039 籠の中、そして旅が始まる【真っ暗だ】
真っ暗だ。何も見えない。…あぁ当然だ。目を閉じている。
静かだ。何も聞こえない。…自分は今どこにいるんだろう?
何があった?思い出せない…訳ではない。そうだ。やっとの事で魔物を倒したら、白い犬が…
小さなうめき声をあげながら薄っすらと目を開けた冬威。視線の先には石レンガの天井。意識が次第にはっきりしてくるにつれ、自分が知らない場所で仰向けになっているという事が分かった。
「…知らない天井だ…」
ここは言っておかなくては。そう思って呟けば、小さな笑い声が聞こえ、知っている声がかけられた。
「おはよう、トーイ。良く寝てたみたいだけど身体はどう?もう大丈夫?」
「…。…ジュン!」
うん?何言ってるんだ?とたっぷり5秒間考える。あぁ、そうか。クールタイムで身体が動かなくなって…と記憶をたどってから、この世界に来た時と同じ魔方陣を見たことを思い出してハッとした様子で体を起こす。そして思わず驚いて固まってしまった。
自分たちは鉄格子のはめられた、独房の様な場所に居た。地面は天井同様、石素材。両側も石の壁で、唯一のドアがある場所は全面鉄格子になっている。よく見る刑務所ってかんじだ。室内にある茣蓙の様なものがおそらく寝床、隅のくぼみがおそらくトイレなのだろう。そしてこの部屋には自分だけ。通路を挟んで向かい側に、ジュリアンがいた。慌てて体を起こして格子状のドアがある方へ行くが、当然出入り口は頑丈な南京錠で施錠されていた。
「なっ…なんだよこれ!」
「クーン」
鉄格子を掴んで揺すってみるがビクともせず、僅かな振動で南京錠が僅かに揺れてカンカンと小さい音を立てるだけ。と、自分の隣の独房にあの犬がいるのか、しょんぼりしているような喉を鳴らす声が聞こえた。
「おや?…隣にあの犬いるの?」
そう言って手を隙間から出して隣の方に伸ばせば、白い前足がじゃれつくかのように伸ばされるのが少し見えた。とりあえずあの光に飲まれたらしい2人と1匹は無事に囚われていることを確認する。無事に…って言えるのかは謎だが。そのまま思いつきで床になっている石と石の隙間に指をひっかけてみる。うまく抜くことが出来たら、もしかしたら穴とか掘れるかも!なんて考えがそんな行動をとらせているが、結果は当然、うまくいかなかった。
「落ち着いて、2人とも…いや、1人と1匹?いや、そんなことはどうでもよくて…」
出入り口の方に近づいて廊下に手を出している冬威と犬とは対照的に、反対の壁側に座ったままのジュリアン。こっちに来いよと言おうと視線を再び向けて、彼の装備が魔物討伐時と変わっていることに気付いた。
駆け出しとはいえ兵士だったジュリアンは、革製ではあるがそれなりにしっかりした防具を身に着けていた。しかしこの場所に入れられるときに奪われたのか、今はシャツ1枚になっていて、当然剣も持っていない。ズボンまで変えさせられたのか、前の時と色が違い、何より靴を履いていなかった。この冷たい石の床で素足。そして一番目を引くのが、彼の両手首だった。見るからに頑丈そうな金属の鎖、彼には手錠がはめられていた。それは両手を拘束し、さらに鎖は壁にも伸びていて行動範囲が制限されているようだった。だから彼は、通路側に寄ることが出来ないでいたのだ。
「何…それ」
思わず声が出てしまう。視線が手元に来ていることに気付いたジュリアンは軽く掲げて見せてから苦笑いを浮かべた。
「心配しないで。一応俺も、拘束されることを許可したうえで、こうなってるんだ」
「…どういう事!?なんで、それにこの場所は…」
「大丈夫、悪い事にはならないよ…たぶん」
「たぶん、って…もう、どういうことなのさ!?」
アワアワと騒ぎだす冬威をなだめすかして、ジュリアンはなぜこんなことになったのか、説明を始めた。
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白い光に包まれて何かに引っ張られるような感覚が続いた後、身体を打ち付ける衝撃で思わずうめき声を上げたジュリアン。
一瞬の浮遊感の後の衝撃に、思わず息がつまる。
「うっ…」
こらえきれずに小さく声を上げる。が、そんな彼に構うことなく、誰かの言葉が飛び交った。
「なんだこれは。只の犬ではないか。それに余計なものがついてきたぞ!」
「…おかしいですね」
「まさか…また失敗か?」
「そんなはずはありません。現に数度、試したときは成功したでしょう?」
「数度な。それ以上の失敗という事実があるがな!」
「…でも一度に3体。これはレアが混じっているかもしれませんよ?」
衝撃であおむけに倒れた状態のまま、視線を上げて声のした方を見る。そこには2人の男性が居た。1人は日に焼けた茶髪に、青い瞳。がっちりした体格で剣を下げているから剣士、もしくはそれに準ずるものなのかもしれないが、偉そうな態度であることから地位も高いかもしれない、と予想される。もう一人は魔法使いが着るようなローブを纏い、眼鏡をかけた優男。黒に近い灰色の髪に深緑の瞳。丁寧な口調ではあるが、完全に下手というわけでは無いような感じだ。何となく悪友どうし、というやり取りだ。
半ば呆然と会話を聞いていた。何が起きたのか全く理解できないが自分たちがここに居るのは目の前の2人のせいであると判断。その後で周囲を視線のみで確認すれば、ここが屋外である事、腹の上に乗っかる形で丸くなっている白い犬、そしてしっかりつかんでいたために傍に倒れている冬威が確認できた。両方とも意識が無いのか、ぐったりしているが、胸が動いているし鼓動を感じるので死んではいない。さて、どうしよう。このまま狸寝入りも良いけれど、自分までもがいつまでもビクビクしていても仕方がない。意を決して肘を立てて上体を少し起こし、口を開く。
「…っ」
「!?」
「っ!?あ…あの、ここはいったい…」
しかし。声を発する前に動いたことで、2人はそろって彼を見た。タイミング、スピード、ばっちりシンクロしていて、思わず驚いて声がつまる。しかし頑張って声をかけてみるが、こちらを凝視したまま2人は返事を返さない。言葉が通じていないわけでは無いはずだ。だって自分が理解できているのだから。何かまずったか?と思っているとジュリアンを見ながらも2人は会話を再会した。
「起きているぞ?」
「見ればわかります」
「この魔法陣を使った召喚門は、対象者が通過する際にある程度自由を奪うのではなかったか?」
「高ランクの魔物捕獲目的の陣ですから。睡眠の魔法で意識を刈り取っておくのは安全の為に必要な事でしょう」
「だが、起きているぞ?」
「見ればわかります」
睡眠か。だから自分に効かなかったんだ。だって眠れない身体だからな。と1人納得しながらも、目の前のやり取りをじっと見ているジュリアン。すると体格のいい方の男がスッと身をかがめて、ジュリアンに少し顔を近づけた。そして問いかける。
「お前何者だ?」
一瞬キョトンとするが、すぐに気持ちを切り替えて質問に答えるべく口を開く。こういう場所では真実を隠しながらも、嘘はつかないようにしなくては。どこでボロが出るか分からないのだから。
「何者、と聞かれましても…」
「装備を見ると…冒険者か?」
「兵士という線も捨てきれませんよ?」
「だか今時こんな軽装備で何ができる?」
「どこかの養成所の生徒かもしれません」
「あの…」
「こりゃなんの皮だ?あまり見ない素材だな」
「後で鑑定する必要があるでしょうか?」
「そうだな。もしかしたら俺らの知らない加工法とかかも知れないし…」
質問したにも関わらず、2人で会話を進めていく。一度割り込もうかと思ったが、変に口を開いて余計な情報を与えるよりは、と思って再び口を閉ざした。
2人は腹の上に犬をのせているジュリアンの傍まで寄ってきて、装備やらなんやらをあーでもない、こーでもない、と言いあいながら調べていく。その間じゅうずっとジュリアンはおとなしくされるがままになっていたが、何かを見つけて優男のほうが驚きの顔をして見せた。
「…ちょっとまって、これ…」
「ん?どした…って、こりゃまさか…」
2人が見ているのはジュリアンの剣。量産型で、自分たちにとっては珍しくもない物。しかし一応配給されている物というだけあって、ペニキラ国の紋章が刻まれていた。それを見つけて驚愕の表情を浮かべたのだ。
そして再び、2人の視線がジュリアンに向く。
「お前、どっから来た?」
「え…」
それをあなたが問うんですか?どこら辺から呼び寄せる、とか分かってて召喚を使たんじゃないんですか?
言いたいことは色々あったがそれらすべてを飲み込めば、思わず苦笑いがこぼれてしまったのは不可抗力だ。




