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003 死亡、そして始まり【気分はどうだ?】

「気分はどうだ?ジュリアン」

「軽い頭痛はまだありますが、目が覚めた時と比べるとかなり良くなりました。それより…ほかの仲間は…」

「それは…覚えていないのか?話しても大丈夫か?」


ジュリアンである自分自身が当事者であるために説明する必要も無いのだけれど、自分が裏技的な方法で生き残ったので、ほかに生存者が居ないかと尋ねてしまった。

「やっぱりいいです」という意味を込めて無言で首を振ると、エンリケも数回頷いてベッドのそばに腰かけた。


「俺も同行していたらこんなことには…」


エンリケは有名なフクス伯爵家の人間として、この場所の村長や地位ある人に呼ばれていた。権力者とのパイプとしてしか見ていない大人の招待にうんざりして巡回を理由に断ろうとしたのだが、隊長が「いつもこういう誘いから逃げられるわけじゃないんだから、こういう場所で経験を積んでおけ。巡回を終えて帰ってきたら、助けてやる」とからかいながら背中を押したので、エンリケだけ隊を離れていたのだ。


「地が鳴いて、夕焼けに空に黒煙が上がった時は驚いた。まさか、こんな場所で『悪意の種』が芽吹くとは」

「僕も驚きました。村と森の境界線で…ってそんなに村から離れていなかったはずですよ!?此処は大丈夫なんですか!?」


痛む頭に手を当てながら昨晩のことを考えていて、地が鳴く…地震だ…その後で目の前の黒い煙が立ち上るように辺りが闇色に染まったところでハッとした。異変が起きたのは、かなり村寄りの場所だった事を思い出したのだ。慌てたジュリアンを落ち着かせるために、エンリケはそっと手を肩に伸ばした。


「大丈夫だ。異変があったアンドラの町の隣、ホーロウグまで退避した。日が昇ってからは地鳴りも収まっている」

「夜中に移動したのですか!?町の人達は?」

「ほぼ全員が逃げたよ。隊員とあの闇の発生地に近かった人が数名行方不明だが。おかげで人が足りなくて、たいした捜索活動もできずじまいさ。ジュリアンを見つけられたのは奇跡に近かった。闇の中からはみ出していた手を引っ張ったら、君だったんだよ」

「…。僕が助かった事について、何か言われませんでしたか?」

「何かとは?」

「その…兵士のくせに情けない、とか…兵士よりも町人を助けろ、とか…」

「いや、それほどでもない。非常事態だった。浸食してくる闇のから逃げるのに必死だったしな。それに、生き残っている兵士がほぼゼロなのも幸いした。…こんな言い方は不謹慎かもしれないがな」


微妙な表情を残しつつも、それを聞いてほっとするジュリアン。せっかく助かったのだから危険地帯で周囲から孤立するのは避けたいと思っていたのだ。そんな様子を見ていたエンリケは深い息を一度だけ吐き出して少しだけ心配そうに目を伏せた。


「この間に俺は王都までいって報告してくるつもりだ」

「では、僕も一緒に…」

「いや、ジュリアンはまだ体を休めておいたほうが良い。治療を受けられたとはいえ、怪我を負ったのは昨晩の話なんだぞ?…お前はここで待機だ。応援を呼んで、すぐ戻るから」

「…。分かりました。戻られた時にすぐ行動できるよう、頑張って状況把握に努めます」

「あまり無理をするなよ。それと、勇者の出動要請をするつもりだ」

「勇者…」


パッと顔を上げるが、ジュリアンからはエンリケの後ろ姿しか見えない。勇者要請とは度々起こる悪意の種の発芽の際に他国の実力者に討伐依頼を出すというものだが、昔の日本のように「自分たちが一番、ほかの国なんて受け入れない」という鎖国状態の今のこの国では貿易ですら人が行き来するのを嫌う傾向にあり、外の国に助力を求めることにかなり難色を示すのだ。主に安全地帯にいる能無し貴族が。


「要請して…どれくらいで来てくれるでしょうか」


いままでの常識で言えば、小さな町が1つ2つ消えてやっと勇者到着なんてこともあった。悪意の種の発芽地点から2つ分隣町に避難しているとはいえ、安全とは決して言えない。

少しだけ顔を向けてジュリアンを見たエンリケは、そんな不安そうな顔をしていることに気づいたのだろう。一度ちらりと室内を見渡して誰も傍にいないことを確認してから少しだけ上体をジュリアンに近づけて囁いた。


「それが、最近いろんなところで悪意の種が発芽しているらしいんだ」

「え、どういうことですか?」

「しっ!音量を落とせ!これは噂にすぎないんだ。…何かが起きているのかもしれないし、偶然が重なっているのかもしれない。詳しいことはよくわからないが、つい先日も勇者が呼ばれたと首都のほうで話が出回っていたんだ」

「すでにこの国に呼んでいると?ならば…」

「あぁ。ちょっと辺境地にあるから移動に時間がかかるだろうが、いつもよりはかなり早く到着してもらえるはずだ。この噂が本当ならば、の話だが」


部隊を失った副隊長として、もっと落ち込んでいるかとも思ったけれど、敵を討つぞという意識で自分を奮い立たせているようなエンリケに頑張れと心の中でエールを送る。そして暗くなる前にたつという彼を見送るために病院の外へと出てきた。今まで駆け回っていたようで、すぐそばに馬がつながれている。それに軽々とまたがると、少し離れたところに立つジュリアンに気づいて軽く手を挙げた。


「見送りはいいよ、ただ無理せず安静にしててくれ。戻って来たらこき使うことになるんだからな」

「はい。早いお戻りを、お待ちしてます」


あっという間に小さくなる背中を見送ってジュリアンは空を見上げた。まだ日は高い。

自分はいったい何をするべきかと考え始めた。

15/11/12

本格始動。

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