足してるんです」
「そうかい。だったら、なぜギルドに来ると毎回パーティー募集の掲示板を見るんだい?それだけじゃない。魔導書を集めたりして勉強もしているんだろう。今のままで良いならば、今以上の高位魔法を覚える必要も無いじゃないか」
「それは…知識として知っていると、後々便利だからです」
「発動実験までしていて、知識だけで良いって?」
「それ…は…」
「パーティーを組む、組まないは確かに冒険者のかってさね。ただ、有能な人材が埋もれるのは黙っちゃいられないよ。もったいないじゃないか」
「う…」
「…仕方ない、期限をつけよう」
「期限ですか?」
「そう。これは私からの依頼だよ。新人冒険者2名、これはいつも大体ペアで動いてるようだから見ているのも楽だろうさ。…彼らを1か月間、監視していてほしい」
「理由を聞いても?なぜたかが新人冒険者に私をつけるんです?」
私は自分のペースが乱されるのが嫌いだ。
だからなんとしても断りたかった。だって相手は2人で男。そんなところに男嫌いでソロの私を放り込むなんて死ねと言っているのと同義だ。
でも続けられたギルドマスターの言葉に、一瞬ポカンとしてしまった。
「重大機密案件だ、むやみに言いふらすんじゃないよ」という前置きで彼らが伝説の地から来たかもしれないという話を聞いた。魔獣部隊の魔物召喚に引っかかったらしい。
伝説の地。
伝説の人々。
伝説の魔法。
もしかしたら私にも…しかも期限付きで、報酬も悪く無い。
2人のうち1人は兵士だったらしいけど、もう一人は一般人らしい。兵士で剣を振り回していたなら、さほど魔法なんて勉強していないかもしれない。けれど、一般人ならば、少なくとも生活に必要な魔法はつかえるはず。
たとえ同じ魔法でも、独特な発動方法を持っていたり、こちらでは失われた太古の魔法なんてものがあったりして…
なんて考え始めたら、グラリと天秤が傾いた。
**********
それなのに。
シャロンは図書館に来ている。しかも児童書コーナー。
子供に交じって絵本を読んでいる男を、少し離れたところから見つめていた。
「知識欲があるのは良い事よ。でも、なんで兵士がこっちに来るのかしら」
彼、ジュリアンが読んでいるのは昔話を子供に分かりやすく語ったもの。今日図書館に来たばかりだというのに、その人柄のせいかすぐに子供たちに囲まれて、読み聞かせをせがまりたりしている。
座っている椅子の足元には白い大きな犬。魔獣部隊のおひざ元という事もあり、人になれた魔物が居ても、町の人は驚かない。…ただ、問題なのは子の魔物が野生と同じということ。契約していないという事。パッと見ではは気づいていないから今は良いけど、問題があってからでは遅い。それなのに、犬は彼に従う。謎でしかない。なんなのだこいつ。
兵士というから筋肉モリモリのマッチョを想像していたのに、いざ対面してみると2人とも線の細い男性だった。…いや、まだ子供なのか?大体自分の実力を誇示したがる兵士たちを見ていたせいか、図書館に行くのに武器は必要ないだろうと簡単に腰から剣を抜いてしまって丸腰になったジュリアンを前に、反応がすぐに取れなかった。
剣は兵士の誇りとかなんとか、聞いたことがあった気がするんだけど。
「なんなのよ。確かに図書館は私も通い詰めてるから、二手に分かれるってなった時相手がどっちか考えずに道案内を選んだわ。でも、一人はクエストで一人は情報収集っていったら、普通一般人のほうがこっち来るでしょ!?なんで兵士、あんた戦わないのよ!」
ムキーとうなっていると、声が聞こえてしまったのかジュリアンがシャロンの方を向いた。バッチリ視線が合ってしまう。
慌てて笑みを浮かべてやり過ごすと、ジュリアンも柔らかく笑んで視線を本に戻してしまった。
「…騙されないわ。男はみんな、オオカミなのよ」
顔を半分隠している本をギリリと握りしめながら、シャロンは監視を続けた。
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「さて、あの子たちはどうなってるだろうね」
「冒険者からは「シャロン」を付けたのですか?デルタ殿」
「あぁ。あの子はああ見えて結構やり手だからね。パーティーを組んでいれば、ランクアップの試験にももう少し早く挑戦できるとふんでるよ。ただ、あの性格がね…」
「男に言い寄られすぎて苦手になったのでしたか。フフッ少し羨ましい気もしますね」
「当事者じゃないからそんなことが言えるんだよ。私が声をかけるころには人間不信に陥りかけてた、彼女にしちゃ、死活問題だったんだろうさ。それよりも…魔獣部隊からはローレ…「ザウアローレ」かい。結構いい人材を使うじゃないか。ヘレン隊長」
「えぇ。彼女も、最近スランプ気味で」
「あぁ、契約の話かい」
「はい。契約なしで魔物を連れている彼のそばで何かがつかめれば良いという下心もありますが、彼女はもともと有能ですから」
そして2人は「どうなるか楽しみだ」と、微笑みあった。




