049 従、そして主【あれからしばらく打ち合ったが】
あれからしばらく打ち合ったが、結論から言うと冬威は剣術を取得できなかった。
その間にジュリアンは剣術が+4にまで成長したが、スキルがあっても物理適性が無いジュリアンには冬威の攻撃をさばくだけで精一杯で、スタミナ切れを知らない彼についていけない。冬威がスキルを使うと2人つなぐ光が強く輝き、ジュリアンはその都度少しばかり力が抜けるような感覚を覚えたが、それも何度も繰り返しているうちに気にならないくらいには慣れてきた。
「ちょ、ちょっと休憩…」
これでも十分頑張った。1時間くらい身体を動かし、息も絶え絶えにしゃがみ込むと木の棒を剣に見立てていた冬威が少し慌てた様子で駆けてきた。
「大丈夫か?ジュン」
「クーン…」
激しい運動を続けただけで、別に体調不良になったわけでは無い。しかし肩で息をしている状態で話をするのは少々辛いので、笑顔を作って返事とした。
するとそのタイミングで、今まで聞いたことのない“ポーン”といった電子音が響く。
「ん?何の音?」
「え?何が?」
ジュリアンは視線だけであたりを見渡した。しかし冬威には聞こえなかったのか首を傾げている。
「さっき、変な音が聞こえたんだよ。ポーン、って電子音で、なんだかすぐそばで聞こえたような…」
「あ、もしかしてあれじゃね?スキルを取得した時になるやつ」
「え?…今までそんなの聞いた事無かったけど」
「でも俺が何かゲットするときは音してたぜ?ゲームみたいだなって思ったけど、取得したタイミングが分かりやすかったからまぁいいかって思ってた」
「そうだったんだ。じゃあ何かまた手に入れたんだろうか?」
でもなんで今回だけなったんだ?と思いながらギルドカードを見る。そこには【献身】というスキルが追加されていた。
「献身?」
「なんだ?新しいスキルか?」
「うん、でもコレ…良く分からないな」
スキルの内容を冬威に鑑定してもらおうかとその部分をクローズアップしようとすると、犬が座り込んだジュリアンにすり寄ってきた。構ってほしいのだろう。とりあえずカードをもったままで手を傍に座り込む犬に伸ばし、ワシャワシャと頭を撫でてやり、その後で少し体勢を治そうと片手を地面につける。
「…!?」
と、地面についた手が地面一面に生えている草に触れた瞬間に、わずかに違和感を覚えてピタリと腕が止まった。いきなり動きを止めたジュリアンに、頭に手を置かれている犬は軽く首を傾げ、冬威は顔を覗き込むように姿勢を低くする。
「…どうした?」
しかし、冬威の言葉には応えずにさっと手を伸ばして放置した剣代わりの木の枝を掴むと、驚きで目を白黒させている冬威と犬はとりあえず無視して、立ち上がりながら全身の筋力を使って枝をとある茂みに投げこむ。疲れ切っていて立っているのもつらかったはずなのだが、全身をばねのように使って流れるような動作で繰り出されたその行動に、手から離れた枝はギュンギュンと風を切る音をさせて一直線にすっ飛んで行った。
そして「いったい何が起きた?」と尋ねるより先に、茂みの向こうでアクションが起こる。
「きゃっ!」
「わっ!!」
2人分の声。しかも女性。
手が地面の草に触れた時、ジュリアンは傍の植物が熱を感じているのを察知していた。
植物は言葉を話すことは出来ないが(出来るものもいるのかもしれないけれど)音以外で情報を伝達するすべを発達させている種であるといえる。特にこの世界ではそれを強く感じていた。
例えば地球のキリンが好んで食べる木「アカシア」は、高い位置に葉を茂らせ草食動物に葉を食べられないように進化した。しかし、キリンは首が長いので簡単に葉っぱに届いてしまう。ではどうするか。キリンに捕食された木は「メチルジャスモネート」という揮発性物質を放出。するとそれを感知した木は、自衛の為に「タンニン」という苦み成分を生成し、口に入れたとたんに吐き出してしまうほど葉の味を渋く変えてしまうのだ。
他にも触れられると葉を折りたたんでしまう植物や、針に触れると葉を閉じて虫を捕食する植物など、そのセンサーはかなり高性能であると思っている。実際今回も、少し前まで感じなかった「植物が上から圧迫されている感じ」を読み取り、そこが誰かが通って折れたわけでは無く、熱源が上に留まっていると分かった。なので先制攻撃を仕掛けてみたのだ。
ただ、自分の魂に刻まれた種を使っているわけでは無いので、その場所の様子が見聞きが出来る程正確な情報が得られたわけでは無く、何かが居る、というだけしか分からなかった。なので攻撃して上がった声が女性だったことに少し驚いたが、一応威嚇のつもりで攻撃は直撃していないはず。ここは警戒を強めて、訓練の為にと外して地面に置いていた剣に手を伸ばした。
「…どちら様です?」
いきなりの行動に驚いていた冬威だったが、ジュリアンが警戒しているのを察してこちらも剣の柄に手を置き睨むように見つめる。犬も空気を読んだか、唸り声を上げた。
警戒されていると分かったらしい2人組の1人が慌てて手を上げて攻撃をする意志が無い事を表す。
「ま、待ってくれ!驚かせてしまったのは謝る。まずは話を聞いてくれないか?」
男勝りな口調の長身の女性は、金髪に茶色い瞳。長い髪は編み込みをして右に束ねている彼女はザウアローレと名乗った。愛称はローレらしく、そう呼んでくれ、とも。魔獣部隊の隊員で、2人の護衛もかねて派遣されたと言う。
「いきなりで吃驚しましたけど、声かけるタイミングが分からなくて…覗いてたのは私が悪かったと思います。でも悪気があったわけじゃないんですよ」
もう一人の女性、赤紫の瞳に、茶色いボブの髪の毛で黒いローブを着ている魔女っ子のような小柄な彼女はシャロンと名乗った。何となく眠そうな表情をしていて、声もどこか淡々としているが、これでもやや興奮気味…のようだ。冒険者の1人で、ギルドランクは3。彼女もまた、2人の生活の補助的な役割をするために派遣されたらしい。
その説明を半分疑いながらも警戒を緩めたジュリアンたちも自己紹介を終えて少し距離をつめた。
「まずはもう一度謝罪を。あまりに見事な剣技だったので、見とれてしまったのだ」
「いえ、こちらもすいません。何かが居る、としか分からずについ攻撃をしてしまいました」
「仕方ないです。冒険をしていると、そういう危険察知能力は重要です。それよりも、かなり疲労困憊している様子でしたが、そこから繰り出された威嚇の投擲も凄かったです」
「…いえ…」
こちらが疑ってかかっているだけに、純粋に褒められるといたたまれない。返す言葉が見つからずに言葉を濁すと、冬威が今度は口を開いた。
「っていうかさ、俺らに会いに来たのは分かったけど、ギルドで待ってればよかったんじゃないの?どうせそろそろ戻る予定だったし、今は冒険者ギルドに居候中なんだぜ?外出て探すよか確実に会えたと思うけど」
それもそうだ。と考えるジュリアンの目の前で、シャロンとローレは互いに顔を見合わせた。




