044 主そして、従【ほんの一瞬の出来事だったが】
ほんの一瞬の出来事だったが、瞬間とはいえ目の前に現れた強い光にレイリスもジュリアンも冬威も目をやられてしまい、視力を取り戻すまでに時間を要した。その間にジュリアンの足にはふさふさの毛がやってくるのを感じ、冬威の肩にはガッチリとした手が置かれる感触があった。
「ちょ…いったい何?」
初めて聞くかもしれない、かなり不機嫌そうなジュリアンの声色に、思わず冬威はそちらを向く。目をしょぼしょぼさせながらも光った元だろう目の前の道具を見てみれば、最後に聞こえた音から想像できた通り真ん中に綺麗に日々が入って割れていた。そんな彼の視線を負うように、冬威も顔をデスクに向ける。
「あらぁ…割れちゃってんね。もしかして俺ら何かした?」
「でも僕たち2人が同時にって…不良品?それとも、何かされた?」
「うそ、あれ?え…ふえぇぇえ!?」
少し遅れて目が回復したらしいレイリスがデスクの上を確認して可愛い悲鳴を上げる。
と、ここで傍に来ていたコーダが壊れた道具に手を伸ばした。
「光は白かったな」
「え…そう…だったか?眩しいとしか感じなかったんだけど…」
「白と言われれば…白だったのかな?まぁ、特別色がついていたようには感じませんでしたけど」
割れたかけらをはじくように調べた後で、コーダは冬威の前の機会に刺さったままだったカードを引き抜いた。そしてその一面を見て目を眉を寄せ怪訝そうな顔をして、ジュリアンのカードも引き抜き、そして目を見開く。が、そんな表情もすぐに消して、2人のカードを隠す様に片手で握った。焦ったような様子もジュリアンはしっかり見ていたのだが、あえて追及はしない。
「レイリス、マスターは居るか?」
「あ、はい。今上に…」
「話があると言ってくれ。できれば直ぐ話しがしたい」
「分かりました、すぐ伺ってきます」
慌てた様子でレイリスが立ち上がると、一度カウンター内から出てきて階段を駆け上がっていった。その様子を目で追いかけていた冬威がそこで初めて2階に興味をしめす。
「上には何があるんだ?」
真剣な顔をしていたコーダだったが、冬威の言葉で視線を上に上げた。
「ギルドメンバーが自由に閲覧できる資料などがおいていある。また医療関係だったり、簡易宿泊施設も上にある」
「え、ここで宿も兼任してんの?」
「一般のメンバーには開放していないぞ。非常事態で働き詰め職員の仮眠室だったり、訳アリの、それこそランクAになるような奴ら用だ」
「なんだよ。じゃあ、俺らは使えないのか」
「見るだけなら難しくないが、こんなところにある宿泊施設だ。それほど豪華じゃないぞ?」
「じゃあ何で一般に開放してないわけ?客が入ればもうかるでしょうに」
「ギルドはあくまで宿泊施設じゃない。部屋数も限られるし、町には宿屋もあるんだ。そちらの仕事まで奪う必要はない。人手も足りなくなるしな」
「ふーん」
そんな他愛もない会話をしていると、タタタと走ってくる足音が聞こえ、階段を昇って行ったレイリスが降りてきた。
「話をしてきました。上へいらしてください」
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案内されて入った部屋は、確かに偉い人の部屋という感じだった。大きなデスクの向こうに座る老人は、コーダたちが入ってくると椅子から立ち上がり、応接セットのようなソファーの方へと移動してくる。コーダに続くようにして入室するが、最後尾にいたレイリスは一緒に入らずに扉を閉めて去っていった。
「コーダ、いきなり何の用じゃ?まさか問題でも起こしたか?魔獣部隊で暴れられるようになってやっとおとなしくなったと思っておったのに」
「デルタのばーさん、そんなことよりこれを見てみろ」
挨拶もそこそこにコーダは先ほど抜き取ったギルドカードをデルタと呼ばれたギルドマスターに渡した。白髪に灰色の瞳の女性は、肌の皺やその口調から年齢を感じさせる老婆であるが、腰も曲がっておらず動きはキビキビとしていて老いを感じさせない。差し出されるままにカードを受け取り、そして先ほどのコーダと同じように目を見開いた。
「なんと…これは…」
「あの、何か問題でもあったのでしょうか?」
2人の驚く様子に、今更になってギルドカードとは何か、と考え始めたジュリアンは少しばかり不安を覚えた。ギルドカード、定番ではギルドランクを表示し、討伐した魔物の数や種類を記録する道具、そして、所有者のステータスも表示させるのだろう。だとしたら、ジュリアンはともかく、冬威は勇者であること、異世界から来たものであるという事がばれているのかもしれない。
冬威もソワソワとした様子で2人を見ていたが、すぐに顔を上げたデルタにとりあえずと着席を進められて、4人は腰を下ろした。ギルドマスターデルタと、コーダ。テーブルをはさんで反対側にジュリアンと冬威だ。
「まず、自分たちで見てみると良い。これが2人のギルドカード、ステータスをデータ化し、表示したものだ」
そう言ってテーブルに置いた2枚のカードの1つを手に取った冬威。それをジュリアンは隣から覗き込むように視線を向けた。
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名前:トーイ・サザメ
種族:人間
レベル:6
ギルドランク:1
状態:主「ジュリアン・グロウ」従属「ジュリアン・グロウ」
物理適正:○×5
魔力適正:-
▼△▼△▼△
まずは冬威のカードのようだ。幸い勇者といった称号や、スキルの詳細は見えないようだ。
「…コレ、どっかおかしいの?」
初めて見るカードのため他の情報という比較対象がなく、何がおかしいのか全く分からない冬威だったが、ジュリアンは少し眉を寄せた。
「状態が…主と、従属、2つあるね」
「…あぁ。ホントだ。…どっちもジュンの名前だけど、どういう事」
首を傾げながら、今度はジュリアンが残った1枚を手に取る。当然こちらがジュリアンの物のはずで、先ほどとは逆に、カードを手に取ったジュンの手元を見るように冬威が身体を傾けて覗き込んだ。
▼△▼△▼△
名前:ジaュnnリkoアン・iグhロozウm
種族:人間
レベル:a%df
ギルドランク:1
状態:主「トーイ・サザメ」従属「トーイ・サザメ」
物理適正:-
魔力適正:○×q$tda
▼△▼△▼△
「うわぁ。名前とレベル、おかしなことになってるぞ。これって…文字化けしてんの?」
「あと魔力適正も変だ。さっきので壊れたデータが書き込まれたのかな?でも…僕の方の主と、従属は君の名前だね」
2人揃って首を傾げているのを見て、デルタが口を開いた。どうやら確認するまで待っていてくれたようだ。
「奴隷の名前がカードに乗るのは普通の事だよ。誰が主で、だれの持ち物か分かるようになっているんだ。だが、主従が両方同じ人物っていうのは…実際ありえないことさね。主であり、奴隷でもある存在が同じだなんて矛盾している。だが、血を使った書き込みは嘘をつかない。あんたたちはその矛盾が成立しているってことだ。何があったのかは分からないがね」
分からないことの方が多いし、実際何を言われているのかもよく理解していないが、とりあえず頷いて先を促すことにした2人。コーダは隣で腕を組んで、まっすぐ睨むように2人を見ている。たぶん観察しているんだ…と思いたい。
「記載がおかしい…えぇっと、あんたの名前は「ジュリアン」なのかい?」
「はい。ジュリアンです。ジュリアン・グロウって言います」
「なるほどね。となると、状態の記述はお互いにお互いが主であり、従者であるという事か」
「そう…ですね」
「そんなことが可能なのか?」
「可能かどうか聞かれたら、不可能ではないと答えるしかないね。現にその礼が目の前に居るのだから。でも、注目すべきはそこじゃないよ」
そう言ってデルタは指をチョイチョイと動かして、カードを出せと指示をした。一度ジュリアンと冬威は顔を見合わせてからスッとテーブルにカードを戻す。そして彼女は2人の適正の部分を指さした。
「見てごらん。トーイ・サザメ。君のカードには魔力適正に表示が無い。対してジュリアン・グロウ。君には物理に適性がない」
掛かれているデータを声に出されて、とりあえず2人はそろって頷く。
「だけどね、それはおかしいんだよ。この世に居る人間、生物には多かれ少なかれ魔力が宿る。だからどんなに魔法が使えない雑魚だとしても、最低1つは丸が付くんだ」
「雑魚…俺、雑魚…」
思わずつぶやいた冬威。しかしデルタは気にせずに先を続ける。
「そして物理だ。こちらも丸が1つも無いのはおかしい」
「適正無し、という前例はないのですか?例えば半身不随とか…」
「ないね。生まれながら障害を持っている物でも、1つはつくよ。目を開けたり、声を出したり、呼吸をしたり。そんな動作を、この適性がサポートするんだ」
「と、いう事は…」
とりあえず、おかしいという事は分かった。しかし、それがどれほど異常なのかが分からない。ポカンとした様子の冬威とジュリアンに、デルタが深く息を吐き、その先をコーダが続けた。
「魔力適正がない、イコール魂がない。物理適性が無い。イコール、肉体がない。そう考えられているんだ。ここではな」
…え?
どういう事?と返事を返す前に、デルタが腕を組んで身を乗り出した。
「あんたたちは人間なのかい?…いや、それ以前に生きているのかい?」
探るような2人の視線に、顔をそむけることも出来なくなった。




