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043 主そして、従【そろそろ朝から昼】

そろそろ朝から昼に移り変わろうとする時間帯。

朝にクエストを受けて出かけるのが冒険者の基本生活スタイルらしく、今は冒険者ギルドには人が少ない。せいぜい新規登録者か、カウンターの内側に受付嬢が居るくらいだ。


「始めまして、冒険者ギルドにようこそ。私はこのギルドの受付担当、レイリスと申します」


水色の髪に、水色の瞳の新規担当の受付嬢、レイリスは少しばかり引き攣った笑顔で目の前に座る2人を見た。くすんだ金髪に紫の瞳の青年は、レイリスが話している間は素直に説明を聞く姿勢でレイリスをまっすぐに見つめ返している。決して一目惚れとか、そういう熱い視線ではない。勘違いしてもおかしくは無いだろう真剣具合なのだが、彼女と触れ合うような動作(書類を渡す際に手が触れたり)があってもまったく態度が変わらないのだから、ただ純粋に真剣なのだろう。そんな人に対して変なことを勘ぐるのは失礼だ。対して隣に居る、少し痛んでいるような茶色い髪の青年は隣の彼とは対照的にあたりをキョロキョロと見渡していて、かなり興奮しているのが見て取れた。まるで初めて都会にやってきた田舎の少年のようだ。

そして今は少し離れたところで腰を下ろし、ギルド内を見ているこの2人を連れてきた人物は、この地域で有名な魔獣部隊の副隊長、パワーのコーダと言われる人物。金髪の青年に付きまとっていた魔獣の相手をしていて、表情はどこか柔らかく感じるが、こんな有名人に護衛されて冒険者登録に来るなんて尋常じゃない。いったいどれだけ大物なのかとドギマギしていると、金髪の青年ジュリアンが口を開いた。


「この書類、全て埋めなくてはいけませんか?」


ペンを片手に先ほど渡した新規登録の書類を見ていた金髪の彼が、顔を上げる。チラリと見た書類には、名前だけが記入された状態だった。


「あ、名前だけでも構いません。登録者には孤児であったり、小さな子供もいるので。でも、できれば使用武器は書いてほしいです」

「何で?」


ジュリアンの質問の答えに、隣の冬威がすかさず疑問をぶつける。よくある事でもあるので、特に顔色も変えず視線をジュリアンから冬威に移した。


「ランクが低い段階ではあまり意味はないのですが、上に上がってくると指名依頼というものが入ってきます」

「指名…お偉いさんが名指しするってやつか」

「はい。その際に、どんな武器を使ってどのように戦闘をするのかが分かっているとギルドとしても有能な冒険者を推薦できますし、依頼者が無理を通そうとした場合事前に止めることが出来ます」

「なるほど」

「推薦は分かるけど、無理を通すって…例えばどんな?」


状況を察して頷いたジュリアンとは違い、遠慮なく聞き返せるのは…冬威の美点か、欠点か。後でTROをわきまえて敬語を使うべき時では気を付けてくれと言うべきか、これを彼のキャラとして黙認するべきか…と考えているジュリアンなどつゆ知らず。レイリスは人差し指を頬に充てて、少し視線を斜め上に反らし、過去にあった事例を思い出すような動作をした。


「えぇっとですね…例えばですけど、飛行系の魔物が多い地帯に行こうとしている方がいたとして」

「うんうん」

「その人が「この人を護衛につけてくれ!」って指名をしたとします」

「それで?」

「でもその人がインファイター…接近戦を得意としている方だった場合、飛行系の魔物とはあまり相性がいいとは言えません」

「あー。そうか」

「えぇ。それにそのせいで、依頼達成後いちゃもんつけられて報酬を安くされるなんて事もあったみたいですから、そういった仕事を冒険者に割り振る前に選別するのもこちらの仕事の一つなのです」

「良い仕組みだと思います」


えへんと胸を張ったレイリスに頷きながらかえしたジュリアン。そのの言葉を聞いて冬威は少しだけ上体を傾けて彼に近寄り、小さな声で囁く。


「ジュンの方ではこういうの無かったの?」

「冒険者の集団はあった。でもそちらの方はよくわからない」


意識して隠すことではないかもしれないが、未開の地からやってきたことを積極的に言いふらす気はない。それなのに堂々と聞いてきた冬威に、こんな場所で…とも思うが、逆にコソコソしていたほうが怪しまれるかもと、聞かれてもど田舎出身だと思われるだろうという返事を想定してジュリアンも同じような声量で冬威に返事を返した。勿論、兵士か冒険者か、どちらか悩んだけれど結局冒険者にならなかったため、詳細は知らないという事は嘘ではない。


とりあえず2人は名前だけを書いた紙を出す。一応ジュリアンの使用武器は剣だが、冬威は空欄にした。後々変更や訂正も可能という事で、今後使ってみて相性がいい物を選ぶという事になったのだ。ちなみに、冬威は会話に問題はなく字もある程度読めたのだが、書くことが出来なかった。なんでも、文字を視界に入れると意味が自動で脳内に浮かぶので理解はできる。しかし、それをアウトプットするとなると、どうしても文字が日本語になってしまうらしいのだ。後で勉強しようね、というジュリアンの声にわりとマジな悲鳴を上げた冬威だった。


「ではギルドカードを作成させていただきます。しばらく時間がかかりますので、その間に冒険者ギルドについて説明させていただきますね。また、新規の方にガイドブックを差し上げています。簡単なことなどはこちらにも書いてありますので、熟読をお願いします」


そう言ってレイリスは冊子を2人に手渡した。


まず、ギルドのランクは数字で1~9の9段階。熟練度などと同じように、1が新人で数字が大きくなるにつれて上位者となる。ちなみに、王族に認定されたり、英雄と言われるほどの実力になると、A、S、SSまで上がるらしいが、最上級SSランクは1つの国に1組居るかいないかというランクのようだ。


ギルドで受けられる依頼、クエストに関しては、内容によってギルドでランク分けされて、自分のランクと同じものまでしか受けられない。これは自分に合わない難易度のクエストを受けて、若者が無駄死にするのを防ぐため。また、生還率を上げるためにチームを組むことも推奨していて、チームの場合はチームランクで受けられるクエストが変わる。

チームランクは所属メンバーのランクの平均値。小数点という概念はなさそうだったが、話を聞く限りでは切り捨てのようだ。


「カードが出来ました。後はお二人の生体データを入れて登録は完了です。こちらに手を置いてください」


そう言ってレイリスは直径10センチほどの水晶のような石がはめられている台をカウンターに置いた。土台にはカードを差し込んであり、球体の石の天辺には左手の形にくぼみが作られている。


「なにこれ?」


思わず問いかけた冬威にレイリスは笑顔を向けた。


「ここに刺さっているのがお二人のギルドカードになります。書類に書いてもらったデータが印字されています。変更、訂正はカウンターまでお持ちください。…それでですね、この道具はこの水晶部分に触れた人の魔力と少しばかりの血液データを取って、ギルドカードと関連づけるんです。そうすることで、登録した人以外の他人に使われなくなるんです。これのおかげで、冒険者ギルドだったり、商業ギルドだったりのギルドカードは、身分証として使われるんです」

「なるほど。便利ですね」

「…珍しい技術ではないはずですが…」


ここで初めてレイリスが首を傾げるが、ジュリアンと冬威は笑顔で曖昧に濁した。あまり親しい中でもないし、まぁいいかと彼女は説明を続ける。


「先ほども言いましたが、この石が魔力と血を少しだけ抜き取って、データ化します。この窪みに手を置くと、人差し指部分の先端に細い針が出てくるのでチクッとしますが、心配しないでください」

「魔力と血液で個人認証か」

「まるでアレルギー検査みたい」


ジュリアンと冬威がそれぞれ素直な感想を言いながら手をそっと置く。普通なら僅かばかり光って、カードに吸い込まれるように光が移動していくのだが、なぜか今回は違った。


“カッ!!”


ピカッと直視出来ない強い光が瞬き、静かだったギルド内に“ビシリ”と何かが割れるような音が響いた。


「きゃっ!」

「何事だ!?」

「ワン!!」


レイリスの驚いた声に続き、コーダの焦った声が聞こえた。

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