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041 籠の中、そして旅が始まる【あの魔法陣は】

「あの魔法陣は、召喚門ともいわれる魔獣を呼び寄せるための転生魔法だ。その説明は、受けたかな?」


ヘレンと名乗った女性隊長は、ジュリアンの方に身体を向けて話しかける。彼女の向こうで冬威が何か言いたそうな顔をしていたが、ジュリアンは視線を彼から外し、ヘレンと目を合わせた。


「詳しくは何も。こちらに来た時にお二人が会話しているのを聞いていただけなので。ただ、どういったものであるか、といった詳細は想像するだけでしたけれど、何となくそうではないかと思っていました」

「ふむ。…コーダ、彼が意識を保っていた人間で間違いないな?」

「あぁ、間違いない」

「少年、あの陣には召喚対象を強制定期に眠らせる作用がある。しかし、君は意識を保って会話までした。何か心当たりは?」

「睡眠…僕だけが起きていた件については自信をもって断言できませんが、おそらく1体を呼ぶものだったのですよね?そこに複数名割り込んだから、力が分散した、とかではないのですか?」


もともと眠れない身体だという事は言わなくても良い事。そして優男が傍にいるから嘘をつくのは得策ではない。真実をぼかしながら、嘘を言わないように考えて返事を返していく。


「確かに、それはあり得ないことではない。…そういえば、今までに割り込み召喚されたことがあっただろうか?」

「かなり珍しい事ではあるが、過去に数度、あったと思う。だが、その時はそれらすべてに睡眠がかかっていたはずだぜ」

「エリック、その時の最大個体数は?」

「たしか2体…だったかと。そして片方はメインとなる魔獣の子供でした」

「呼んだ個体数で力が分散するとして、今まで問題なかったのは個体が子供で会った事も要因か。それに3体が呼ばれたのが初。運がいいのか悪いのか分からんな」

「それに、召喚に人間が巻き込まれたのも初めてです」

「…これは、問題になる前に何かしら手を打たないとまずい気がするな」

「俺もそう思います。むしろ今まで誰も巻き込まなかったのが奇跡かもしれません」

「そうだな。これで外の国から人が飛んでくるようになったら、誘拐しまくりになっちまう」


後ろに控えていたガッチリした男をコーダ、優男をエリックと呼び、確認を取るヘレンは彼らを会話に混ぜながら考えをまとめる。視線はジュリアンに向けたまま、彼女は腕を組んで考え込むと、両腕に押し上げられた胸が窮屈そうに存在を主張した。普通の男であったら視線が下に固定されそうな双丘ではあるが、いかんせん枯れてる(死体)のジュリアンは身体が反応を示すことはない。小さく息を吐きながらも、彼女の反応をうかがいつつ青い瞳をジッと見続けた。

何やら無言で考え込むが、しばらくした後で彼女はフゥと小さく息を吐き出すと後ろを振り返ってついてきている2人を見る。


「エリック、とりあえず開放してやれ。この鎖につなげて何も変化が無かったのだろう?」

「そうですが…」

「大丈夫だ。いざとなっても打ち取れるだけのレベル差はある」

「…わかりました」


何やら物騒な事を言うヘレンの言葉でジュリアンが居る檻の扉に鍵が差し込まれる。ガチャガチャと金属特有の音を響かせてガチャリと鍵が外れると、エリックが中に入ってきた。床に座っているジュリアンのそばに近寄ると、膝をついて手首の手錠のカギを外すべく手を伸ばす。


「いきなりで悪かったね。一応確認しないと、何かあってからじゃ遅いからさ」


渋って見せたのは隊長の側近という立場ゆえなのか、人の好さそうな優男、改めエリックは申し訳なさそうな笑顔を見せた。鍵穴が無いと思ったら、どうやら魔道具の一種だったようで、彼が何やら術を施すとガチャンと南京錠より重たそうな音を響かせて手錠が外れ、石の床に落ちた。肌に触れる部分、内側に刻まれたも模様に何やら術が施されていたようだが、気になったからと言ってすぐ突っ込むことはしない。この手錠には何かある、と思うだけで思考を切り替え、自然な動作で拘束されていた手首を摩りながら、ジュリアンは軽くエリックに頭を下げた。


「いえ、大丈夫です。僕もペニキラ国では兵士という身分でした。国を守るための対応であれば、慎重すぎるのは悪い事ではないと思いますので、従います」

「話が早くて助かるよ」

「下手に暴れてあらぬ嫌疑をかけられるのも困るので」

「確かにそうだね。そうそう、後で君の国の事についても詳しく知りたいんだ。話を聞かせてもらえるかな?」

「僕が分かる範囲であれば」

「ありがとう」


よくできました、とでも言いたそうなエリック。見た目30歳前後だが、柔和な笑顔がとても安心できる男性だ。冬威だったら速攻でなつくだろう。だが、だからこそ。ジュリアンは1歩引いた態度で彼の笑顔に笑みを返した。


「さて、長くこんな冷え込んだ場所に居たら体調も崩す。上で何か暖かい物でも用意しよう。こんな場所に連れ込んでしまったお詫びだ」


そう言って檻からの退室を促されるが、そのまま歩き去ってしまいそうな3人に思わず困惑した顔をしてしまった。その後で口を開くが、声が出る前に冬威がガツンと鉄柵を殴り、彼らの注意を引き付けた。


「なぁなぁ、俺は!?一緒に出してくれないのかよ?」

「…あ」


ジュリアンとの会話は、頭が良いわけでは無い冬威が途中で茶々入れるべきではないと考えて口を閉ざしていたが、彼だけ連れて行ってしまうのはだいぶ困る。慌てて視線を集めるべく行動したわけだが、先ほどまで2人を視界に入れていたと思っていたのに、隊長さんは今「思い出した」とでもいうかのような顔をした。



******



冷えていた地下から地上に上がり、なるべく日当たりが良い部屋を選んでそこに通す。監視兼接待係としてコーダを残し、エリックを引き連れたヘレンは執務室に戻って来ると、クルリと身体を反転させて後ろに居たエリックに向き直る。


「エリック。彼がもっていた剣に刻まれた模様は調べ終わったのか?」

「半分ほど、といったところでしょうか。これで彼らが言う「ペニキラ」の文字が見つかれば、確定なのですが」


そういって視線を1つの机の上に向ける。それを追うようにヘレンもそちらを見れば、ジュリアンから取り上げた剣と、その隣に置いてある古い革表紙の本が視界に入った。そっと身体をそちらに向けて歩み寄ると、本のザラザラした表紙を指で優しく撫でる。


「まさか、物語の中の話と思っていたものが、実在していたとは」

「まだ、確定ではありませんよ」

「確かに。だが…こういっては何だが、ワクワクするではないか?」


にやりと笑って顔をエリックに向けると、エリックもそれにつられるように口の端をゆがめた。


「もちろん。遥か昔、この世を覆う闇を払った伝説の勇者と、多くの民を救った聖女が戦いの後に腰を落ち着かせたと言われる幻の地。そして、魔王が封印されていると言われる天国に一番近い死への入り口。…世界中の口伝では「われの国にその地がある」だったり「われらが勇者の末裔である」と言った嘘か本当か分からない情報が飛び交っていますが…」


ヘレンを追いかけるように机によれば、本を触る彼女とは別に剣の模様に軽く触れるエリック。その模様を確かめるようになぞりながら視線を本へ移せば、ヘレンが触れる指の下にも同じ模様が描かれているのが分かる。ただし、本の方は劣化が激しく、模様なのか色が剥げただけなのかイマイチ判断をつけるのが難しい状態だが、それでもこれが比較的良い状態で保存されている伝説の地の紋章だというから驚きである。


「有力な情報が出ましたね。これは模様が剥げてしまって見えない部分の詳細が、はっきりとわかる」

「ふふっ。…彼らの話が真実であれば、十中八九元の場所へ帰ろうとするだろう。なればその手助けを、全力でしてやらねばあるまい」


2人はお互いに見つめ合って微笑む。しかしこの間に男女の関係と思われる熱いものはなく、同じ獲物を見つけ、狙いをつけるある意味で熱い視線が絡まり合った。

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